第2話 帰還勇者、未知の地下遺構へ足を踏み入れる
翌日の放課後、俺――皆川隼人は、幼馴染の優花と一緒に帰宅していた。
「ねえ、隼人。今日は本当にダンジョンへ行くんだよね?」
「ああ。昨日のうちに準備は済ませたし、今日は入口付近を探索する予定だ」
「楽しみだなあ。私、ゲームでダンジョンに入るのって初めてなんだよね」
優花は嬉しそうに笑った。
俺にとってダンジョンは珍しいものではない。異世界では古代遺跡や地下迷宮、魔族の砦など、数え切れないほどの危険な場所へ足を踏み入れてきた。
だが、今回は事情が違う。
俺たちのレベルはまだ5。どれほど戦闘経験があっても、ゲーム内の能力には限界がある。しかも、今回の地下遺構は内部の構造がほとんど分かっていない。
「楽しむのはいいけど、油断するなよ。帰り道を確保するのが最優先だからな」
「分かってるって! ちゃんとミナトの指示を聞くよ」
「それなら安心だ」
そんな会話を交わしながら帰宅すると、玄関ではシルフィアが出迎えてくれた。
「お帰りなさい、隼人。優花さんもいらっしゃいませ」
「ただいま、シルフィア」
「お邪魔しまーす!」
シルフィアは俺たちの鞄を受け取ると、穏やかに微笑んだ。
「探索の前に、少し休憩しましょう。お義母様と一緒にお菓子を用意したんです」
リビングには紅茶と焼き菓子が並んでいた。母さんが焼いたクッキーを食べながら、俺たちは今日の予定を最終確認する。
現実世界での用事を済ませた後、俺たちはVR機器を装着した。
「それじゃあ、行こうか」
「はい、隼人」
「うん!」
視界が切り替わり、俺たちは《アストラル・リンク》の世界へログインした。
宿屋で合流した俺たちは、まず冒険者ギルドへ向かった。
受付のリーナに探索依頼の受注を申し出ると、彼女は登録内容を確認し、三人分の冒険者証を返してくれた。
「《東草原・未確認地下遺構の探索》ですね。三名ともLv5ですので、参加条件を満たしています」
「ありがとう。何か新しい情報はある?」
「入口付近に調査員が常駐しています。内部の一部は安全確認が済んでいますが、その先は未調査です。調査員の指示に従ってください」
リーナはさらに、薄い板状の道具を差し出した。
「こちらはギルド支給の《探索記録板》です。確認した地形や魔物の情報を記録できます。帰還後に提出してください」
「便利だな。助かるよ」
「それと、今回は魔物を倒すことよりも、無事に情報を持ち帰ることが重要です。どうかお気をつけて」
俺たちはリーナに礼を告げ、ギルドを後にした。
東門を抜けると、見慣れた草原が広がっていた。
以前はゴブリンの群れが集結していた場所だが、討伐隊によって拠点は制圧されている。ただし、周辺の警戒は続いており、街道には巡回中の冒険者の姿も見えた。
「今日は配信するの?」
ユウキが尋ねてきた。
「入口までは配信しようと思う。ただ、内部の状況によっては途中で切るかもしれない」
「そっか。初めてのダンジョンだもんね」
俺はLIVE配信を開始した。
「こんばんは、ミナトです。今日は東草原で発見された地下遺構へ向かっています。初めての探索なので、無理せず入口付近から調べていく予定です」
すぐにコメントが流れ始めた。
『ついにダンジョン探索!』
『三人ともLv5おめでとう!』
『地下遺構ってどんな場所なんだろう』
『ミナト先生、気をつけて!』
視聴者へ挨拶しながら進むことしばらく、前方に木製の柵が見えてきた。
かつてのゴブリン拠点だ。
拠点の周囲にはギルドの旗が立てられ、複数の冒険者が警戒に当たっていた。入口付近には簡易的な詰所も設置されている。
「ずいぶん整備されたんだな」
俺が呟くと、シルフィーが頷いた。
「はい。以前の配信で見た時とは雰囲気が違いますね」
詰所へ近づくと、鎧を身につけた男性冒険者が声をかけてきた。
「地下遺構の探索希望者か?」
「ああ。ギルドで依頼を受けてきた。俺がミナト、こちらがシルフィーとユウキだ」
俺が冒険者証を提示すると、男性は記録を確認した。
「三人ともLv5だな。俺はここの警備担当だ。現在、入口から最初の広間までは調査済みだが、広間の先はまだ十分に確認できていない」
「分かった。まずはそこまで進んでみるよ」
「それから、内部には魔物が出現する。安全確認済みの区域でも油断するなよ」
俺たちは頷き、地下通路の入口へ向かった。
地面に開いた大きな穴の周囲には、崩落を防ぐための木材が組まれている。その奥には、古い石造りの階段が地下へ続いていた。
「ここが入口か……」
俺は階段の先を見つめた。
薄暗い通路の奥から、ひんやりとした空気が流れてくる。
シルフィーが杖を構え、小さく息を吐いた。
「隼人、魔力の気配があります」
「ああ。俺も少し感じる」
ゲーム内で再現された魔力の感覚は、異世界で慣れ親しんだものによく似ていた。
ただし、完全に同じではない。だからこそ、思い込みで判断するわけにはいかなかった。
「ユウキ、足元に気をつけてくれ。シルフィーは後方の警戒を頼む」
「うん!」
「分かりました」
俺たちはランタンを灯し、慎重に階段を下り始めた。
石段には長い年月を感じさせる摩耗があり、壁には見慣れない模様が刻まれていた。
さらに進むと、壁の一部に黒い石が埋め込まれているのが見えた。
「……これが報告にあった石か」
俺が近づくと、シルフィーが興味深そうに覗き込んだ。
「微弱ですが、魔力を帯びていますね」
「触らない方がよさそうだな」
俺は探索記録板を取り出し、石の位置と形状を記録した。
そのまま通路を進むと、やがて少し広い空間へ出た。
天井は高く、四方には古い石柱が立っている。床には崩れた石材が散らばっていたが、中央には人が通れる程度の空間が残されていた。
「わあ……本当に遺跡みたい!」
ユウキが感嘆の声を上げる。
「そうだな。かなり古い建造物に見える」
俺は周囲を確認した。
広間の奥には、さらに地下へ続く通路が二本ある。
左側は比較的広く、右側は狭い通路だった。
どちらも奥は暗く、先の様子は分からない。
「隼人、どちらへ進みますか?」
シルフィーが尋ねてきた。
「まずは広間を調べよう。通路へ進むのは、その後だ」
俺たちは周囲を確認しながら、探索記録板へ地形を書き込んでいった。
その時だった。
広間の奥から、小さな物音が聞こえてきた。
カツン、カツン。
硬いものが石床に触れるような音だ。
「……何かいる」
俺は剣を抜き、二人へ合図した。
ユウキが杖を構え、シルフィーも魔法の準備をする。
やがて、右側の通路から一体の魔物が姿を現した。
薄暗い広間に現れたのは、骨だけの身体を持つ人型の魔物だった。
錆びた剣を握り、空洞の眼窩には青白い光が揺れている。
『《スケルトン Lv5》』
「スケルトン……!」
ユウキが驚いた声を上げた。
「ああ。アンデッド系の魔物だな」
俺は剣を構え直した。
異世界でも何度も戦った相手だが、このゲームで遭遇するのは初めてだった。
「ユウキ、聖属性の魔法が有効かもしれない。まずは俺が動きを止める」
「分かった!」
「シルフィー、援護を頼む」
「はい、隼人!」
スケルトンが錆びた剣を持ち上げ、こちらへ歩み寄ってくる。
その動きは決して速くない。
だが、骨の身体を持つ魔物は、人間とは違う動きをすることがある。
俺は相手の剣先を見つめ、ゆっくりと間合いを詰めた。
初めてのダンジョン探索。
その最初の戦闘が、今まさに始まろうとしていた。




