第1話 帰還勇者、初めてのダンジョン探索へ向けて
東草原で発見された地下遺構が、ダンジョンである可能性が高いと発表されてから一夜が明けた。
俺――皆川隼人は、自宅の食卓で朝食を取りながら、昨夜の冒険を思い返していた。
俺たち三人は、ようやくLv5へ到達した。これで冒険者ギルドが募集する《東草原・未確認地下遺構の探索》へ参加できる。
もっとも、参加資格を得たからといって、すぐに飛び込むつもりはなかった。
「隼人、昨日はずいぶん楽しそうだったな」
向かいに座っていた父さん――皆川亮太が、コーヒーを飲みながら声をかけてきた。
「まあね。三人ともLv5になったし、新しい探索依頼も出たから」
「ほう。地下遺構の件か?」
「父さん、知ってるの?」
「一応、運営会社の社長だからな」
父さんは何でもないことのように答えた。
そうだった。俺たちが遊んでいるVRMMOを運営しているのは、父さんの会社だ。
「でも、攻略情報は教えないぞ。プレイヤーとして楽しんでほしいからな」
「分かってるよ。俺だって自分で調べたいし」
俺が笑うと、父さんも満足そうに頷いた。
その隣では、母さんがシルフィアに味噌汁の盛りつけ方を教えていた。
「シルフィアちゃん、熱いから気をつけてね」
「はい、お義母様。ありがとうございます」
シルフィアは丁寧に器を並べ、俺の隣へ座った。
「隼人、今日は学校が終わったら探索の準備をするのですよね?」
「ああ。まずはギルドで詳しい説明を聞こうと思ってる」
「分かりました。私も必要な魔法や装備を確認しておきます」
そんな会話をしていると、妹の祥子が興味深そうに身を乗り出した。
「お兄ちゃん、ダンジョンに行くの?」
「まだ準備段階だけどな」
「いいなあ! 私も早くゲームを始めたい!」
祥子の言葉に、姉の祐美子が笑った。
「祥子はまず宿題を終わらせなさいよ」
「お姉ちゃんだって、昨日ずっと動画見てたじゃん!」
「そ、それは別の話!」
いつもの賑やかな朝食風景に、俺は思わず笑ってしまった。
異世界で魔王と戦っていた頃には、こんな日常へ戻れるとは思っていなかった。
だからこそ、今の生活は大切にしたい。
学校が終わり、帰宅して宿題を済ませた俺たちは、夕食までの時間を使ってゲームへログインした。
宿屋の一階で合流すると、ユウキが元気よく手を振ってきた。
「ミナト! シルフィーさん! 今日はいよいよダンジョンの準備だね!」
「ああ。まずはギルドへ行こう」
「はい。調査内容を詳しく確認したいですね」
俺たちは宿屋を出て、冒険者ギルドへ向かった。
ギルドの中は、いつも以上に賑わっていた。
掲示板の前には大勢の冒険者が集まり、東草原の地下遺構について話し合っている。
「新しいダンジョンだってよ!」
「でも、まだ内部はほとんど調査されてないらしいぞ」
「Lv5以上なら参加できるんだろ?」
「初見攻略は危険そうだな……」
そんな声を聞きながら、俺たちは受付へ向かった。
リーナは俺たちに気づくと、笑顔で迎えてくれた。
「ミナトさん、皆さん。こんにちは。今日は地下遺構の探索依頼についてでしょうか?」
「うん。参加する前に詳しい話を聞きたくて」
「承知しました。それでは、こちらをご確認ください」
リーナは一枚の資料を取り出し、受付台へ広げた。
そこには、現在判明している地下遺構の情報が記されていた。
入口は東草原の旧ゴブリン拠点内部。地下へ続く石造りの通路があり、入口付近には魔物の反応が確認されている。
ただし、内部の地形はまだ十分に把握されていない。
「探索の目的は、地形の確認と魔物の情報収集です。無理に奥まで進む必要はありません」
「なるほど。討伐よりも調査が中心なんだな」
「はい。それから、もう一つ重要なことがあります」
リーナは少し真剣な表情になった。
「現在、地下遺構には帰還用の転移設備が設置されていません。途中で探索を中断する場合は、歩いて入口まで戻る必要があります」
その説明に、ユウキが驚いた。
「えっ、帰還アイテムみたいなものは使えないの?」
「現時点では、この地下遺構内から直接街へ帰還する方法は確認されていません」
俺は小さく頷いた。
未知のダンジョンなら、そういう制限もあるだろう。
「つまり、帰り道を確保しながら進む必要があるってことだな」
「その通りです」
シルフィーも資料を見ながら口を開いた。
「隼人、照明も必要ですね。地下ですから、視界が悪い場所もあると思います」
「ああ。それに回復ポーションも多めに用意した方がいい」
ユウキが頷く。
「私も回復役として頑張るけど、MPがなくなった時のことも考えないとね」
三人で相談していると、受付の奥からジェイドが姿を現した。
「おう、ミナト。準備は進んでいるか?」
「今、リーナさんから説明を聞いていたところだよ」
「そうか。なら、俺からも一つ忠告しておこう」
ジェイドは俺たちを見渡した。
「今回の地下遺構は、まだ正式なダンジョンとして管理が始まったばかりだ。内部の魔物も、通常のフィールドとは違う可能性がある」
「分かった。慎重に進むよ」
「ああ。それと、入口付近で確認されている魔物はLv4からLv6程度だ。だが、奥に何がいるかは分からん」
ユウキが少し緊張した表情になる。
「Lv6……私たちより一つ上だね」
「そうだな。でも、三人で連携すれば対応できる相手もいるだろう。ただし、無理は禁物だ」
俺がそう言うと、シルフィーも頷いた。
「危険だと判断したら、すぐに撤退しましょう」
ジェイドは満足そうに笑った。
「いい心がけだ。探索を始める前に、必要な道具を揃えておけよ」
ギルドを出た俺たちは、まず道具屋へ向かった。
店内には回復ポーションや解毒薬、携帯食料、ランタンなどが並んでいる。
「とりあえず、回復ポーションは一人三本ずつ持っておこう」
「私はMP回復用も欲しいですね」
シルフィーがそう言うと、ユウキも頷いた。
「私も! 回復魔法を使えなくなったら困るもんね」
俺たちは相談しながら必要な道具を購入した。
さらに、地下探索用のランタンと予備の燃料、簡単な地図作成用の道具も揃える。
準備を終えたところで、俺は二人へ確認した。
「装備の耐久値は大丈夫か?」
「はい。《魔晶石の杖》も防具も問題ありません」
「私の《祈りの杖》も大丈夫!」
「よし。あとは実際に探索するだけだな」
俺たちは購入した道具をアイテム欄へ収納し、宿屋へ戻ることにした。
その道中、ユウキが嬉しそうに話しかけてきた。
「ねえ、ミナト。ダンジョンって、やっぱり宝箱とかあるのかな?」
「あるかもしれないな。ただ、罠もあるかもしれないぞ」
「うっ……それは怖いかも」
俺が笑うと、シルフィーも楽しそうに微笑んだ。
「ふふっ。でも、三人で協力すれば大丈夫ですよ」
「ああ。大切なのは、焦らず一つずつ確認することだ」
宿屋へ到着すると、俺たちは翌日の予定を確認した。
探索開始は明日の放課後。まずは入口付近を調査し、危険がなければ少しずつ奥へ進む予定だ。
そして、ゲーム内の宿屋でログアウトした俺は、現実世界へ戻った。
VR機器を外すと、隣ではシルフィアが同じようにログアウトしていた。
「隼人、明日が楽しみですね」
「ああ。久しぶりに未知の場所へ挑む感じがするよ」
シルフィアは嬉しそうに微笑み、俺の手を握った。
「今度も一緒に冒険できることが、私は嬉しいです」
「俺もだよ」
俺たちは顔を見合わせて笑った。
異世界では、数え切れないほどのダンジョンを攻略してきた。
だが、この世界での冒険はまだ始まったばかりだ。
明日、俺たちは初めてのダンジョンへ足を踏み入れる。
その奥に何が待っているのかは分からない。
それでも、シルフィアとユウキが一緒なら、きっと楽しい冒険になるだろう。
俺はそんな期待を胸に、翌日の探索へ思いを馳せるのだった。




