第37話 帰還勇者、Lv5を目指して新たな依頼へ
北街道の巡回調査から一夜明け、俺――皆川隼人は学校の教室で数学の問題と格闘していた。
異世界で二十年間も冒険者をしていた俺にとって、魔物との戦闘や魔法の研究は慣れたものだ。しかし、日本の高校数学となると話は別だった。
「隼人、また難しい顔してるね」
昼休み、隣の席へやってきた幼馴染の敷谷優花が、俺のノートを覗き込んだ。
「昨日の授業で出た問題を復習してるんだよ。昔は解けたはずなんだけどな」
「昔って、隼人はまだ十六歳でしょ?」
優花が不思議そうに首を傾げる。
そうだった。俺が異世界で過ごした二十年間について、優花にはまだ詳しく話していない。日本では召喚された翌日に帰還したことになっているのだから、説明も難しい。
「まあ、最近はゲームばかりだったからな」
俺が苦笑すると、優花は楽しそうに笑った。
「じゃあ、放課後に少し教えてあげようか?」
「助かる。頼むよ」
異世界では勇者として頼られる立場だったが、日本では幼馴染に勉強を教えてもらうことになるらしい。
もっとも、こういう普通の高校生活も悪くない。
放課後、優花に数学を教わってから帰宅すると、玄関ではシルフィアが出迎えてくれた。
「お帰りなさい、隼人。優花さんもいらっしゃいませ」
「ただいま、シルフィア」
「お邪魔しまーす!」
シルフィアは今日も母さんと一緒に家事をしていたらしい。エプロン姿もすっかり板についてきた。
「今日はお義母様から、お味噌汁の作り方を教わりました」
「へえ、楽しみだな」
「ふふっ。隼人のお口に合えば嬉しいです」
妻の笑顔を見ながら、俺は改めて日本へ帰ってこられてよかったと思った。
その日の夕食を終え、宿題も済ませた俺たちは、いつものようにVRMMOへログインした。
宿屋の一階で合流すると、ユウキが元気よく手を振ってきた。
「ミナト、シルフィーさん! 今日も頑張ろうね!」
「ああ。今日は普通の討伐依頼を受けようと思ってる」
俺がそう答えると、シルフィーも頷いた。
「現在は三人ともLv4ですから、そろそろLv5を目指したいですね」
「そうだな。ただ、焦らず進めよう」
俺たちは冒険者ギルドへ向かった。
ギルドの掲示板には、今日もさまざまな依頼が並んでいる。薬草採取、素材収集、魔物討伐、商人護衛。東草原の地下通路が発見されてから、調査関連の依頼も少しずつ増えていた。
ただし、危険な地域へ向かう依頼はLv5以上に制限されている。
「今日はどれにする?」
ユウキが掲示板を見上げながら尋ねてきた。
俺は依頼書を一枚ずつ確認し、南街道の討伐依頼に目を留めた。
『《南街道・スライム討伐》』
推奨レベルはLv3以上。討伐対象は《スライム Lv3》八匹で、街道沿いの農地へ近づく個体を減らしてほしいという内容だった。
「これなんかどうだ?」
「スライムかあ。前にも戦ったよね!」
「ああ。ただ、今回は八匹だ。油断せずにいこう」
シルフィーも依頼書を確認した。
「南街道なら、以前の調査で地形もある程度把握しています。問題なさそうですね」
三人の意見が一致したところで、俺たちは受付へ向かった。
リーナは俺たちに気づくと、いつもの笑顔で迎えてくれた。
「ミナトさん、皆さん。こんにちは」
「こんにちは。今日は南街道のスライム討伐を受けたいんだけど」
俺が依頼書を差し出すと、リーナは内容を確認した。
「こちらですね。受注可能です。ただし、最近は南側でも魔物の移動が確認されていますので、街道から大きく離れないようにしてください」
「分かった。無理はしないよ」
リーナは頷き、依頼の受注処理を進めた。
その後、俺たちは道具屋で回復ポーションを補充し、南門へ向かった。
「今日は配信する?」
ユウキに尋ねられ、俺は少し考えた。
「そうだな。通常の討伐依頼だし、配信しても問題ないだろう」
俺はメニューを開き、LIVE配信を開始した。
『LIVE配信を開始しました』
しばらくすると、コメントが流れ始める。
『ミナト先生きた!』
『今日は南街道か!』
『三人ともLv4になったんだよな』
『新しい鋼鉄の剣を使うところが見たい!』
俺は視聴者へ挨拶した。
「こんばんは、ミナトです。今日は南街道でスライムを八匹討伐する予定です。新しい装備にも慣れてきたので、実戦で確かめていこうと思います」
ユウキも笑顔で手を振った。
「みんな、こんばんは! 今日もよろしくね!」
シルフィーは穏やかに会釈した。
「こんばんは。安全に依頼を達成できるよう頑張ります」
南門を出ると、街道の両側には広い草原が続いていた。
しばらく歩いたところで、ユウキが前方を指さした。
「あっ、いた!」
草むらの近くで、半透明の魔物が二匹跳ねている。
『《スライム Lv3》』
「まずは二匹か。周囲に別の個体がいないか確認しよう」
俺は草原を見渡した。
近くに別の魔物はいないようだ。
「シルフィー、一匹を頼む。俺がもう一匹を引きつける。ユウキは支援をお願い」
「はい」
「任せて!」
俺は《鋼鉄の片手剣》を抜き、ゆっくりと距離を詰めた。
こちらに気づいたスライムが身体を縮め、勢いよく跳びかかってくる。
俺は横へ半歩移動して攻撃をかわし、着地した瞬間に剣を振り下ろした。
『HIT』
以前の《軽鉄の片手剣》よりも、明らかにダメージが大きい。
スライムが再び跳ねようとしたところへ追撃を加える。
『《スライム Lv3》を討伐しました』
一方、もう一匹にはシルフィーが魔法を放っていた。
「《ファイアボール》!」
《魔晶石の杖》から放たれた火球がスライムへ命中し、HPを大きく削る。
続けてユウキが《ホーリーライト》を放ち、残りのHPを削りきった。
『《スライム Lv3》を討伐しました』
『討伐進捗:2/8』
「やった! 順調だね!」
ユウキが嬉しそうに笑った。
「ああ。新しい装備も問題なさそうだ」
俺が剣を確認すると、シルフィーも満足そうに頷いた。
「私の杖も、以前より魔法が扱いやすく感じます」
その後、俺たちは街道沿いを進み、さらに三匹のスライムを発見した。
今度は少し間隔を空けて動いていたため、一匹ずつ誘い出して討伐することにした。
俺が前衛で攻撃を受け持ち、シルフィーが魔法で援護する。ユウキは必要に応じて攻撃魔法を使いながら、仲間のHPを確認していた。
以前と比べ、三人の連携はずいぶん滑らかになっている。
『討伐進捗:5/8』
「あと三匹だね!」
ユウキが嬉しそうに言った。
「ああ。でも、そろそろ休憩を入れよう」
俺たちは街道脇の安全な場所で腰を下ろし、水分を補給した。
すると、シルフィーが南東の草原を見つめながら口を開いた。
「隼人、あちらをご覧ください」
「どうした?」
「あの辺りだけ、草が大きく倒れています」
俺は立ち上がり、彼女が指さす方向を確認した。
確かに、草原の一部に何かが通ったような跡が残っている。
しかも、一本の道のように南東から西へ続いていた。
「……また移動の痕跡か」
俺は慎重に近づき、地面を確認した。
そこには、複数のスライムが這ったような跡が残っていた。
ただし、通常のスライムが通ったにしては幅が広い。
「ミナト、これって何?」
ユウキが不思議そうに尋ねてきた。
「まだ分からない。複数のスライムがまとまって移動したのかもしれないし、もっと大きな個体が通った可能性もある」
シルフィーも地面を確認し、静かに頷いた。
「いずれにしても、最近の魔物の異変と関係があるかもしれませんね」
「ああ。場所を覚えておこう」
俺はゲーム内の地図へ印をつけた。
依頼の討伐数は残り三匹。
しかし、目の前の痕跡を追いかけるつもりはなかった。
俺たちはまだLv4であり、未知の魔物に遭遇した場合の危険も大きい。
「よし。調査はここまでにして、依頼を続けよう」
俺がそう告げると、二人は頷いた。
その時、少し離れた草むらが大きく揺れた。
俺はすぐに剣の柄へ手を添え、視線を向ける。
草の間から、半透明の身体がゆっくりと現れた。
だが、その大きさはこれまで戦ってきたスライムよりも明らかに大きかった。
「……あれは?」
ユウキが小さく呟く。
俺は相手を注視した。
視界の端に、魔物の名前とレベルが表示される。
『《ビッグスライム Lv5》』
どうやら、今回の依頼も簡単には終わらせてもらえないらしい。
俺は二人を背後へ下がらせ、慎重に剣を構えた。




