第35話 冒険者ギルドからの特別依頼
翌日の放課後、俺――皆川隼人は、幼馴染の敷谷優花と一緒に帰宅していた。
昨日、ゲーム内で冒険者ギルドのギルドマスター、ジェイドから街道周辺の安全確認を頼まれた。今日はその詳しい説明を受ける予定になっている。
「ねえ、隼人。昨日の依頼って、普通の討伐依頼とは違うんだよね?」
隣を歩いていた優花が尋ねてきた。
「ああ。魔物を倒すことより、街道の安全を確認するのが目的らしい。危険な場所には踏み込まないようにって話だったな」
「そっか。じゃあ、私たちでも役に立てそうだね!」
「そうだな。ただ、何かあったらすぐに引き返すぞ」
俺がそう答えると、優花は元気よく頷いた。
自宅へ戻ると、玄関ではシルフィアが出迎えてくれた。
「お帰りなさい、隼人。優花さんもいらっしゃいませ」
「ただいま、シルフィア」
「お邪魔しまーす!」
シルフィアは今日も母さんから家事を教わっていたらしい。日本の生活にも少しずつ慣れてきたようで、最近では洗濯機や電子レンジも使えるようになっている。
俺たちは学校の宿題を済ませ、夕食後にログインする約束をした。
その夜、VRMMOへログインすると、俺は宿屋の一室で目を覚ました。
装備画面を開き、昨日購入した《鋼鉄の片手剣》を確認する。訓練場で十分に感触を確かめたので、実戦でも問題なく扱えるはずだ。
一階へ降りると、シルフィーとユウキが待っていた。
「隼人、お待ちしておりました」
「ミナト、こんばんは! 今日は特別依頼だね!」
「ああ。まずはギルドへ行こう」
三人で宿屋を出て冒険者ギルドへ向かうと、受付のリーナが俺たちに気づいて声をかけてきた。
「ミナトさん、皆さん。ギルドマスターがお待ちです。奥の部屋へご案内しますね」
リーナに案内されて執務室へ入ると、ジェイドが大きな地図を広げていた。
「おう、来たか。待っていたぞ」
ジェイドは俺たちを椅子へ座らせると、地図の北側を指さした。
「今回頼みたいのは、北街道沿いの巡回調査だ。最近、ウルフの群れが通常の生息域から離れて移動している。お前たちが見つけた群れも、その一つだろう」
地図には北門から伸びる街道と、その周囲に広がる草原や小さな林が描かれていた。
「調査範囲はここからここまでだ」
ジェイドが示したのは、北門から比較的近い街道沿いの区域だった。
「街道の先にある北東の森林深部には近づくな。あそこはまだ十分に調査できていない」
「分かった。具体的には何を確認すればいい?」
俺が尋ねると、ジェイドは地図の上に三つの印を置いた。
「この三か所に巡回用の標識がある。標識の状態と周囲の魔物の痕跡を確認してほしい。異常があれば記録して報告するだけでいい。魔物を見つけても、無理に戦う必要はない」
ユウキが興味深そうに地図を覗き込む。
「それなら、私たちでもできそうですね!」
「ああ。ただし、油断はするなよ。特に最近は魔物の行動が読みにくい」
ジェイドは真剣な表情で念を押した。
俺は地図を確認し、調査範囲を頭に入れる。
「了解した。三か所を確認して戻ればいいんだな」
「そういうことだ。報酬は調査完了後に支払う。もし危険な兆候を発見した場合は、そこで調査を中止して構わない」
依頼内容を確認した俺たちは、ジェイドから調査用の記録水晶を受け取った。
この水晶は周囲の様子を簡単に記録できる道具で、調査報告の証拠として使われるらしい。
ギルドを出た俺たちは、そのまま北門へ向かった。
「今日は配信する?」
ユウキに尋ねられ、俺は少し考えた。
「そうだな。危険な場所へ行くわけじゃないし、通常の巡回依頼なら問題ないだろう。ただし、ギルドから非公開の情報を預かったら、その部分は配信しないようにしよう」
二人も頷いたので、俺はLIVE配信を開始した。
『LIVE配信を開始しました』
しばらくすると、いつものようにコメントが流れ始める。
『ミナト先生きた!』
『今日は何するんだ?』
『三人ともLv4おめでとう!』
『新しい剣を使うところ見たい!』
俺は歩きながら視聴者へ挨拶した。
「こんばんは、ミナトです。今日は冒険者ギルドから受けた北街道の巡回依頼を進めます。魔物の討伐が目的ではないので、戦闘は少なめになると思います」
すると、ユウキが横から笑顔で手を振った。
「みんな、こんばんは! 今日もよろしくね!」
シルフィーも穏やかに微笑む。
「こんばんは。安全第一で頑張りますね」
北門を出て街道を進むと、しばらくして最初の巡回標識が見えてきた。
木製の柱に小さな金属板が取り付けられており、周囲には低い柵が設置されている。
「これが一つ目か」
俺は記録水晶を取り出し、標識へ向けた。
淡い光が広がり、標識の状態が記録される。
『巡回地点① 確認完了』
ユウキが嬉しそうに声を上げた。
「おお、簡単だね!」
「標識自体に異常はなさそうだな」
シルフィーは周囲の草むらを確認していた。
「隼人、こちらに足跡があります」
俺が近づくと、柔らかい地面に複数の足跡が残っていた。
大きさや形からして、ウルフのものだろう。
「少なくとも三匹以上だな。街道を横切って西へ向かっている」
「昨日の群れと同じ方向ですね」
「ああ。ただ、同じ群れかどうかは分からない」
俺は足跡も記録水晶へ収めた。
その後、俺たちは二つ目の巡回地点へ向かった。
途中で《ウルフ Lv3》を一匹見かけたが、こちらへ近づいてくる様子はなかったため、そのままやり過ごした。
二つ目の標識も問題なく確認できた。
『巡回地点② 確認完了』
「あと一つだね!」
ユウキが元気よく言う。
「ああ。ここまでは順調だな」
しかし、三つ目の巡回地点へ近づいたところで、俺は足を止めた。
街道脇の草が、不自然な方向へ倒れていたのだ。
「……待ってくれ」
俺が小声で告げると、二人もすぐに立ち止まった。
「どうしました、隼人?」
「何かがここを通ったみたいだ」
俺はしゃがみ込み、地面を調べた。
そこには、これまで見てきたウルフの足跡とは少し違う、大きな爪痕が残っていた。
しかも一つではない。
複数の足跡が、北東の森林方面から街道へ向かって続いている。
「これ……ウルフなの?」
ユウキが不安そうに尋ねてきた。
「形は似ている。でも、普通のウルフより一回り大きいな」
俺は慎重に周囲を見渡した。
今のところ、魔物の姿は見えない。
だが、近くの木には鋭い爪で引っかいたような傷が残っていた。
シルフィーもそれに気づいたらしい。
「隼人、あの傷をご覧ください。かなり高い位置についています」
「ああ。普通のウルフがつけたにしては高すぎる」
俺は記録水晶を取り出し、足跡と木の傷を記録した。
『周辺異常を記録しました』
その時、北東の林の奥から低い唸り声が聞こえてきた。
「……っ!」
ユウキが杖を握り直す。
俺は剣の柄に手を添えながら、二人を背後へ下がらせた。
草むらの向こうで、何か大きな影が動いた。
しかし、その姿をはっきり確認する前に、影は林の奥へ消えてしまった。
「追いかけますか?」
シルフィーが静かに尋ねてきた。
「いや、追わない。今回は調査依頼だ。それに、相手の正体も分からない」
俺は記録水晶を確認し、二人へ告げた。
「三つ目の標識はまだ確認できていないけど、ここから先は危険かもしれない。ジェイドさんの指示通り、調査を中止して戻ろう」
ユウキもシルフィーも異論はなかった。
俺たちは警戒しながら来た道を引き返した。
視界の端には、配信コメントが次々と流れている。
『今の何!?』
『普通のウルフじゃなさそう』
『ミナト先生が撤退するってことは危険なんだな』
俺は林の方を一度だけ振り返った。
北東の森林深部。
そこから移動してくる魔物たち。
そして、東草原で発見された謎の地下通路。
まだ、それぞれの異変がつながっている証拠はない。
だが、少なくとも北街道の周辺には、これまで確認されていなかった何かが現れ始めている。
「……ギルドへ戻ったら、すぐに報告しよう」
俺の言葉に二人が頷く。
こうして俺たちは、三つ目の巡回地点を目前にしながらも、安全を優先して街へ戻ることにした。
冒険者にとって大切なのは、目の前の敵を倒すことだけではない。
仲間を無事に連れて帰ることもまた、立派な仕事なのだから。




