第33話 北街道の異変と、帰還勇者の判断
北東の森林方面から現れたウルフの群れは、俺たちの前を横切るように西の草原へ走り去っていった。
俺――《ミナト》は、最後の一匹が見えなくなるまで周囲を警戒していた。
少なくとも八匹以上。しかも、こちらへ襲いかかる様子はなく、何かから逃げるように移動していた。
「行っちゃったね……」
ユウキが杖を握りながら呟いた。
「ああ。追いかけなくて正解だったな」
俺は剣を鞘へ戻し、周囲の草原を見渡した。
ウルフは本来、群れで狩りをする魔物だ。こちらの人数が少なければ襲ってくることもある。しかし、先ほどの群れは俺たちに気づいていながら、ほとんど関心を示さなかった。
それほど急いでいたということだろう。
シルフィーも同じことを考えていたらしい。
「隼人、あの群れの後方にいた個体をご覧になりましたか?」
「ああ。何度も後ろを振り返っていたな」
「はい。何かを警戒しているように見えました」
異世界でも、魔物が通常の生息域を離れて移動することはあった。強力な魔物の出現や環境の変化など、理由はさまざまだ。
だが、今は原因を確かめるよりも依頼を優先するべきだろう。
「とりあえず、残り四匹を探そう。ただし、あの群れには近づかない」
「了解!」
ユウキが元気よく返事をすると、視界の端に流れていた配信コメントも賑やかになった。
『八匹以上いたよな?』
『ミナト先生、よく戦わずにやり過ごしたな』
『あれ全部倒せば経験値おいしかったんじゃ?』
俺は最後のコメントを見て苦笑した。
「経験値が欲しいからって、勝てる保証のない戦いをする必要はないからな。俺たちは三人だし、相手は八匹以上。無理をする場面じゃない」
そう説明すると、視聴者から納得したようなコメントが流れた。
『確かに』
『ゲームでも撤退判断は大事か』
『ミナト先生の冒険者講座始まった』
ユウキが笑いながら俺を見る。
「また先生って呼ばれてるよ?」
「いつの間にか定着したな……」
そんな会話を交わしながら、俺たちは北街道を進んでいった。
しばらくすると、街道沿いの小さな林から二匹のウルフが姿を現した。
『《ウルフ Lv3》』
先ほどの群れとは違い、こちらを見つけると低く唸り声を上げている。
「今度は戦うことになりそうだな」
俺は剣を抜き、二人へ指示を出した。
「シルフィーは右側の一匹を牽制。ユウキは俺の後方で待機して、飛び込んできた個体を止めてくれ」
「分かりました」
「うん、任せて!」
二匹のウルフは左右へ分かれ、俺たちを挟み込もうとした。
俺は正面の一匹へ向かって踏み込み、相手が飛びかかる瞬間に身体を沈める。
牙が頭上を通り過ぎたところで、下から剣を振り上げた。
『HIT』
ウルフは地面へ転がったが、すぐに起き上がろうとする。
俺は追撃を加え、そのHPを削りきった。
『《ウルフ Lv3》を討伐しました』
一方、もう一匹はシルフィーへ向かって走っていた。
「《ストーンバレット》!」
シルフィーの放った石弾がウルフの肩へ命中する。動きが鈍ったところへ、ユウキが杖を向けた。
「《ホーリーライト》!」
光の弾が直撃し、ウルフがよろめく。
その隙に俺が距離を詰め、横薙ぎの一撃を加えた。
『《ウルフ Lv3》を討伐しました』
『討伐進捗:4/6』
「あと二匹だね!」
ユウキが嬉しそうに声を上げる。
「ああ。ただ、MPは大丈夫か?」
俺が尋ねると、ユウキはステータス画面を確認した。
「まだ半分以上あるよ!」
「それなら大丈夫そうだな。でも、無駄遣いはしないように」
「はーい!」
シルフィーもMPに余裕があることを確認し、俺たちは再び歩き始めた。
さらに街道を進むと、草原の端にある大きな岩の陰から一匹のウルフが現れた。
その後ろには、もう一匹いる。
ちょうど依頼達成に必要な数だ。
「二匹だな。周囲に別の個体はいないか?」
俺が尋ねると、シルフィーは少し離れた草むらまで視線を巡らせた。
「見える範囲にはいません。ただ、岩の裏側までは確認できませんね」
「なら、こちらへ誘い出そう」
俺は小石を拾い、ウルフたちの近くへ投げた。
地面に落ちた小石の音に反応し、二匹がこちらへ顔を向ける。
俺たちの姿を見つけると、すぐに駆け出してきた。
「ユウキ、左の一匹を頼む!」
「うん! 《ホーリーライト》!」
光の弾が命中し、一匹の動きが止まる。
もう一匹は俺へ飛びかかってきたが、俺は剣を斜めに構え、牙を受け流しながら側面へ回り込んだ。
すれ違いざまに一撃。
さらに振り向こうとしたところへ追撃を加える。
『《ウルフ Lv3》を討伐しました』
残る一匹にはシルフィーが《ウィンドカッター》を放った。
風の刃がウルフへ命中し、HPが大きく減少する。
俺は距離を詰め、最後の一撃を振るった。
『《ウルフ Lv3》を討伐しました』
『討伐進捗:6/6』
『《北街道のウルフ討伐》の討伐条件を達成しました』
「やったー!」
ユウキが両手を上げて喜んだ。
シルフィーも嬉しそうに微笑む。
「無事に終わりましたね」
「ああ。あとはギルドへ報告するだけだ」
俺たちはドロップアイテムを回収し、周囲の安全を確認してから帰路についた。
その途中、ユウキがふと思い出したように尋ねてきた。
「ねえ、ミナト。今日こそレベル上がるかな?」
「どうだろうな。経験値は増えているはずだけど、依頼を報告してみないと分からないな」
ユウキは期待に満ちた表情で頷いた。
やがて始まりの街へ戻ると、俺たちは冒険者ギルドへ向かった。
受付では、いつものようにリーナが仕事をしていた。
「お帰りなさい、皆さん。依頼はいかがでしたか?」
「ウルフ六匹の討伐を終えたよ。それと、北東から西へ移動する大きな群れを見かけた」
俺が説明すると、リーナは少し驚いた表情になった。
「また移動する群れが……。詳しくお聞かせいただけますか?」
俺たちは確認したウルフの数や移動方向、こちらへ攻撃してこなかったことを報告した。
リーナは内容を記録し、ギルドマスターへ伝えると約束してくれた。
その後、依頼の達成処理が行われる。
『《北街道のウルフ討伐》達成』
『報酬と経験値を獲得しました』
そして、次の瞬間だった。
『LEVEL UP!』
「えっ!?」
ユウキが驚いた声を上げる。
俺もステータス画面を開くと、そこには新しいレベルが表示されていた。
『ミナト 剣士 Lv4』
隣を見ると、シルフィーも同じように画面を確認している。
「隼人、私もLv4になりました」
「私も! やったー!」
ユウキが嬉しそうに飛び跳ねた。
どうやら、三人そろってレベルアップしたらしい。
「よし。これでまた一歩前進だな」
俺がそう言うと、シルフィーとユウキも笑顔で頷いた。
配信コメントにも祝福の言葉が次々と流れてくる。
『三人ともLv4おめでとう!』
『順調に強くなってるな!』
『ミナト先生のLv4、どれくらい強いんだろう』
俺はコメントへ礼を告げながら、改めてステータス画面を見つめた。
異世界で培った剣術があっても、ゲームの世界ではレベルによる能力差が存在する。
だからこそ、少しずつ成長していくことが大切なのだ。
そして、東草原の地下通路や各地で起きている魔物の異変についても、いずれ調査が進むだろう。
俺たちはまだLv4。
無理に危険へ飛び込む必要はない。
まずは目の前の冒険を楽しみながら、着実に強くなっていこう。
そう考えながら、俺は二人と一緒に冒険者ギルドを後にした。




