第30話 ゴブリン拠点の地下通路と、謎の魔力
東草原のゴブリン討伐が一段落した頃、俺――《ミナト》はシルフィーとユウキの二人と一緒に、冒険者ギルドの休憩スペースで討伐隊の配信を見ていた。
《ホブゴブリン Lv7》を倒したことで戦闘自体はほぼ終わったものの、拠点の奥から発見された地下通路が新たな問題になっていた。
配信画面には、木材で補強された穴の入口と、その周囲に置かれた黒い石が映っている。地下へ続く通路の奥からは薄紫色の光が漏れており、どう見ても普通の洞穴ではなかった。
「ねえ、ミナト。あの地下通路って、ダンジョンなのかな?」
ユウキが画面を覗き込みながら尋ねてきた。
「可能性はあるけど、まだ分からないな。少なくとも、ゴブリンが掘っただけの穴には見えない」
俺がそう答えると、シルフィーも頷いた。
「入口の補強は比較的新しいようですが、奥の壁は自然の岩盤に見えますね。もともと存在していた空洞を、ゴブリンたちが利用していたのかもしれません」
「なるほど。さすがシルフィーだな」
「ふふっ。隼人と長く冒険してきましたから」
シルフィーが嬉しそうに微笑む。そんな妻を見ていると、俺もつい頬が緩んでしまった。
すると、ユウキが少し呆れたように笑った。
「二人とも、今は地下通路の話をしてるんだからね?」
「分かってるよ」
俺が苦笑すると、ユウキも楽しそうに笑った。
その時、配信画面の向こうで討伐隊の指揮役が声を上げた。
「地下通路への立ち入りは禁止だ! 入口を封鎖して、ギルドの調査隊が到着するまで近づかないように!」
冒険者たちは指示に従い、地下通路の周囲へ簡易的な柵を設置し始めた。
俺はその様子を見ながら感心した。
「慎重でいい判断だな。未知の場所に不用意に踏み込まないのは大事だ」
「ミナトでも入らない?」
ユウキの質問に、俺は首を横に振った。
「今のレベルなら絶対に入らない。どんな魔物がいるか分からない場所へ、準備もせずに入るのは無謀だからな」
異世界で二十年間冒険してきた俺でも、未知の地下遺跡には何度も苦労させられた。魔物だけでなく、罠や毒、魔力の異常など、危険はいくらでもある。
まして、ここはゲームの世界だ。向こうの世界で培った経験が通用する部分もあれば、まったく違う仕組みもある。
そう考えていると、冒険者ギルドの奥からギルドマスターのジェイドが姿を現した。
彼は受付主任のシエナと短く言葉を交わした後、集まっている冒険者たちへ向き直った。
「東草原のゴブリン拠点について、新しい報告が届いた。討伐隊は主要な魔物の排除に成功したが、拠点内部で未確認の地下通路が発見されている」
周囲がざわめく中、ジェイドは説明を続けた。
「現時点では内部の安全が確認できていないため、一般冒険者の立ち入りは禁止する。調査はギルドが編成する専門部隊に任せることになった」
その発表に、一部のプレイヤーから残念そうな声が上がった。
未知の場所を探索したい気持ちは分かる。俺だって冒険者だから、興味がないわけではない。
だが、興味と無謀は別物だ。
ジェイドの説明が終わると、俺たちは受付へ向かった。
リーナは報告書を整理しているところだったが、俺たちに気づくと笑顔を見せてくれた。
「ミナトさん、シルフィーさん、ユウキさん。何かご用でしょうか?」
「少し気になることがあってね。地下通路の入口に置かれていた黒い石について、何か分かっている?」
俺が尋ねると、リーナは首を横に振った。
「申し訳ありません。現在、調査中です。ただ、通常の鉱石とは異なる魔力反応が確認されたそうです」
「魔力反応……」
シルフィーが小さく呟いた。
俺は彼女へ視線を向ける。
「何か思い当たることがあるのか?」
「まだ何とも言えません。ただ、あの石の周囲に見えた紫色の光が気になります。魔力が濃い場所では、似た現象が起きることもありましたから」
それは俺も覚えている。
向こうの世界では、魔力が異常に集中した場所で魔物が強化されたり、周囲の生態系が変化したりすることがあった。
もちろん、今回も同じとは限らない。
俺はリーナに、これまで西街道や南街道で確認した魔物の移動について改めて説明した。
「東だけじゃなく、西のホーンラットや南のスライムも普段と違う動きをしていたんだ。直接関係があるかは分からないけど、調査の参考になればと思って」
リーナは真剣な表情で話を聞き、内容を記録してくれた。
「ありがとうございます。ギルドマスターへお伝えいたします」
俺たちは礼を告げ、ギルドを後にした。
外へ出ると、街にはいつも通りの賑わいが戻っていた。露店では料理が売られ、装備を整える冒険者たちが行き交っている。
ユウキは大きく伸びをすると、俺たちへ笑顔を向けた。
「ねえ、せっかくだから何か食べていかない?」
「そうだな。ちょうど腹も減ってきたし」
ゲーム内には空腹の概念があり、食事を取らずにいると能力へ影響が出る。俺たちは近くの食堂へ入り、三人で遅めの昼食を取ることにした。
注文したのは、焼きたてのパンと野菜のスープ、それに香草で味付けされた肉料理だった。
「おいしい!」
ユウキが嬉しそうに声を上げる。
シルフィーもスープを一口飲み、満足そうに微笑んだ。
「こちらの料理も美味しいですね。異世界で食べたものとは少し味付けが違いますが、懐かしい気持ちになります」
「ああ。冒険者時代によく立ち寄った食堂を思い出すな」
俺がそう答えると、シルフィーは楽しそうに昔話を始めた。
まだ結婚する前、二人で初めて長距離の護衛依頼を受けた時のことだ。途中の村で食べた煮込み料理が美味しくて、シルフィーが作り方を教わろうと厨房まで訪ねていったことがあった。
そんな思い出話をしていると、ユウキが少し羨ましそうに笑った。
「いいなあ。二人には思い出がいっぱいあるんだね」
「これからは優花とも増やしていけばいいだろ?」
俺が何気なく答えると、ユウキは一瞬驚いた顔をした後、嬉しそうに頷いた。
「うん! そうだね!」
食事を終えたところで、俺たちは今日はログアウトすることにした。
現実世界では学校の宿題もあるし、シルフィアと一緒に家族との時間も過ごしたい。
安全にログアウトできる宿屋へ向かい、手続きを済ませる。
「それじゃ、また明日な」
「うん、お疲れさま!」
「隼人、私もすぐに戻りますね」
三人でログアウトすると、視界がゆっくりと暗くなった。
その頃、株式会社アストラル・リンクの運営監視室では、東草原の地下通路について詳しい解析が進められていた。
美波が大型モニターへ地下通路のデータを表示する。
「木田さん、例の黒い石について解析結果が出ました」
「どうでした?」
「通常の鉱石データとは一致しません。それに、周囲の魔力濃度が少しずつ上昇しています」
木田は画面を覗き込み、眉をひそめた。
「北東の森林深部で確認されている魔力濃度の上昇と関係があるのでしょうか?」
「可能性はあります。ただ、今のところ直接つながっている証拠はありません」
そこへ主任の宇喜多が近づいてきた。
「地下通路の内部データは確認できた?」
「一部だけです。入口から奥へ続く空間は存在していますが、さらに深い部分は通常の探索記録がありません」
宇喜多は腕を組み、しばらく考え込んだ。
「不具合ではないのね?」
「はい。現時点ではシステム異常は確認されていません」
木田の返答を聞き、宇喜多は静かに頷いた。
「それなら、世界の自律的な変化として監視を続けましょう。プレイヤーの探索に運営が直接介入する必要はありません。ただし、安全上の問題がないかは確認しておいて」
「了解しました」
美波が操作を続けると、モニターには始まりの街周辺の地図が表示された。
北東の森林深部では、依然として魔力濃度が上昇している。
そして、東草原の地下通路でも、それに似た魔力反応が確認され始めていた。
まだ二つの地点を結びつける証拠はない。
しかし、運営スタッフたちは少しずつ、この異変が単なる魔物の増加ではない可能性を意識し始めていた。
ゲームの世界は、プレイヤーたちの知らないところでも変化し続けている。
そして、その変化はまだ始まったばかりだった。




