第3話 父さんからの誕生日プレゼントは最新VR機器でした
異世界で二十年間を過ごし、魔王を討伐して日本へ帰還した翌日。
さらに妻であるシルフィアまで異世界からやって来たことで、皆川家の朝は大騒ぎになった。
ようやく家族会議が一段落し、冷めかけた朝食も食べ終えたところで、父さん――皆川亮太が思い出したように口を開いた。
亮太「そうだ、隼人。お前への誕生日プレゼントがある」
隼人「誕生日プレゼント?」
その言葉に、俺は思わず聞き返した。
そういえば、俺は十六歳になったばかりだった。
異世界へ召喚されたのも十六歳。
そこから二十年間も戦っていたせいで、誕生日と言われてもいまいち実感が湧かない。
俺の感覚では三十六歳になっているはずなのだから、当然といえば当然かもしれない。
祥子「お兄ちゃん、忘れてたの?」
隼人「まあ……俺にとっては二十年前の話だからな」
祐美子「その言い方、まだ慣れないわね」
隼人「俺だって慣れてないよ」
身体は十六歳。
戸籍上も十六歳。
学校へ戻れば高校生。
だが、中身だけなら二十年分の経験が積み重なっている。
自分でも、これからどういう感覚で年齢を考えればいいのか分からない。
シルフィア「隼人様のお誕生日なのですね」
隼人「ああ。正確には少し前だけどな」
シルフィア「では、こちらの世界でも改めてお祝いしなくてはなりませんね」
隼人「別にそこまでしなくても――」
シルフィア「いたします」
笑顔なのに妙な圧があった。
こういう顔をしているときのシルフィアに逆らってはいけない。
二十年間の経験から、俺はそれをよく知っている。
知子「シルフィアさんとは話が合いそうね」
隼人「母さんまで何を企んでるんだ?」
知子「何も?」
絶対に何か考えている顔だった。
そんな俺たちのやり取りを見ながら、父さんが席を立つ。
亮太「ちょっと待ってろ」
父さんはリビングを出ていき、しばらくして大きな箱を抱えて戻ってきた。
白を基調とした箱。
中央には見覚えのないロゴが描かれている。
ただし、その下に書かれた会社名だけは知っていた。
《株式会社アストラル・リンク》。
父さんが社長を務め、母さんも所属している会社だ。
亮太「ほら」
父さんが箱をテーブルの近くへ置く。
隼人「……これが誕生日プレゼント?」
亮太「ああ」
俺は箱を見る。
かなり大きい。
少なくともゲーム機の箱には見えなかった。
祥子「いいなー!」
隼人「祥子はこれが何か知ってるのか?」
祥子「知ってるよ! 今度発売されるやつでしょ?」
隼人「今度発売?」
祐美子「ああ、隼人は知らないのか」
隼人「俺にとって最近の情報は二十年前だからな」
祐美子「便利ね、その言い訳」
隼人「言い訳じゃなくて事実なんだよ」
父さんが苦笑しながら箱へ手を置いた。
亮太「これは、うちで開発している最新型のフルダイブVR機器だ」
隼人「フルダイブ?」
亮太「ああ。意識を仮想空間へ接続して、実際にその世界へ入ったような感覚でゲームや各種サービスを利用できる」
俺は箱をもう一度見る。
異世界へ召喚される前にも、VRという言葉くらいは知っていた。
だが、俺の記憶にあるものよりずいぶん進んでいるらしい。
隼人「……これ、ゲーム用なのか?」
亮太「ゲームにも使える」
知子「というより、今回隼人に渡す理由はほとんどゲームね」
隼人「母さん?」
今、少し引っかかる言い方をしなかったか?
母さんは何事もなかったように笑っている。
亮太「うちが新しく開発したVRMMORPGがあるんだ」
隼人「VRMMORPG?」
亮太「簡単に言えば、大勢のプレイヤーが同じ仮想世界で冒険するゲームだな」
隼人「へえ……」
亮太「舞台は中世ヨーロッパ風のファンタジー世界。剣と魔法、魔物、ダンジョン、冒険者ギルドなんかがある」
俺は固まった。
隼人「……父さん」
亮太「なんだ?」
隼人「今なんて?」
亮太「剣と魔法のファンタジー世界」
隼人「…………」
思わずシルフィアを見る。
シルフィアも俺を見ていた。
シルフィア「隼人様」
隼人「ああ」
なんという偶然だ。
二十年間、剣と魔法の異世界で戦って魔王を倒し、ようやく日本へ帰ってきた。
その翌日に父親から、
今度はゲームの剣と魔法の世界へ行ってみないか。
そう誘われている。
隼人「俺、昨日まで本物の剣と魔法の世界にいたんだけど」
亮太「……そうだったな」
知子「タイミングがすごいわね」
祐美子「むしろ隼人に向いてるんじゃない?」
隼人「どうだろうな」
ゲームと本物の異世界。
同じはずがない。
だからこそ、少し興味が湧いた。
ゲームでは剣をどう扱うのか。
魔法はどう再現されているのか。
魔物はどんな動きをするのか。
ダンジョンは?
戦闘は?
異世界で二十年間を過ごした俺だからこそ、逆に気になってしまう。
シルフィア「私も興味があります」
隼人「シルフィアも?」
シルフィア「はい。こちらの世界の方々が、剣と魔法の世界をどのように作られたのか見てみたいです」
亮太「それならちょうどいい」
父さんが嬉しそうに言った。
亮太「シルフィアさんの分も用意できるぞ」
隼人「用意がいいな」
亮太「社長だからな」
そういう問題なのだろうか。
祥子「私もやりたい!」
知子「祥子はまだ駄目」
祥子「えー!」
知子「年齢に合わせた利用制限があるの。テスト段階なんだからなおさら」
祥子「ずるい!」
隼人「俺はいいのか?」
知子「十六歳だから条件は満たしてるわ」
隼人「なるほど」
母さんが箱を開ける。
内部にはVR機器本体と、いくつかの周辺機器が収められていた。
俺は興味深く覗き込む。
魔道具とはまるで違う。
魔力も感じない。
当然なのだろうが、異世界の道具に慣れすぎているせいで逆に新鮮だった。
シルフィア「これが……魔法を使わず、人の意識を別世界へ送る道具なのですか?」
知子「別世界といっても、本当に異世界へ送るわけじゃないわ。コンピューターが作った仮想世界よ」
シルフィア「こんぴゅーたー……」
シルフィアが聞き慣れない単語を慎重に口にする。
隼人「俺も説明できるほど詳しくないぞ」
知子「二人とも一から教えた方が早そうね」
母さんが楽しそうだった。
シルフィアはVR機器を不思議そうに眺めている。
魔法のない世界に来たと思ったら、翌日には意識を仮想世界へ送り込む機械を見せられたのだ。
異世界人からすれば、現代科学も十分に魔法みたいなものなのかもしれない。
亮太「隼人」
隼人「ん?」
亮太「どうする? やってみるか?」
俺はもう一度VR機器を見る。
剣と魔法の世界。
魔物。
ダンジョン。
冒険者。
昨日までなら、もう十分だと思っていたかもしれない。
二十年間も命を懸けて戦ったのだ。
だが。
これはゲームだ。
死んでも本当に死ぬわけではない。
仲間を失う恐怖もない。
戦争で街が焼かれることもない。
誰かを守るために、自分の命を削る必要もない。
同じ剣と魔法でも、まったく違う世界だ。
隼人「……やってみるよ」
亮太「そうか」
隼人「ああ。せっかく父さんたちが作ったゲームなんだろ?」
亮太「もちろんだ」
隼人「なら見てみたい」
それに。
ゲームの剣術が、本物とどれほど違うのか。
少し試してみたいと思った。
シルフィア「私もご一緒してよろしいでしょうか?」
隼人「もちろん」
シルフィア「ありがとうございます」
シルフィアが嬉しそうに笑う。
異世界では何度も一緒に冒険した。
今度はゲームの中で再び冒険する。
それも悪くない。
すると母さんが説明書とは別の資料を取り出した。
知子「じゃあ、最初に身体登録について説明しておくわね」
隼人「身体登録?」
知子「このVR機器は、初回設定で使用者本人の身体をスキャンするの」
母さんの説明によれば、体格や手足の長さ、関節の動き、身体感覚などを読み取り、VR空間で使用する身体の基礎データを作るらしい。
知子「初回設定では指示に従って自分の腕や脚、肩なんかに触れてもらうわ。機器側で身体感覚との対応を取るためよ」
シルフィア「そこまで調べるのですか?」
知子「ええ。身体を自然に動かせるようにするためには重要なの」
隼人「随分本格的なんだな」
知子「その代わり、きちんと設定すればかなり自由に動けるわよ」
さらにゲーム内では二種類の身体を選べるという。
ひとつは《アバター》。
ゲーム側で用意された身体を利用し、顔、髪、体格などを比較的自由に変更できる。
もうひとつが《リアル姿》。
初回スキャンした本人の身体を基準として、現実の姿をゲーム内へ再現する方式だ。
知子「アバターは現実と身体の比率が変わる場合があるから、身体操作に多少の補正が入るの」
隼人「補正?」
知子「ゲーム側の《身体操作アシスト》ね。剣を振る、走る、跳ぶ。そういう動きをシステムが補助してくれる」
隼人「それは切れるのか?」
俺が尋ねると、母さんが一瞬だけ目を細めた。
知子「切れるわよ」
隼人「なら切った方がよさそうだな」
亮太「即答か」
隼人「自分の身体を勝手に補助される方が動きにくそうだ」
二十年間。
自分の身体を使って戦い続けてきた。
剣を振る角度も。
踏み込みも。
重心移動も。
回避も。
全部、自分の感覚でやる方がいい。
知子「ただし、アシストOFFは初心者には推奨してないわよ」
隼人「問題ない」
知子「リアル姿なら、現実で身につけた身体技能をかなり高い精度で再現できるけど」
隼人「それならなおさらリアル姿だな」
知子「……そう」
なぜか母さんが少し楽しそうに笑った。
そのときは特に気にしなかった。
父さんも同じような顔をしていたことにも。
やがて説明が終わると、父さんと母さんは「会社へ少し連絡する」と言ってリビングを離れた。
そして。
俺たちから十分に離れたところで、二人は小声で話していた。
亮太「……まさか自分からアシストOFFを選ぶとはな」
知子「ちょうどいいじゃない」
亮太「何が?」
知子「実地テストよ」
亮太「やっぱりやるのか?」
知子「当然でしょう?」
母さんは平然と答えた。
知子「一般家庭で使用した場合の操作性、身体感覚、長時間使用時の安定性。実際のユーザー環境で確認したい項目はいくらでもあるもの」
亮太「つまり?」
知子「息子に遊んでもらうついでに、データを取る」
亮太「本人には?」
知子「言ったらテストを意識するでしょう?」
亮太「……それもそうか」
父さんが少し考え、頷いた。
亮太「まあ、普通に遊んでもらうだけだ。危険はないんだろ?」
知子「安全機構は何重にも入れてあるわ」
亮太「ならいいか」
こうして。
俺の知らないところで。
父親と母親による、
《息子を新作VRMMOの実地テスターにしてしまおう計画》
が静かに始まった。
ただし。
二人はまだ知らない。
自分たちがテストしようとしている息子が、昨日までの普通の高校生ではないことを。
二十年間。
本物の剣を振り。
本物の魔法を見て。
本物の魔物を殺し。
ダンジョンを攻略し。
戦争を生き抜き。
最後には魔王まで討ち取った人間であることを。
そして、その二十年間の技術が。
《リアル姿》。
《身体操作アシストOFF》。
その二つによって、ゲーム世界へほぼそのまま持ち込まれることを。
運営会社《株式会社アストラル・リンク》が知るのは、もう少しだけ先のことだった。




