第28話 初めての荷馬車護衛と、冒険者としての役割
西街道の草むらから現れた四匹の《ホーンラット Lv3》を前に、俺――《ミナト》は腰の《軽鉄の片手剣》をゆっくりと抜いた。
今回の依頼は魔物の討伐ではなく、商人バルクの荷馬車を無事に農園まで送り届け、収穫した作物を積んで街へ戻ることだ。敵を倒すことばかり考えて、護衛対象を危険にさらしては意味がない。
俺はホーンラットの動きを確認しながら、後方の二人へ声をかけた。
「シルフィー、左側の二匹を頼む。ユウキは荷馬車の近くで右側を警戒してくれ。俺は正面を止める」
シルフィーはすぐに頷き、杖を構えた。一方、ユウキは少し緊張した表情を浮かべていたが、荷馬車と敵の位置を確認してから返事をした。
「分かった! バルクさんのところには行かせないよ!」
その言葉に、御者台のバルクが不安そうに身を縮める。
「頼むぞ、冒険者さんたち!」
「大丈夫です。馬を落ち着かせて、荷馬車を動かさないでください」
俺がそう伝えた直後、正面のホーンラットが地面を蹴った。
小さな身体からは想像できない勢いで突進してくる。額の角をこちらへ向け、一直線に足元を狙ってきた。
俺は半歩だけ身体をずらし、突進をかわすと同時に剣を振り下ろした。刃がホーンラットの身体を捉え、視界にダメージ表示が浮かぶ。
『CRITICAL』
『《ホーンラット》を討伐しました』
残る三匹のうち、左側の二匹が同時に動き出した。
シルフィーは慌てることなく杖を向ける。
「《ウォーターボール》!」
放たれた水弾が一匹へ命中し、その身体を大きく弾き飛ばした。もう一匹が横へ回り込もうとしたが、シルフィーはすぐに位置を変え、《ウィンドカッター》で進路を塞ぐ。
その隙に俺が近づき、倒れた個体へ追撃を加えた。
残る二匹。
そのうち一匹が、突然進路を変えた。
狙いは俺たちではない。
荷馬車だ。
「ユウキ、右!」
「うん、見えてる!」
ユウキはすでに杖を構えていた。
ホーンラットが荷馬車へ近づく直前、彼女の《ホーリーライト》が放たれる。光の弾は敵の進行方向を正確に捉え、突進していた身体を弾き飛ばした。
『HIT』
まだ倒れてはいないが、動きは止まった。
俺はすぐに距離を詰め、剣の一撃で仕留める。
最後の一匹もシルフィーの魔法を受けて倒れ、戦闘は短時間で終了した。
「ふう……終わったな」
俺は剣を鞘へ戻し、周囲を確認した。新たな魔物の気配はない。
ユウキもほっと息を吐く。
「よかった。荷馬車に近づかれる前に止められたね」
「ああ。今の判断はよかったぞ。攻撃するだけじゃなく、守る相手の位置を意識できていた」
そう褒めると、ユウキは嬉しそうに笑った。
「本当? 昨日の練習が役に立ったかな?」
「間違いなく役に立ってるよ」
シルフィーも優花の成長を喜んでいた。最初は魔物を見るだけで緊張していた彼女が、今では敵の動きを予測し、仲間と連携して戦えるようになっている。
もちろん、まだ経験不足な部分はある。それでも、少しずつ冒険者らしくなってきた。
御者台から降りてきたバルクが、俺たちへ深々と頭を下げた。
「いやあ、助かった! 正直、若い冒険者さんたちだから少し心配していたんだが、見事なもんだな!」
「ありがとうございます。でも、まだ護衛は終わっていませんから」
俺がそう答えると、バルクは感心したように頷いた。
「そうだったな。農園まではもう少しだ。よろしく頼むよ」
俺たちは周囲を確認してから、再び荷馬車を進めた。
それからしばらくは魔物と遭遇することもなく、無事に目的地の農園へ到着した。
農園では数人の作業員が収穫した野菜や穀物を木箱へ詰めていた。バルクが声をかけると、作業員たちは荷馬車へ荷物を運び始める。
俺たちはその間も周囲の警戒を続けた。
「ミナト、荷物を運ぶのは手伝わなくていいの?」
ユウキが尋ねてきた。
「手伝ってもいいけど、今は護衛だからな。三人とも荷物運びに集中したら、周囲を見張る人がいなくなるだろ?」
「あ、そっか」
俺は農園の入口へ視線を向けながら説明した。
「護衛の仕事は、戦うことだけじゃない。危険を早く見つけて、依頼人が安心して仕事をできるようにすることも大事なんだ」
向こうの世界でも、商隊の護衛依頼は何度も経験した。
魔物と戦わずに終わることもあったが、それは失敗ではない。むしろ、何事もなく目的地へ到着できるなら、それが一番いい結果だった。
シルフィーも懐かしそうに微笑む。
「隼人と初めて護衛依頼を受けた時も、同じことを教えていただきましたね」
「ああ。あの時はシルフィアが荷物運びまで手伝おうとしていたな」
「ふふっ。少しでも皆様のお役に立ちたかったのです」
その会話を聞いていたユウキが、興味深そうに身を乗り出した。
「二人って、本当に昔から一緒に冒険してたんだね」
「まあ、十年一緒に冒険して、それから結婚してさらに十年だからな」
俺が何気なく答えると、ユウキは呆れたように笑った。
「二十年って、やっぱりすごいよね……」
やがて荷物の積み込みが終わり、俺たちは街へ戻ることになった。
帰り道では荷馬車の重量が増えているため、移動速度が少し落ちていた。俺は前方を警戒しながら歩き、シルフィーとユウキには左右と後方を確認してもらう。
途中、遠くの草原でホーンラットらしい影を見かけたが、こちらへ近づく様子はなかった。
俺たちは無理に追いかけず、そのまま街道を進んだ。
夕方が近づく頃、始まりの街の西門が見えてきた。
「おお、戻ってきた!」
バルクが嬉しそうに声を上げる。
門番へ事情を説明し、荷馬車と一緒に街へ入る。商業区の倉庫まで荷物を届けたところで、護衛依頼の完了となった。
「本当にありがとう。おかげで無事に作物を運べたよ」
バルクは俺たちへ依頼完了の証明書を渡してくれた。
俺たちは礼を告げ、冒険者ギルドへ向かった。
受付ではリーナがいつもの笑顔で迎えてくれた。
「お帰りなさいませ。護衛依頼はいかがでしたか?」
「無事に終わったよ。途中でホーンラット四匹と遭遇したけど、荷馬車に被害はなかった」
俺が証明書を渡すと、リーナは内容を確認した。
「はい。《西街道の荷馬車護衛》、達成を確認いたしました。お疲れ様でした」
『QUEST CLEAR』
『報酬を獲得しました』
『経験値を獲得しました』
今回もレベルアップはなかったが、報酬は三人で分配することにした。
ユウキは満足そうにギルドカードを眺めている。
「討伐依頼とは違って、誰かを守る仕事も楽しいね」
「ああ。冒険者の仕事は魔物を倒すだけじゃないからな」
俺がそう答えた時、ギルドの奥から数人の職員が慌ただしく出てきた。
その表情は険しい。
何かあったらしい。
受付のリーナも、職員から渡された報告書を見て驚いたように目を見開いた。
「……討伐隊から連絡が?」
俺は思わず顔を上げた。
東草原へ出発したゴブリン討伐隊。
どうやら現地から最初の報告が届いたらしい。
しばらくすると、ギルド内の掲示板が更新された。
『《緊急討伐:東草原ゴブリン拠点》』
『討伐隊、対象拠点へ到達』
『戦闘開始を確認』
周囲のプレイヤーたちが一斉に掲示板へ注目する。
ユウキも不安そうに俺を見た。
「ミナト、みんな大丈夫かな?」
「まだ始まったばかりだ。今は無事を祈ろう」
俺はそう答えながら、掲示板を見つめた。
こちらの世界では、魔物に倒されても復活できる。
それでも、大勢の仲間が協力して挑む戦いには、きっとそれぞれの思いがあるはずだ。
そして、東草原では今まさに、始まりの街で初めてとなる大規模討伐が幕を開けようとしていた。




