第27話 緊急討伐隊、東草原へ出発する
南街道でのスライム討伐を終えた翌日、俺――《ミナト》は、シルフィーとユウキの二人と一緒に始まりの街の冒険者ギルドを訪れていた。
今日はいよいよ《東草原ゴブリン拠点》の緊急討伐が行われる日だ。俺たちは参加条件であるLv5に達していないため、討伐隊には加われない。それでも、初めて行われる大規模討伐がどのようなものなのか、少し興味があった。
ギルド前の広場には、すでに多くの冒険者が集まっていた。剣士や戦士だけでなく、魔法使いや僧侶の姿も見える。盾を構えた前衛職が装備を確認し、後衛職は魔法の使用順序や回復の担当を相談していた。
ユウキはその光景を眺めながら、感心したように声を上げた。
「すごい人数だね。これだけ集まれば、ゴブリンも倒せるのかな?」
「人数だけで決まるわけじゃないけど、きちんと連携できれば十分勝機はあると思うぞ」
俺が答えると、シルフィーも頷いた。
「相手は三十体以上ですから、前衛が敵を引きつけ、後衛が確実に数を減らすことが重要になりますね」
彼女の言う通りだった。集団戦では個人の強さ以上に、役割分担と指揮系統が重要になる。向こうの世界で魔王軍と戦った時も、仲間同士の連携が崩れた部隊から苦戦を強いられていた。
やがて、冒険者ギルドの扉が開き、ギルドマスターのジェイドが姿を現した。
「全員、聞いてくれ!」
よく通る声が広場へ響き、冒険者たちの会話が止まる。
「今回の討伐対象は、東草原に拠点を築いたゴブリン集団だ。確認されている敵は三十体以上。《ゴブリンソルジャー》が複数、さらに《ホブゴブリン Lv7》が一体いる」
ジェイドは集まった冒険者たちを見渡し、続けた。
「最優先は全員の生還だ。無理に突出するな。負傷者が出た場合は速やかに後退させろ。指揮官の指示を守り、勝手な行動は慎むように」
その言葉を聞き、俺は小さく頷いた。
いい指示だと思う。敵を倒すことばかり考えていると、周囲が見えなくなる。特に今回のような集団戦では、一人の無謀な行動が仲間全員を危険にさらすこともある。
討伐隊は複数のパーティーで構成されており、前衛部隊、魔法支援部隊、回復支援部隊に分かれていた。さらに、万が一に備えて後方には予備戦力も配置されるらしい。
「ミナト、すごく真剣に見てるね」
ユウキに声をかけられ、俺は視線を戻した。
「ああ。こういう編成を見ると、どう戦うつもりなのか気になるんだ」
「やっぱり経験者なんだね」
「まあな。でも、このゲーム独自の戦い方もあるだろうから、勉強になるよ」
すると、近くにいた男性プレイヤーが俺たちへ声をかけてきた。
「もしかして、昨日配信してたミナトさんたちですか?」
「ああ、そうだけど」
「やっぱり! 俺、配信見ましたよ。あの剣さばき、すごかったです!」
どうやら視聴者だったらしい。男性は自分も討伐隊へ参加すると話し、少し緊張した様子で笑った。
「正直、初めての大規模戦闘なんで不安なんですよね」
「だったら、仲間から離れないことだな。敵を追いかけすぎないように気をつけてくれ」
俺がそう伝えると、男性は真剣な表情で頷いた。
「ありがとうございます。気をつけます!」
その後、討伐隊は隊列を整え、東門へ向かって出発した。
広場に残ったプレイヤーたちから歓声が上がる。俺たちも見送ったが、隊列が門の向こうへ消えると、周囲は少しずつ普段の賑わいを取り戻していった。
「無事に帰ってきてほしいね」
ユウキが呟く。
「ああ。そうだな」
俺も素直にそう思った。
ゲームとはいえ、あれだけの人数が力を合わせて挑む戦いだ。できれば全員が無事に帰還し、討伐成功を喜んでほしい。
シルフィーが俺たちへ微笑みかける。
「それでは、私たちも今日の依頼を探しましょうか」
「そうだな。せっかくログインしたんだし、何か受けよう」
俺たちは冒険者ギルドへ戻り、掲示板を確認することにした。
討伐隊へ参加する高レベルプレイヤーが出払っているためか、ギルド内は普段より静かだった。
掲示板には、採取依頼や街の周辺で行える簡単な仕事がいくつか残っている。
その中で、ユウキが一枚の依頼書を指差した。
「これ、どうかな?」
依頼名は《西街道の荷馬車護衛》。
街の西側にある小さな農園から、収穫した作物を運ぶ荷馬車を護衛する仕事だった。推奨レベルはLv3で、報酬も悪くない。
「護衛依頼か。いい経験になりそうだな」
俺がそう言うと、ユウキは嬉しそうに頷いた。
「討伐ばかりじゃなくて、こういう仕事もやってみたい!」
シルフィーも依頼書を確認し、賛成してくれた。
「護衛でしたら、周囲の警戒や連携の練習にもなりますね」
俺たちは受付へ向かい、依頼の詳細を確認した。
担当してくれたリーナによると、荷馬車は西門近くで待機しており、街道沿いの農園まで移動して作物を積み込んだ後、再び街へ戻る予定らしい。
「最近は魔物の活動が増えていますので、くれぐれもお気をつけください」
「分かった。無理はしないよ」
依頼を受注した俺たちは、西門へ向かった。
門の近くには一台の荷馬車が停まっており、御者台には四十代ほどの男性が座っていた。
「おお、護衛の冒険者さんたちか!」
男性は俺たちを見ると、安心したように笑った。
「俺は商人のバルクだ。今日はよろしく頼むよ」
「ミナトです。こちらはシルフィーとユウキ。三人で護衛を担当します」
俺が挨拶すると、バルクは三人の装備を確認し、少し心配そうな表情になった。
「ずいぶん若い冒険者さんたちだな。大丈夫かい?」
「推奨レベルは満たしているし、危険な場合は無理をせず対応するよ」
そう答えると、バルクは頷いた。
「それなら安心だ。最近は西の方でも魔物が増えているって話だからな」
俺たちは護衛位置を相談し、出発することにした。
俺が荷馬車の前方、シルフィーが側面、ユウキが後方を担当する。ただし、敵が現れた場合は互いに離れすぎないようにするつもりだ。
荷馬車がゆっくりと動き始める。
西街道には穏やかな風が吹き、遠くには農園の畑が広がっていた。
しばらく進んだところで、俺は道端に残された小さな足跡に気づいた。
ホーンラットのものに似ている。
ただ、足跡は一つではなかった。
複数の個体が同じ方向へ移動したような跡が、街道を横切っている。
「……またか」
思わず呟くと、シルフィーがこちらを見た。
「隼人、何かありましたか?」
「ああ。少し気になる足跡がある」
俺は荷馬車を止めてもらい、足跡を確認した。
地面には新しい跡が残っている。数は少なくとも五匹以上。西側の草原から街道を横切り、南西方向へ続いていた。
ユウキも近づき、しゃがみ込んで足跡を観察する。
「これ、昨日のホーンラットと同じかな?」
「たぶんな。ただ、向かっている方向が少し違う」
俺は周囲を見渡した。
西のホーンラット。
南のスライム。
北のウルフ。
東のゴブリン。
それぞれ別の場所で起きている異変だが、魔物たちの移動には何か共通点があるのかもしれない。
もっとも、今は護衛依頼の途中だ。調査のために荷馬車を放置するわけにはいかない。
「足跡のことは後でギルドへ報告しよう。今は護衛を優先する」
「うん!」
ユウキが頷き、シルフィーも周囲の警戒へ戻った。
俺たちは再び荷馬車を進める。
その時だった。
街道の先にある草むらが、不自然に揺れた。
俺はすぐに足を止め、右手を剣の柄へ添えた。
「二人とも、警戒してくれ」
シルフィーが杖を構え、ユウキも荷馬車の近くへ移動する。
草むらの奥から姿を現したのは、額に鋭い角を持つ魔物だった。
『《ホーンラット Lv3》』
しかも、一匹ではない。
二匹、三匹と続けて現れ、全部で四匹が街道へ姿を見せた。
バルクが不安そうに声を上げる。
「お、おい! 大丈夫なのか!?」
俺は魔物たちから視線を外さず、落ち着いて答えた。
「大丈夫。バルクさんは荷馬車を動かさず、俺たちの後ろにいてくれ」
そして、二人へ短く指示を出す。
「シルフィーは左側、ユウキは右側を警戒。俺が正面を止める」
「はい!」
「分かった!」
四匹のホーンラットが、こちらへ角を向けた。
護衛依頼での最初の戦闘が、今まさに始まろうとしていた。




