第26話 南街道の異変と、初心者三人の判断
南街道の草原を移動していく三匹のスライムを見送りながら、俺――《ミナト》は少し考え込んでいた。
先ほどのスライムたちは、こちらに気づいていながら襲ってこなかった。まるで何かから逃げることを優先しているような動きだったのだ。
異世界で二十年間冒険してきた経験から言えば、魔物が普段と違う行動を取る時には、それなりの理由があることが多い。ただし、ここはゲームの世界だ。現実の魔物と同じ習性を持っているとは限らない。
隣に立つユウキが、スライムたちの消えた方向を見つめながら尋ねてきた。
「ミナト、さっきのスライムって、やっぱり変だったの?」
「ああ。普通なら近くの獲物に反応してもおかしくない距離だった。それなのに、俺たちを無視して移動していったからな」
俺がそう説明すると、シルフィーも小さく頷いた。
「それに、三匹とも同じ方向へ進んでいましたね。偶然にしては少し不自然です」
「何かから逃げているのかな?」
「可能性はある。でも、今は確かめに行かない方がいい」
ユウキは納得したように頷いた。以前なら好奇心から調べに行こうとしたかもしれないが、ゴブリンやホーンラットの群れを経験したことで、危険な場所へ近づくことの意味を理解し始めているらしい。
俺たちは南の林へ踏み込まず、街道周辺のスライム討伐を続けることにした。
少し歩いたところで、草むらの陰に二匹の《グリーンスライム Lv3》を発見した。先ほどの個体とは違い、こちらへ身体を向けてゆっくり近づいてくる。
「ユウキ、今回は二匹だ。どうする?」
俺が尋ねると、ユウキは敵との距離を確認してから杖を構えた。
「私が右を攻撃するから、シルフィーは左をお願い。ミナトは近づいてきた方を止めてくれる?」
「了解。落ち着いてやれば大丈夫だ」
ユウキの合図で二人が魔法を放つ。光の弾が右側のスライムを捉え、ほぼ同時にシルフィーの《ウィンドカッター》が左側の個体へ命中した。
攻撃を受けたスライムが身体を震わせる。右側の一匹はそのまま倒れたが、左側はまだ動けるようだった。
俺は剣を抜き、跳ねるように接近してきたスライムの攻撃を半歩横へ避けた。そのまま剣先を身体の中心へ突き入れる。
『《グリーンスライム》を討伐しました』
『クエスト進行:3/6』
視界に表示された通知を確認し、俺は剣を鞘へ戻した。
「いい連携だったな。ユウキも敵の動きをよく見ていた」
「本当? 最初の頃より少しは上達したかな?」
「ああ。魔法を撃つ前に周囲を確認できるようになっている」
褒められたユウキは嬉しそうに笑った。シルフィーも微笑みながら、次は魔法を使うタイミングをもう少し合わせてみましょうと助言している。
そんな二人のやり取りを眺めていると、配信画面にコメントが流れ始めた。
『ユウキちゃん、かなり上手くなってる』
『最初の戦闘と比べると別人みたい』
『ミナト先生の指導が効いてるな』
『それにしてもスライムの動きが気になる』
俺は最後のコメントに目を留めた。どうやら視聴者たちも、先ほどのスライムの行動を不思議に思っているらしい。
「気になるのは俺も同じだけど、まずは依頼を終わらせるよ」
そう配信へ向かって答え、俺たちは街道沿いを進んだ。
その後も慎重に探索を続け、草原の浅い水たまり付近で三匹のスライムを発見した。今度はユウキが敵の位置を確認し、シルフィーと相談しながら攻撃の順番を決める。
俺は二人の後方を守りつつ、接近してきた個体だけを剣で処理した。戦闘は短時間で終わり、最後の一匹が光となって消えたところで、依頼達成の通知が表示された。
『《グリーンスライム》を討伐しました』
『クエスト進行:6/6』
『《南街道周辺のスライム討伐》達成条件を満たしました』
「やった! これで六匹だね!」
ユウキが杖を掲げて喜ぶ。
「ああ。今日はここまでにしよう。南の林の様子も気になるけど、俺たちだけで調べる必要はないからな」
シルフィーも賛成してくれたので、俺たちは始まりの街へ戻ることにした。
帰り道では、街道から少し離れた場所を移動するスライムを何匹か見かけた。こちらへ向かってくる個体もいたが、大半は一定の方向へ進んでいる。
その様子を確認しながら、俺は異世界で経験したある出来事を思い出していた。
魔王軍との戦いが激しくなり始めた頃、王都から離れた村の周辺で魔物が急増したことがあった。最初は単なる繁殖期だと思われていたが、実際には山奥に強力な魔物が現れ、弱い魔物たちが生息地を追われていたのだ。
もちろん、今回も同じとは限らない。
だが、少なくとも調べる価値はあるだろう。
冒険者ギルドへ戻ると、受付のリーナが俺たちを迎えてくれた。
「お帰りなさいませ。南街道の依頼はいかがでしたか?」
「無事に六体討伐したよ。それと、少し気になることがあった」
俺はギルドカードを渡しながら、スライムが集団で移動していたことを説明した。リーナは討伐記録を確認した後、真剣な表情で話を聞いてくれた。
「実は、ほかの冒険者の方からも似た報告が届いております」
「やっぱりか」
「はい。南の林から街道方面へ移動するスライムが、通常より多く確認されているそうです」
リーナは報告書へ内容を記録すると、俺たちに礼を述べた。
「貴重な情報をありがとうございます。ギルドマスターにもお伝えいたします」
依頼達成の報酬と経験値を受け取ったものの、今回はレベルアップしなかった。三人ともLv3のままだ。
それでもユウキは満足そうだった。
「今日は魔法を上手く使えたし、依頼も達成できたからよかった!」
「そうだな。焦らず少しずつ強くなればいい」
俺がそう答えた時、ギルドの掲示板が更新された。
『《緊急討伐:東草原ゴブリン拠点》』
『討伐隊の編成が完了しました』
『出発予定:翌ゲーム内日午前』
周囲のプレイヤーたちが一斉に掲示板へ注目する。
どうやら、いよいよゴブリン討伐が始まるらしい。
ユウキも表示を見上げながら尋ねてきた。
「ミナト、明日はどうする?」
「俺たちは参加できないからな。別の依頼を受けながら、討伐隊の結果を待とう」
俺の返事に、シルフィーも頷いた。
「そうですね。皆様が無事に帰還されるとよいのですが」
その言葉には、二十年間冒険者として戦ってきた彼女らしい重みがあった。
俺も同じ気持ちだった。
ここはゲームの世界であり、死亡しても復活できる。それでも、仲間と協力して戦う以上、誰だって失敗したくはないはずだ。
俺たちは討伐隊の無事を願いながら、ギルドを後にした。
一方その頃、アストラル・リンクの運営監視室では、南側の魔物の移動経路について追加解析が進められていた。
美波が大型モニターへ新しいデータを表示する。
「木田さん、南側のスライムについて、移動開始地点を絞り込めました」
木田は画面へ視線を向けた。
「どこですか?」
「南の林の奥です。ただ、移動経路をさらに遡ると、北東方向から流れ込む魔力の変化が確認されています」
その報告に、宇喜多が眉をひそめた。
「北東……昨日の魔力濃度上昇と関係があるのかしら?」
「まだ断定はできません。ただ、魔物の移動が始まった時期と重なっています」
木田はしばらく考え込んだ後、静かに口を開いた。
「引き続き監視をお願いします。世界の自律的な変化なら、まずは原因を把握することが先です」
画面には始まりの街を中心とした地図が表示されていた。
東のゴブリン、西のホーンラット、南のスライム、北のウルフ。
それぞれ別の場所で起きているように見える異変だったが、移動履歴を重ねると、魔物たちが北東の森林深部から距離を取るように動いている可能性が浮かび上がっていた。
そして、その森林深部では今もなお、魔力濃度の上昇が続いていた。
俺たちはまだ知らない。
初心者エリアで起きている小さな異変が、やがて始まりの街全体を巻き込む大きな出来事へつながっていくことを。




