第25話 帰還勇者、放課後の冒険へ
久しぶりの高校生活は、俺――皆川隼人が想像していた以上に疲れるものだった。
午前中の数学に始まり、英語、現代文と授業が続く。異世界で二十年間暮らしていた俺にとって、教科書に書かれた内容を思い出すだけでも一苦労だ。
もっとも、身体を動かすことなら話は別だった。体育の授業では軽い準備運動をしただけだが、身体の動かし方は忘れていない。ただし、十六歳に戻った今の身体は、三十六歳だった頃ほど鍛えられていない。無理をすれば怪我をする可能性もあるため、周囲に合わせて動くことにした。
昼休みになると、優花が弁当を持って俺の席へやってきた。
「隼人、今日の放課後って空いてる?」
優花は椅子を借りて座ると、期待に満ちた表情で俺を見た。
「特に予定はないけど、どうした?」
「もちろんゲーム! 昨日Lv3になったでしょ? 新しい依頼を受けたいなって」
「ああ、俺もそのつもりだった」
そう答えると、優花は嬉しそうに笑った。
「よかった! シルフィーも一緒だよね?」
「もちろん。帰ったら聞いてみるよ」
俺たちが話していると、近くにいた男子生徒が興味深そうに振り向いた。
「なあ、皆川。昨日の配信、今日もやるのか?」
「まだ決めてないな」
「やってくれよ。俺、昨日の戦闘見てから続きが気になってるんだ」
どうやら学校でも、昨日の配信を見ていた生徒が何人かいるらしい。
俺は苦笑しながら答えた。
「普通に依頼を受けるだけだと思うぞ?」
「それが面白いんだって!」
そう言われても、俺にはまだよく分からない。
向こうの世界では当たり前だった戦い方が、このゲームでは珍しいらしい。もっとも、俺自身は戦闘技術を見せびらかしたいわけではない。ただ、シルフィアや優花と一緒に冒険を楽しみたいだけだ。
放課後、優花と一緒に帰宅すると、玄関でシルフィアが迎えてくれた。
「お帰りなさい、隼人。優花さんもいらっしゃいませ」
「ただいま、シルフィア」
「お邪魔します!」
シルフィアはすっかり日本の生活に馴染み始めていた。今日は母さんと買い物へ行き、スーパーの仕組みを教わったらしい。
「商品を選んで、最後にまとめてお金を支払うのですね。とても便利でした」
「異世界の市場とは違うだろ?」
「はい。それに、食材の種類が驚くほど豊富でした」
楽しそうに話す妻を見ていると、俺まで嬉しくなる。
シルフィアは王女として育ったが、冒険者になってからは自分で買い物も料理もしていた。だからこそ、現代日本の便利さを素直に楽しめるのだろう。
しばらく休憩してから、俺たちはVR機器を準備した。
「それじゃ、今日も冒険するか」
「うん!」
「はい、楽しみですね」
三人でログイン操作を行うと、視界が白く染まった。
次の瞬間、俺は始まりの街の冒険者ギルドに立っていた。
『ログインしました』
『プレイヤー名:ミナト』
『職業:剣士』
『レベル:3』
身体を軽く動かしてみる。現実の十六歳の身体とは違い、ゲーム内ではステータスによる補正が働いている。
少し遅れて、シルフィーとユウキも姿を現した。
「お待たせしました!」
ユウキが元気よく手を振る。
シルフィーも微笑みながら近づいてきた。
「今日は何から始めましょうか?」
「まずは掲示板だな。その前に、装備の状態も確認しておこう」
俺は腰の《軽鉄の片手剣》を確認した。昨日の戦闘で耐久値が多少減っていたため、必要なら鍛冶屋で整備してもらうつもりだ。
ユウキも自分の装備を確認する。
「私のローブは大丈夫そう」
「私も問題ありません」
「なら、依頼を見に行こう」
掲示板の前には、昨日より多くのプレイヤーが集まっていた。
理由はすぐに分かった。
『《緊急討伐:東草原ゴブリン拠点》』
『参加者募集終了』
『討伐隊編成中』
『出発予定時刻は追って告知』
どうやら参加者が揃ったらしい。
周囲では、Lv5以上のプレイヤーたちが装備や役割について相談している。
「いよいよ始まるんだね」
ユウキが掲示板を見上げた。
「ああ。俺たちは参加できないけどな」
「ちょっと残念」
「次の機会に備えよう」
俺がそう言うと、ユウキは頷いた。
無理に参加する必要はない。俺たちはまだLv3で、ユウキも戦闘を覚えている途中だ。
それに、冒険者ギルドには他にも依頼がある。
掲示板を確認すると、北と南の初心者区域では魔物の活動増加に伴い、一部の依頼が制限されていた。
その代わり、街の近くで受けられる採取依頼や、比較的安全な場所での討伐依頼が残っている。
「今日はどうする?」
ユウキが尋ねる。
「南側の状況を少し確認したいけど、危険な場所には近づかない方がいいな」
俺がそう答えると、シルフィーが掲示板の一枚を指した。
「こちらはいかがでしょう?」
そこには《南街道周辺のスライム討伐》と書かれていた。
推奨Lv3、討伐目標は六体。活動数が増加しているスライムのうち、街道近くへ出てきた個体を減らす依頼らしい。
「ちょうどいいな」
「じゃあ、これにしよう!」
ユウキも賛成したので、俺たちは依頼を受注した。
その時、ユウキが思い出したように口を開く。
「そうだ。今日も配信する?」
「またやるのか?」
「昨日、次も見るって言ってくれた人がたくさんいたでしょ?」
確かにそうだった。
俺は少し考えてから頷いた。
「じゃあ、やってみるか。ただし、危険な情報を勝手に流さないようにしよう」
「了解!」
ユウキが配信画面を開き、操作を始める。
『LIVE配信を開始しました』
『配信タイトル:Lv3初心者三人で南街道の依頼へ!』
最初の視聴者数は十数人だったが、数分もしないうちにコメントが流れ始めた。
『ミナト先生きた!』
『シルフィーちゃんおかえり!』
『ユウキちゃん今日も頑張れ!』
『昨日の三人だ!』
「……先生はやめてくれ」
俺がそう言うと、ユウキが笑った。
「もう定着してるよ」
「困ったな……」
シルフィーまで楽しそうに微笑んでいる。
俺たちは冒険者ギルドを出て、南門へ向かった。
街道沿いには草原が広がり、その先には小さな林が見える。昨日までと大きく変わった様子はないが、遠くの草むらにはスライムらしい影がいくつか見えた。
「まずは六体。周囲を確認しながら進もう」
「うん!」
ユウキが杖を構え、シルフィーも周囲へ視線を巡らせる。
最初の一匹は、街道脇の草むらから現れた。
『《グリーンスライム Lv3》』
半透明の緑色をした魔物が、ゆっくりと身体を揺らしている。
「ユウキ、どうする?」
俺が尋ねると、ユウキは少し考えた。
「私が《ホーリーライト》で攻撃して、倒せなかったらシルフィーにお願いする」
「分かった」
ユウキが杖を向ける。
「《ホーリーライト》!」
光がスライムへ命中し、その身体が大きく揺れた。
『HIT』
まだ倒れない。
そこへシルフィーが続ける。
「《ウィンドカッター》!」
風の刃がスライムの中心を切り裂いた。
『CRITICAL』
『《グリーンスライム》を討伐しました』
『クエスト進行:1/6』
「やった!」
ユウキが嬉しそうに笑う。
だが、俺はすぐに周囲へ目を向けた。
草むらの奥で、何かが動いたからだ。
「二人とも、少し待ってくれ」
俺の声に、シルフィーとユウキが動きを止める。
草の間から現れたのは、さらに三匹のスライムだった。
どれもLv3。
ただし、動き方が少しおかしい。
普通なら周囲を漂うように移動するはずなのに、三匹とも同じ方向へ進んでいる。
「……あっちへ向かってる?」
ユウキが呟いた。
「ああ。俺たちを狙っているようには見えないな」
スライムたちは俺たちに気づいている様子もなく、街道を横切って西寄りの草原へ進んでいく。
シルフィーが静かに尋ねた。
「昨日の魔物たちと同じでしょうか?」
「まだ分からない。でも、少し気になる」
俺はスライムたちが来た方向を見た。
南の林。
さらにその奥。
そこから、何かを避けるように移動してきたのだろうか。
俺たちは討伐依頼を受けている。目の前のスライムを倒しても問題はない。
だが、俺は剣を抜かなかった。
「少しだけ様子を見よう」
ユウキも頷き、杖を下ろす。
配信のコメント欄では、視聴者たちが不思議そうに反応していた。
『スライムが逃げてる?』
『昨日の魔物増加と関係あるのかな』
『ミナト、また何か見つけた?』
俺は草原を進む三匹を見送りながら考えた。
ゲームの世界でも、魔物はただ倒されるためだけに存在しているわけではないらしい。
もし本当に何かから逃げているのなら、その原因を知ることにも意味があるだろう。
もっとも、今の俺たちはLv3の初心者パーティーだ。
無理に奥へ踏み込むつもりはない。
「まずは依頼を終わらせよう。気づいたことはギルドへ報告すればいい」
「うん!」
ユウキが元気よく答え、シルフィーも頷いた。
こうして俺たちは、南街道のスライム討伐を続けることにした。
だが、俺たちが見送った三匹のスライムは、その後も一度も振り返ることなく移動を続けていた。
まるで、南の林の奥にある何かから、一刻も早く離れようとしているかのように。




