第17話 初心者三人、配信しながら次の依頼へ
《見習い僧侶のローブ》。
《見習い魔術師のローブ》。
ユウキとシルフィーの新しい装備を購入した俺たちは、防具店を出た。
俺――《ミナト》も少し前に《軽鉄の片手剣》へ武器を更新している。
これで三人とも、ゲーム開始時の初心者装備から一歩だけ前へ進んだことになる。
『現在の視聴者数:281』
男性視聴者『まだ増えてる』
女性視聴者『初見です』
男性剣士『ウルフ戦の切り抜きから来た』
女性魔法使い『シルフィーちゃん見に来ました』
女性僧侶『ユウキちゃん新ローブかわいい』
ユウキ「ありがとうございます!」
ユウキはすっかり配信に慣れ始めていた。
歩きながらコメントを確認し、返事までしている。
器用なものだ。
俺にはまだ難しい。
周囲を見ながら、コメントまで読む。
戦闘とは違う種類の技術が必要な気がする。
ユウキ「ミナトも何か喋って」
ミナト「何を?」
ユウキ「何でもいいから」
ミナト「何でもいいが一番困るんだけど」
男性視聴者『分かる』
女性視聴者『剣士さん配信向いてなさそうw』
ミナト「俺もそう思う」
ユウキ「そこで同意しないでよ」
シルフィー「では、ミナトが得意なお話をされてはいかがでしょう?」
ミナト「得意な話?」
シルフィー「剣についてです」
なるほど。
それなら話せる。
ミナト「剣なら……」
ユウキ「待って」
ミナト「なんだ?」
ユウキ「二十年分語り始めそうだから、やっぱりいい」
ミナト「どうしろっていうんだ」
シルフィーが隣で笑っている。
女性剣士『剣の話聞きたい』
男性剣士『装備選びの理由知りたい』
男性視聴者『なんで攻撃力高い剣にしなかったの?』
そのコメントなら答えられる。
ミナト「俺の剣か」
腰の《軽鉄の片手剣》へ触れる。
ミナト「今の俺はLv2だから、重すぎる剣だと扱いにくい。少し攻撃力が低くても、振りやすくて止めやすい方を選んだ」
男性剣士『やっぱ重量見てるのか』
女性剣士『DEXも意識してる?』
ミナト「DEX?」
俺はステータスを思い出す。
器用さ。
精密な身体操作に関係する能力値だったはずだ。
ミナト「多少は。でも、まだこのゲームでDEXがどこまで剣に影響するのか分からない」
男性剣士『ちゃんと初心者だった』
女性視聴者『戦い方だけ初心者じゃない』
ユウキ「そこなんだよね」
ミナト「何が?」
ユウキ「ミナトってゲーム知識だけなら本当に初心者なんだよ」
ミナト「最初からそう言ってるだろ」
レベル。
ステータス。
装備補正。
スキル。
配信。
俺には知らないことばかりだ。
ただ。
剣を振る。
敵を見る。
危険を察知する。
仲間を守る。
撤退する。
そういうことなら知っている。
二十年間。
嫌というほどやってきた。
俺たちは冒険者ギルドへ戻った。
新しい依頼を探すためだ。
扉を開く。
先ほどと変わらず、ギルド内は多くの冒険者で賑わっている。
だが。
ミナト「……ん?」
少し雰囲気が違う。
何人かのプレイヤーが、一つの掲示板へ集まっていた。
男性プレイヤー「何だこれ?」
女性プレイヤー「緊急調査?」
男性剣士「まだ受けられないみたいだぞ」
俺たちも近づく。
掲示板。
そこに。
『《緊急調査:東草原ゴブリン集団》』
『詳細調査中』
『受注不可』
ユウキ「あ」
シルフィー「先ほどのお話ですね」
ミナト「ああ」
俺たちが見つけたゴブリンたち。
その後。
ギルドが調査を開始した。
林の奥にさらに痕跡があるらしい。
そして今。
正式な依頼になる前の《緊急調査》として掲示されている。
男性視聴者『これか!』
女性視聴者『配信で言ってたやつ』
男性剣士『受注不可なんだな』
男性戦士『まだ調査中なら待つしかない』
女性魔法使い『ミナトたち行かないの?』
ミナト「行かない」
即答した。
男性視聴者『即答w』
女性視聴者『ですよね』
ユウキ「本当に迷わないね」
ミナト「受注不可って書いてあるだろ」
ユウキ「そうだけど」
ミナト「それに俺たちはLv2だ」
先ほど遭遇したゴブリンソルジャーはLv4。
一体だけなら、三人で戦えば勝てる可能性はある。
だが。
林の奥にどれだけいるか分からない。
さらに強い個体がいる可能性もある。
そんな場所へ情報もなしに入る。
冒険ではなく自殺だ。
シルフィー「調査結果を待ちましょう」
ミナト「ああ」
俺たちは通常の依頼掲示板を見る。
Lv2向け。
いくつかある。
採取。
討伐。
護衛。
街の住人からのお願い。
その中で。
ユウキ「これどう?」
ユウキが一枚の依頼を指差す。
『《街道の安全確保》』
『対象:《ワイルドドッグ》』
『討伐数:6体』
『場所:東街道』
『推奨Lv:2以上』
『推奨人数:2~4名』
犬型。
ウルフと似ているように見えるが。
ミナト「ワイルドドッグか」
ユウキ「ウルフと何が違うんだろ?」
シルフィー「戦って確認してみますか?」
ミナト「いいと思う」
同じLv2向け。
今の俺たちにはちょうどいい。
依頼を受注する。
『《街道の安全確保》を受注しました』
そのまま受付へ向かう。
今日は何度も来ているからか。
リーナも俺たちを見るなり笑った。
リーナ「次の依頼ですか?」
ユウキ「はい!」
リーナ「精力的ですね」
ミナト「無理しない範囲でな」
リーナ「それが一番です」
俺は一つ気になったことを聞く。
ミナト「リーナ」
リーナ「はい?」
ミナト「東草原の緊急調査は?」
リーナ「現在も継続中です」
ミナト「危険度は?」
リーナ「まだ確定しておりません。調査が終了するまでは、林の奥へ入らないようお願いいたします」
ミナト「分かった」
それだけ聞けば十分だ。
俺たちは再び東門へ向かう。
『現在の視聴者数:327』
ユウキ「三百人超えた……」
ミナト「そんなに珍しいのか? Lv2の依頼」
ユウキ「たぶん依頼じゃないと思う」
シルフィー「では何をご覧になっているのでしょう?」
ユウキ「二人じゃない?」
ミナト「俺たち?」
ユウキ「私は普通だから」
男性視聴者『ユウキちゃんも見てるぞ』
女性僧侶『僧侶成長枠』
ユウキ「私もだった!」
嬉しそうだ。
いいことだと思う。
俺やシルフィーだけではなく。
本当の初心者であるユウキが少しずつ上達していく。
その姿を見たい人もいるらしい。
東門を抜ける。
街道。
先ほどウルフと戦った場所より少し手前。
俺たちはワイルドドッグを探す。
今回は。
ミナト「ユウキ」
ユウキ「何?」
ミナト「探してみるか?」
ユウキ「私が?」
ミナト「ああ」
午前中。
俺が足跡を見つけた。
ゴブリン。
ウルフ。
だが。
俺が全部やっていても仕方ない。
ミナト「地面を見てみろ」
ユウキ「うん」
ユウキがしゃがむ。
土。
草。
街道脇。
しばらく見る。
ユウキ「……分かんない」
ミナト「最初はそれでいい」
俺もしゃがむ。
ミナト「ここ」
ユウキ「これ?」
ミナト「足跡」
ユウキ「犬?」
ミナト「たぶんな」
四足。
小さい。
ウルフより少し小柄に見える。
ミナト「それから」
少し先。
草に毛が引っかかっている。
ユウキ「あ」
ミナト「こういうのも痕跡になる」
ユウキ「なるほど……」
ユウキが真剣に見る。
女性視聴者『初心者講座になってる』
男性剣士『こんなの見てなかったわ』
男性視聴者『俺ミニマップしか見てない』
女性戦士『足跡ちゃんと実装されてるのか』
俺はコメントを見る。
ミナト「ミニマップ?」
ユウキ「……ミナト」
ミナト「何?」
ユウキ「もしかして」
ユウキがメニューを操作する。
ユウキ「これ知らない?」
視界の端に。
簡易的な地図が表示された。
ミナト「……」
シルフィー「まあ」
ユウキ「……」
ミナト「便利だな」
ユウキ「今まで使ってなかったの!?」
ミナト「知らなかった」
男性視聴者『草』
女性視聴者『マジの初心者じゃん』
男性剣士『足跡追跡できるのにミニマップ知らないの面白すぎる』
シルフィー「私も初めて知りました」
ユウキ「シルフィーも!?」
なるほど。
地図。
現在位置。
街道。
ある程度の地形。
これは便利だ。
向こうでは地図を自分で読んでいた。
場合によっては地図すらない。
方角。
太陽。
星。
地形。
それらを頼りに進んだこともある。
ミナト「ゲームって親切だな」
ユウキ「今さら!?」
そんな話をしていると。
シルフィー「ミナト」
シルフィーの声が変わる。
俺も気づいた。
草の向こう。
低い唸り声。
ミナト「いたな」
灰色というより茶色に近い毛。
ウルフより一回り小さい。
『《ワイルドドッグ Lv2》』
一匹。
その後ろ。
二匹。
三匹。
合計三体。
ユウキ「三匹」
ミナト「よく見えてる」
ユウキ「もう数えるくらいはできるよ」
少し得意そうだ。
ミナト「じゃあ次」
ユウキ「え?」
ミナト「どれが最初に来ると思う?」
ユウキが見る。
ワイルドドッグ三体。
一匹は正面。
一匹は少し右。
もう一匹は。
ユウキ「……左?」
ミナト「理由は?」
ユウキ「こっちに一番近いから」
ミナト「それもある」
シルフィー「もう一つございますね」
ユウキが考える。
そして。
ユウキ「あ」
気づいた。
ユウキ「もう身体を低くしてる」
ミナト「正解」
左の一匹。
後脚へ力が入っている。
いつでも飛び出せる姿勢。
ミナト「来るぞ」
ワイルドドッグが走る。
やはり左。
ユウキ「来た!」
俺は剣を抜く。
だが。
今回は。
ミナト「ユウキ!」
ユウキ「うん!」
ユウキが杖を構える。
敵を見る。
距離。
速度。
進行方向。
午前中。
ホーンラビット相手に何度も練習した。
そして。
ユウキ「《ホーリーライト》!」
白い光。
走ってくるワイルドドッグ。
その少し前。
敵が自分から光へ飛び込む。
『HIT』
男性僧侶『おお』
女性僧侶『当てた!』
ユウキ「当たった!」
ミナト「まだ!」
ユウキ「分かってる!」
ワイルドドッグは止まらない。
だが。
攻撃を受けて速度が落ちた。
そこへ。
俺が入る。
一歩。
剣。
『CRITICAL』
『《ワイルドドッグ》を討伐しました』
『クエスト進行:1/6』
残り二匹。
左右へ分かれる。
ミナト「シルフィー!」
シルフィー「はい!」
右。
シルフィー「《ウォーターボール》!」
水弾。
命中。
『HIT』
倒れない。
しかし姿勢が崩れる。
俺は左の一匹へ。
牙。
避ける。
斬る。
『HIT』
追撃しようとして。
止める。
後ろ。
右側の個体がシルフィーの魔法を受けながらも立ち直っている。
ユウキ「シルフィー!」
シルフィー「見えております!」
シルフィーが横へ。
ワイルドドッグが追う。
その先。
ユウキ「《ホーリーライト》!」
命中。
『CRITICAL』
シルフィー「《ウィンドカッター》!」
『《ワイルドドッグ》を討伐しました』
『クエスト進行:2/6』
いい。
俺が指示しなくても。
二人で動いた。
残り一匹。
俺の前。
敵が低くなる。
飛ぶ。
横へ避ける。
だが。
今までと違う。
ワイルドドッグは着地すると。
すぐに方向転換した。
ミナト「速いな」
ウルフより身体は小さい。
その代わり。
小回りが利く。
もう一度。
牙。
俺は剣で受けない。
半歩。
外す。
振る。
ワイルドドッグも避ける。
男性剣士『速い』
女性剣士『ウルフより動き細かいな』
男性視聴者『ミナト苦戦?』
苦戦。
というほどではない。
ただ。
面白い。
似た形の魔物でも。
動きが違う。
俺は一度攻撃をやめる。
見る。
ワイルドドッグが動く。
右。
左。
低い姿勢。
飛び込む。
俺は避ける。
まだ斬らない。
ユウキ「ミナト?」
ミナト「大丈夫」
もう一度。
来る。
避ける。
今度は。
着地。
すぐ方向転換。
その瞬間。
前脚。
重心。
ミナト「そこか」
方向転換する直前。
一瞬だけ。
動きが固定される。
次。
来る。
俺は待つ。
牙。
避ける。
着地。
方向転換。
その瞬間。
踏み込む。
剣。
『CRITICAL』
ワイルドドッグが大きくよろめく。
もう一撃。
『《ワイルドドッグ》を討伐しました』
『クエスト進行:3/6』
静かになる。
ユウキ「……途中、わざと攻撃しなかった?」
ミナト「ああ」
ユウキ「なんで?」
ミナト「動きを見たかった」
男性剣士『やっぱり』
女性剣士『攻撃パターン読んでたのか』
男性戦士『初見の敵相手にやることじゃないだろ』
ミナト「初めてだから見るんじゃないのか?」
コメント欄。
一瞬。
止まる。
男性視聴者『それはそう』
女性視聴者『正論なんだけど何か違う』
ユウキ「たぶんミナトの『見る』の基準がおかしいんだよ」
ミナト「そうか?」
シルフィー「ミナトにとっては普通ですよ」
ユウキ「シルフィー基準にしたら駄目だと思う」
配信の視聴者数。
『現在の視聴者数:412』
ユウキ「……四百人」
ミナト「また増えたな」
その頃。
《株式会社アストラル・リンク》運営監視室。
美波「視聴者数四百突破」
竹田「伸びるの早くないか?」
信田「ウルフ戦の短い動画がプレイヤー間で共有されています」
宇喜多「どの部分?」
信田「ミナトがウルフの跳躍を斜め前へ抜けて、着地前に斬った場面です」
木田「なるほど」
別画面。
俺とワイルドドッグの戦闘ログ。
美波「今回も身体操作アシストは完全OFF」
田仲「補正は?」
美波「通常の最低限安全補正のみ。回避も攻撃も手動入力です」
木田「敵の行動AIを知っていた可能性は?」
美波「ありません。初遭遇です」
木田が映像を見る。
俺が二度。
攻撃機会を捨てている。
そして三度目。
方向転換の瞬間を斬る。
木田「二回で癖を見つけたのか」
知子「隼人なら……やりそうね」
亮太「お前、もう驚かなくなってないか?」
知子「昨日から驚きっぱなしだから慣れてきたのよ」
そのとき。
別の警告音。
美波「……東草原の調査隊から更新」
木田「ゴブリン?」
美波「はい」
画面が切り替わる。
林。
粗末な柵。
木の杭。
そして。
複数の小さな影。
美波「推定個体数、二十以上」
運営室が静かになる。
田仲「上位個体は?」
美波「《ゴブリンソルジャー》を複数確認」
木田「複数……」
美波「さらに」
画面。
林の奥。
他より大きな影。
完全には確認できない。
だが。
普通のゴブリンではない。
美波「未確認の大型個体、一体」
木田「ギルドAIの判断は?」
美波「危険度を再計算中です」
数秒。
表示が変わる。
『《緊急調査:東草原ゴブリン集団》』
『危険度:再評価中』
『推奨:単独接近禁止』
『受注不可』
まだ。
討伐依頼には変わらない。
まだ。
俺たちは知らない。
東草原の林で。
初心者三人が偶然見つけた小さな痕跡が。
少しずつ。
始まりの街全体を巻き込む出来事へ。
育ち始めていることを。




