第16話 初心者配信、冒険者ギルドへ帰還する
《ウルフ討伐》を終えた俺――《ミナト》たちは、始まりの街へ戻っていた。
依頼達成。
全員無事。
HPにもMPにも余裕がある。
冒険としては申し分ない結果だ。
ただ。
午前中までと一つだけ違うことがある。
『現在の視聴者数:107』
男性視聴者『100人超えた』
女性視聴者『おめ』
男性剣士『初心者配信で100人早くない?』
女性魔法使い『シルフィーちゃん目当てです』
男性僧侶『ユウキちゃん応援枠』
男性視聴者『俺は剣士の変な動き見に来た』
ミナト「……変な動き」
ユウキ「そこ気にするんだ」
ミナト「変なのか?」
ユウキ「普通ではないと思う」
シルフィー「私にはいつものミナトですが」
ユウキ「その『いつもの』が普通じゃないんだよ」
さっきからコメント欄はこんな調子だ。
《LIVE配信》。
ゲームの中から自分たちの冒険をそのまま他人へ見せられる機能。
二十年前の日本にも動画配信そのものはあった。
しかし俺の感覚では、ここまで手軽ではなかった。
ゲームの中でメニューを開いて。
設定して。
押す。
それだけ。
今も百人以上が俺たちを見ているらしい。
正直。
魔物百匹に囲まれるより落ち着かない。
ユウキ「ミナト、顔固いよ」
ミナト「百人に見られてると思うと変な感じがする」
ユウキ「魔王と戦った人が百人の視聴者で緊張しないでよ」
ミナト「魔王はコメントしないからな」
男性視聴者『魔王?』
女性視聴者『今魔王って言った?』
男性剣士『設定が増えた』
ユウキ「あっ」
ミナト「……聞こえるのか」
ユウキ「配信中だからね!」
シルフィー「お気をつけください、ミナト」
ミナト「シルフィーもな」
シルフィー「私は大丈夫です」
ユウキ「一番危ない気がする」
俺もそう思う。
シルフィーは嘘が苦手だ。
正確には。
王族として交渉や言葉選びは得意なのだが、自分たちの過去を隠すことに慣れていない。
俺たちにとって異世界で過ごした二十年間は作り話ではない。
だから何気ない会話で普通に出てしまう。
ミナト「現実の個人情報だけは話さないようにしよう」
ユウキ「それは絶対ね」
シルフィー「承知しました」
街の東門が見えてくる。
門を通ると、外とは違う賑やかさに包まれた。
プレイヤー。
NPC。
商人。
馬車。
露店。
昼間よりさらに人が増えている気がする。
女性視聴者『街きれい』
男性視聴者『俺も始まりの街いる』
男性戦士『ギルド行くの?』
ユウキ「依頼報告に行きます!」
男性視聴者『初心者ちゃんとしてるな』
ミナト「依頼を受けたんだから報告するのは普通だろ?」
ユウキ「コメント全部に真面目に返さなくていいから」
ミナト「そうなのか?」
ユウキ「たぶん」
ミナト「配信って難しいな」
女性視聴者『剣士の人かわいいな』
男性視聴者『戦ってる時と差ありすぎ』
何がおかしいのか分からない。
俺は剣士だからといって、普段から剣を振り回しているわけではない。
やがて冒険者ギルドへ到着する。
扉を開く。
相変わらず賑やかだ。
依頼帰りの冒険者。
掲示板を見るプレイヤー。
受付へ並ぶ者。
酒場スペースで食事をする者。
俺にとっては妙に懐かしい風景だ。
シルフィー「戻ってくると落ち着きますね」
ミナト「ああ」
ユウキ「二人ともゲーム始めてまだ一日目だよね?」
ミナト「雰囲気が懐かしいんだよ」
俺たちは受付へ向かう。
ちょうど《リーナ》のところが空いた。
リーナ「お帰りなさいませ」
ユウキ「ただいま!」
ユウキがすっかり馴染んでいる。
リーナ「《ウルフ討伐》ですね?」
ミナト「ああ。五体倒した」
リーナ「では、ギルドカードをお預かりいたします」
三人分のカードを渡す。
リーナが確認する。
リーナ「はい。討伐数五体。依頼達成を確認いたしました」
『QUEST CLEAR』
『《ウルフ討伐》を達成しました』
『報酬を獲得しました』
『経験値を獲得しました』
ユウキ「やった!」
報酬が入る。
先ほど剣を買ったことで減った所持金が少し戻った。
ミナト「これなら次は二人の装備も考えられるな」
ユウキ「私は防具が欲しいかも」
ミナト「さっき攻撃されたから?」
ユウキ「うん。避けられないときもあるって分かったし」
いい判断だ。
武器を強くすることだけが装備更新ではない。
生き残るための防具。
僧侶なら特に重要だろう。
シルフィー「私はMPを補える装備があるなら興味があります」
ミナト「探してみるか」
リーナ「装備をお探しでしたら、中央通りに防具店と魔法用品店がございますよ」
ユウキ「ありがとうございます!」
リーナ「いえいえ」
リーナが笑顔で答える。
すると。
女性視聴者『リーナちゃんだ』
男性視聴者『この受付NPC好き』
女性僧侶『説明丁寧なんだよね』
ミナト「リーナ、人気なんだな」
リーナ「え?」
しまった。
NPC側には配信コメントが見えていないのか。
ミナト「いや、こっちの話」
リーナ「そうですか?」
首を傾げる。
かなり自然だ。
俺は改めてリーナを見る。
呼吸。
視線。
表情。
指先の動き。
受け答え。
これが人工的に作られた存在だと言われても、俺にはほとんど区別できない。
向こうの世界で出会った人間やエルフと変わらない。
俺がそんなことを考えていると。
リーナ「ところでミナトさん」
ミナト「ん?」
リーナ「先ほどお話しいただいたゴブリンについて、調査が始まりました」
ミナト「もう?」
リーナ「はい。受付主任のシエナからギルドマスターへ報告されましたので」
ギルドマスター。
そういえばまだ会っていない。
リーナ「東草原外縁部でゴブリンの集団行動が確認されたため、冒険者ギルドから調査隊が向かっております」
ユウキ「私たちが見つけたところ?」
リーナ「はい」
配信コメントが動く。
男性剣士『ゴブリン調査?』
女性視聴者『何それ』
男性戦士『東草原で何か起きてんの?』
男性視聴者『この配信で初めて聞いた』
どうやら視聴者も知らない情報らしい。
ミナト「俺たちが倒した三匹と、ゴブリンソルジャーたちが同じ群れかもしれないって話か」
リーナ「その確認も含まれています」
シルフィー「群れが大きければ危険ですね」
リーナ「はい。通常のゴブリンだけなら問題ありませんが、上位個体が複数確認された場合は依頼内容が変更される可能性があります」
ユウキ「変更?」
リーナ「討伐依頼になることもあります」
なるほど。
ゲーム世界が固定された依頼だけで動いているわけではない。
プレイヤーが発見する。
ギルドへ報告する。
ギルドが調査する。
結果によって新しい依頼が発生する。
ミナト「本当に冒険者ギルドみたいだな」
リーナ「冒険者ギルドですよ?」
ミナト「そうだった」
ユウキ「また言ってる」
リーナが不思議そうに笑う。
そのとき。
奥から一人の女性が出てきた。
シエナ「リーナ」
リーナ「シエナ主任」
受付主任。
シエナはこちらへ来る。
シエナ「ちょうどよかったです。ミナトさんたちにもお伝えしようと思っていました」
ミナト「ゴブリンの件?」
シエナ「はい」
シエナの表情が少し真剣になる。
シエナ「調査隊から第一報が届きました」
コメント欄が一気に速くなる。
男性視聴者『イベント?』
女性視聴者『何か始まった』
男性剣士『東草原行こうかな』
男性戦士『待て、情報聞いてからにしろ』
最後のコメント。
まともだ。
俺も同じ意見だ。
シエナ「林の奥で、新たなゴブリンの痕跡が確認されました」
ミナト「数は?」
シエナ「現時点では不明です」
ミナト「上位個体は?」
シエナ「確認されたのは、皆さんが遭遇した《ゴブリンソルジャー》一体のみです」
なら。
まだ大規模な群れと決まったわけではない。
シエナ「ただし」
シエナが続ける。
シエナ「林のさらに奥へ続く足跡が見つかっています」
俺は黙る。
嫌な情報だ。
向こうの世界なら。
まず疑う。
ミナト「巣か?」
シエナが俺を見る。
シエナ「調査隊も、その可能性を考えています」
ユウキ「巣……」
ユウキの声が少し硬くなる。
シルフィー「数が増える可能性がありますね」
ミナト「ああ」
ゴブリン一匹は弱い。
だが。
十匹。
二十匹。
五十匹。
数が増えれば話は変わる。
上位種。
指揮個体。
弓。
罠。
地形。
もしゲーム内のゴブリンが俺の知るものに近いなら、群れを甘く見るべきではない。
シエナ「そのため、現在は林の奥へ入らないよう冒険者へ注意喚起を行っています」
ミナト「正しいと思う」
男性視聴者『行くなって言われると行きたくなる』
女性剣士『やめろw』
男性戦士『初心者エリアで死ぬぞ』
ミナト「行かない方がいいぞ」
ユウキ「誰に言ってるの?」
ミナト「コメント」
男性視聴者『剣士に止められた』
男性剣士『素直に待っとけ』
妙なやり取りだ。
だが。
情報共有という意味では、配信も悪くないのかもしれない。
今ここでシエナから聞いた情報を。
百人以上が同時に知った。
『現在の視聴者数:186』
ユウキ「……また増えてる」
ミナト「百八十六?」
シルフィー「先ほどよりかなり多いですね」
ユウキ「ゴブリンの話が出たからかな」
おそらく。
ゲーム内で何かが起きるかもしれない。
そう感じた人が集まり始めている。
シエナは当然、そんな事情を知らない。
シエナ「皆さんは本日登録されたばかりです。調査が完了するまでは、東草原外縁部へ近づかないようお願いいたします」
ミナト「ああ」
ユウキ「行かないの?」
ミナト「行かない」
即答する。
ユウキ「やっぱり」
ミナト「ギルドが調査中って言ってるんだから、邪魔する理由がない」
それに。
俺たちはLv2。
先ほどLv4のゴブリンソルジャー一体から撤退したばかりだ。
仮に巣があったとして。
今の俺たちが突っ込む意味はない。
シルフィー「それでは別の依頼を探しましょうか」
ミナト「ああ」
その前に。
ミナト「装備を見に行こう」
ユウキ「賛成!」
俺たちはシエナとリーナへ礼を言い、ギルドを出た。
配信は続いている。
『現在の視聴者数:201』
女性視聴者『200人!』
男性視聴者『おめ』
女性僧侶『ユウキちゃん防具買うの?』
ユウキ「買える範囲で見てみます!」
男性剣士『ミナトは何買う?』
ミナト「俺はさっき剣を買ったから、しばらく節約する」
男性視聴者『堅実』
女性視聴者『勇者より冒険者っぽい』
俺は足を止めかける。
ミナト「……今、勇者って」
ユウキ「流して!」
ミナト「でも」
ユウキ「流して!」
ユウキに押される。
シルフィーは笑っている。
俺たちは中央通りへ向かった。
まず防具店。
店内には革鎧。
胸当て。
手甲。
ブーツ。
ローブ。
軽装。
様々な装備が並んでいる。
ユウキはその中から、僧侶でも装備できる初心者向けの防具を探した。
ユウキ「これかな?」
『《見習い僧侶のローブ》』
『装備推奨Lv:2』
『VIT補正:小』
『聖属性魔法補助:小』
ユウキ「ちょうどLv2」
ミナト「値段は?」
ユウキ「……買える」
ミナト「ならいいんじゃないか?」
ユウキ「もう少し見る」
ミナト「そうだな」
即決しない。
比較する。
それも大事だ。
隣ではシルフィーが魔法使い向けのローブを見ている。
シルフィー「こちらはINTが上がるようです」
ミナト「MPじゃないのか?」
シルフィー「こちらはMPです」
似た価格。
一方はINT。
一方はMP。
シルフィー「迷いますね」
ミナト「何を優先するかだな」
シルフィー「威力か、継戦能力か」
ミナト「ああ」
俺は口を出しすぎない。
シルフィーは本物の魔法使いだった。
ゲームの仕組みを覚えれば、自分に必要なものは自分で判断できる。
しばらくして。
ユウキは《見習い僧侶のローブ》。
シルフィーはMPを補う《見習い魔術師のローブ》を選んだ。
購入。
装備変更。
ユウキ「どう?」
ユウキがその場で一回転する。
白を基調とした初心者向けローブ。
僧侶らしい見た目だ。
ミナト「似合ってる」
ユウキ「……そ、そう?」
急に声が小さくなる。
シルフィー「とてもお似合いですよ」
ユウキ「ありがとう、シルフィー」
女性視聴者『かわいい』
女性僧侶『僧侶感出た』
男性視聴者『ミナトさらっと似合ってるって言うな』
ユウキ「コメント読まなくていいから!」
なぜか怒られた。
次にシルフィー。
淡い色合いの魔術師用ローブ。
装飾は少ないが、彼女にはよく似合う。
シルフィー「いかがでしょう?」
ミナト「シルフィーも似合ってる」
シルフィー「ありがとうございます、ミナト」
満足そうだ。
ユウキ「……なんでシルフィーには普通に言えるの?」
ミナト「妻だから?」
ユウキ「そっか……」
なぜ少し不満そうなんだ。
女性視聴者『妻!?』
男性視聴者『待て』
女性魔法使い『シルフィーちゃん嫁なの!?』
男性剣士『情報量増えたぞ』
ユウキ「あ」
しまった。
俺も気づいた。
シルフィーを見る。
シルフィーも気づいた。
シルフィー「事実ですので」
ユウキ「開き直った!」
『現在の視聴者数:264』
男性視聴者『詳しく』
女性視聴者『馴れ初め聞きたい』
男性視聴者『Lv2初心者配信どこ行った』
俺はコメント欄を見て。
思った。
ミナト「配信って、戦うより難しくないか?」
ユウキ「今さら気づいたの?」
シルフィーが楽しそうに笑う。
その頃。
《株式会社アストラル・リンク》運営監視室。
美波「視聴者数、二百五十を超えました」
竹田「早いな」
宇喜多「ゴブリン調査の情報で人が集まって、そのまま残っているのね」
信田「戦闘だけじゃなく三人の会話も受けてます」
亮太「……息子夫婦の会話を二百人以上が見てるのか」
知子「今さら恥ずかしがっても遅いわよ」
亮太「いや、父親として複雑なんだが」
木田「問題はそこじゃありません」
GM担当の木田が別画面を見る。
表示されているのは。
東草原外縁部。
ゴブリンの痕跡。
調査中のNPC冒険者たち。
木田「ゴブリンの集団行動。これは運営が仕込んだ固定イベントですか?」
田仲「いや」
田仲が首を振る。
田仲「少なくとも、今日この時間に発生する予定のイベントはない」
木田「ということは」
宇喜多「動的生成?」
田仲「可能性が高い」
このゲームの世界は。
プレイヤーの行動。
NPCの行動。
魔物の分布。
様々な要素によって状況が変化する。
運営が一から十まで配置しているわけではない。
美波「調査隊が追加の痕跡を発見しました」
木田「何です?」
画面が切り替わる。
林の奥。
地面。
大量の足跡。
そして。
粗末な木製の杭。
田仲「……拠点を作ってるな」
運営室の空気が変わった。
木田「規模は?」
美波「まだ不明です」
木田「ギルド側の判断は?」
美波「調査継続。ただし、危険度判定が一段階上がりました」
画面の中。
ギルドシステムが動く。
調査情報が更新される。
そして。
始まりの街。
冒険者ギルド。
依頼掲示板の一角に。
まだ誰も受注できない灰色の依頼が、新しく表示された。
『《緊急調査:東草原ゴブリン集団》』
『詳細調査中』
『受注不可』
俺たちがその依頼を見ることになるのは。
装備を整え。
もう少しだけこのゲームの世界を知った。
そのあとになるのだった。




