第15話 帰還勇者、初めて配信に映る
四頭の《ウルフ》を倒したあと。
俺――《ミナト》たちは街道から少し離れた場所で休憩していた。
今回の討伐依頼は五体。
残り一体。
あと少しだ。
だからこそ、焦る必要はない。
ミナト「MPは?」
シルフィー「まだ余裕はございますが、少し減っております」
ユウキ「私も。さっき自分に《ヒール》を使ったから」
ミナト「じゃあ少し休もう」
ユウキ「あと一匹だけだよ?」
ミナト「あと一匹だからだよ」
ユウキ「?」
俺は周囲を確認する。
草原。
街道。
森。
魔物の姿は見えない。
ミナト「あと少しって思ったときが、一番気が緩む」
シルフィー「そうですね」
シルフィーはすぐ理解した。
向こうの世界でも何度もあった。
あと一匹。
あと一部屋。
あと少しで街。
あと少しで依頼達成。
そんなときに油断して怪我をする冒険者は珍しくなかった。
ユウキ「……二人とも、本当にそういう経験あるんだね」
ミナト「あるよ」
ユウキ「やっぱり?」
ミナト「依頼を終えて街が見えたところで気を抜いて、魔物に襲われたこともある」
ユウキ「ミナトが?」
ミナト「俺じゃなくて同行してた新人がな」
ユウキ「その人は?」
ミナト「助かった」
ユウキ「よかった……」
今はゲームだ。
死んでも復活する。
それでも、身についた習慣をわざわざ捨てる必要はない。
少し休んでから立ち上がる。
ミナト「行こう」
ユウキ「うん!」
シルフィー「はい」
最後の一体を探す。
俺は地面を確認しながら進んだ。
先ほどの四頭が残した足跡が多い。
その中に。
ミナト「……あった」
ユウキ「ウルフ?」
ミナト「たぶん」
別方向へ伸びる足跡。
一頭分。
少し古い。
街道沿いへ続いている。
追う。
すると。
前方から人の声が聞こえた。
男性剣士「来た!」
女性魔法使い「そっち行った!」
男性戦士「待て、追いすぎるな!」
他のプレイヤーらしい。
少し進む。
街道脇。
三人のプレイヤーが一頭のウルフと戦っていた。
『《ウルフ Lv2》』
ユウキ「あれかな?」
ミナト「いや」
ユウキ「違うの?」
ミナト「あれはあの人たちが戦ってる」
依頼対象になる魔物だからといって、横から奪うのは違うだろう。
俺たちは少し離れたところで止まる。
剣士。
戦士。
魔法使い。
三人組。
戦士が前で盾を構え。
剣士が横から攻撃。
魔法使いが後方から魔法を撃つ。
なるほど。
さっき見たパーティーと同じように、盾役が敵の攻撃を受け止めている。
男性戦士「来い!」
ウルフが飛ぶ。
盾。
激突。
『GUARD』
戦士のHPがわずかに減る。
だが姿勢は崩れない。
その隙に。
男性剣士「今だ!」
剣士が斬る。
女性魔法使い「《ファイアボール》!」
魔法。
命中。
『《ウルフ》を討伐しました』
男性剣士「よし!」
ユウキ「すごい!」
ユウキが素直に感心する。
ミナト「ああ。上手いな」
ユウキ「ミナトでもそう思う?」
ミナト「俺にはできない戦い方だからな」
ユウキ「え?」
ミナト「今の俺には盾がない」
それに。
盾を中心とした集団戦闘には独特の技術がある。
俺も盾を使った経験はあるが、本職の盾役ほどではない。
このゲームではVITや防具性能まで加わる。
なら、あの戦い方は覚えておいて損はない。
向こうの三人も俺たちに気づいた。
男性剣士「さっきの三人じゃないか?」
ユウキ「え?」
剣士の男性がこちらへ来る。
男性剣士「さっきウルフ四匹と戦ってただろ?」
ミナト「ああ」
男性剣士「見てたよ」
ユウキ「見られてたんだ……」
ユウキが少し恥ずかしそうにする。
男性戦士「すごかったぞ」
ユウキ「え?」
男性戦士「特に剣士の動き」
俺?
男性剣士「Lv2だよな?」
ミナト「ああ」
男性剣士「リアルで剣道とかやってる?」
ミナト「……似たようなことは」
剣道だけでは説明できない。
かといって。
異世界で二十年間、実際に魔物と戦っていました。
などと言っても困らせるだけだろう。
女性魔法使い「そっちの魔法使いもすごかったよ。ウルフが避ける場所を読んで撃ってたよね?」
シルフィー「実戦ではよく使う方法ですので」
女性魔法使い「実戦?」
シルフィー「あ」
また言った。
俺は横を見る。
シルフィーもこちらを見る。
数秒。
女性魔法使い「リアルでサバゲーとか?」
シルフィー「……そのようなものです」
絶対に違う。
だが説明するよりは楽だ。
そのとき。
男性プレイヤー「なあ」
さらに一人。
先ほど少し離れた場所にいた男性プレイヤーが近づいてきた。
男性プレイヤー「さっきの戦闘、配信に少し映ったんだけど」
ミナト「配信?」
ユウキ「あっ!」
ユウキだけが反応した。
ユウキ「《LIVE配信》?」
男性プレイヤー「そう、それ」
俺とシルフィーは顔を見合わせる。
ミナト「何だ、それ?」
ユウキ「知らないの!?」
ミナト「知らない」
シルフィー「私も存じません」
ユウキ「二人ともゲーム初心者だった……」
今さら何を言っている。
最初からそう言っている。
男性プレイヤー「このゲーム、ゲーム内からそのまま配信できるんだよ」
ミナト「配信……」
言葉自体は分かる。
二十年前にも動画配信はあった。
ただ。
ゲームの中から直接?
ユウキ「自分が見てるゲーム画面を、他の人にも見てもらえるの」
ミナト「なるほど」
シルフィー「つまり、私たちの冒険を離れた場所にいる方々も見ることができるのですか?」
ユウキ「そういうこと」
シルフィー「地球の技術は本当に不思議ですね……」
シルフィーが感心している。
男性プレイヤー「悪い。メインで撮ってたのは街道の狩りだったんだけど、カメラ範囲にそっちも入った」
ミナト「別に気にしてない」
男性プレイヤー「助かる」
どうやら悪意があったわけではないらしい。
それより。
ミナト「そんな機能もあるのか」
ユウキ「やってみる?」
ミナト「俺たちが?」
ユウキ「面白そうじゃない?」
俺は少し考える。
配信。
自分たちの冒険を他人へ見せる。
俺にはあまり馴染みがない。
向こうの世界では当然そんなものはなかった。
しかし。
シルフィー「私は興味があります」
ミナト「シルフィーが?」
シルフィー「はい。こちらの世界の方々が、どのようにゲームを楽しんでいるのか知ることができますので」
なるほど。
そういう考え方もあるか。
ユウキ「じゃあ試してみようよ」
ミナト「今?」
ユウキ「今」
俺はメニューを開く。
探す。
ミナト「……どれだ?」
ユウキ「貸して」
ミナト「貸せるのか?」
ユウキ「そういう意味じゃない!」
ユウキが俺の隣へ来る。
ユウキ「ここ。《LIVE》」
ミナト「あった」
項目を開く。
『《LIVE配信機能》』
『ゲーム内での冒険・戦闘・生産活動などを配信できます』
『公開範囲・コメント表示などを設定してください』
色々ある。
分からない。
ミナト「ユウキ」
ユウキ「何?」
ミナト「任せた」
ユウキ「早い!」
シルフィー「私もお願いいたします」
ユウキ「シルフィーまで!?」
結局。
設定の大半をユウキに任せた。
個人情報に関わるものは出さない。
現実の名前も話さない。
俺たちはゲーム内では《ミナト》《シルフィー》《ユウキ》。
それだけ。
ユウキ「配信タイトルどうする?」
ミナト「必要なのか?」
ユウキ「必要」
ミナト「適当に」
ユウキ「それが一番困るの!」
しばらく悩んだ末。
タイトルは。
『Lv2初心者三人で冒険中』
となった。
ミナト「そのままだな」
ユウキ「分かりやすいでしょ」
シルフィー「よろしいと思います」
そして。
ユウキ「押すよ?」
ミナト「ああ」
ユウキ「配信開始!」
『LIVE配信を開始しました』
『現在の視聴者数:0』
何も起きない。
ミナト「……始まったのか?」
ユウキ「始まってる」
ミナト「誰も見てないぞ」
ユウキ「始めたばっかりなんだから当たり前でしょ」
数秒。
『現在の視聴者数:1』
ユウキ「来た!」
ミナト「一人」
『現在の視聴者数:3』
『現在の視聴者数:7』
『現在の視聴者数:12』
ミナト「増えてるな」
ユウキ「普通はこんな感じだと思う」
コメントが流れる。
男性視聴者『初見』
女性視聴者『初心者配信?』
男性剣士『全員Lv2か』
女性僧侶『僧侶いる!』
ユウキ「コメント来た!」
ユウキが嬉しそうだ。
ユウキ「こんにちは!」
女性視聴者『こんにちはー』
男性視聴者『頑張れ初心者』
女性魔法使い『魔法使いの子かわいい』
シルフィーがコメントを見る。
シルフィー「私でしょうか?」
ユウキ「たぶん」
シルフィー「ありがとうございます」
女性魔法使い『礼儀正しいw』
男性視聴者『剣士無言で草』
ミナト「俺も何か言うのか?」
ユウキ「配信なんだから!」
ミナト「こんにちは」
男性視聴者『固いw』
女性視聴者『初心者感ある』
ゲームは始めたばかりだから間違ってはいない。
そのとき。
草むら。
音。
俺はコメント欄から視線を外した。
ミナト「来る」
ユウキ「え?」
右。
草が揺れる。
『《ウルフ Lv2》』
最後の一体。
ミナト「ユウキ。配信より敵」
ユウキ「う、うん!」
剣を抜く。
シルフィーも杖を構える。
ウルフがこちらを見る。
身体を低くする。
男性視聴者『ウルフきた』
男性剣士『Lv2なら適正』
女性僧侶『がんばれー』
コメントが流れている。
だが。
戦闘が始まれば関係ない。
見るべきは敵。
距離。
足。
目。
肩。
牙。
呼吸。
ウルフが動く。
俺へ来る。
後脚。
力が入る。
跳躍。
俺は。
一歩。
斜め前。
男性剣士『え?』
牙が俺の後ろを通る。
同時。
俺は剣を抜き上げる。
着地前。
腹。
『CRITICAL』
ウルフが地面へ転がる。
だが倒れない。
すぐ立つ。
ミナト「シルフィー!」
シルフィー「はい!」
俺が右へ動く。
ウルフの視線が追う。
そのため。
左側が空く。
シルフィー「《ウィンドカッター》!」
風の刃。
ウルフが避けようとする。
しかし。
そこには。
ユウキ「《ホーリーライト》!」
白い光。
逃げ道へ先回り。
『CRITICAL』
『《ウルフ》を討伐しました』
『クエスト進行:5/5』
『《ウルフ討伐》達成条件を満たしました』
ユウキ「やった!」
シルフィー「成功ですね」
ミナト「ああ」
俺は剣を鞘へ戻す。
そして。
コメント欄を見る。
止まっていなかった。
むしろ。
男性剣士『今の避け方なに?』
女性剣士『前に入った?』
男性戦士『普通後ろに避けない?』
女性魔法使い『魔法の連携うまくない?』
男性僧侶『僧侶の子も逃げ先に置いたぞ』
男性視聴者『本当に初心者?』
女性視聴者『Lv2って表示されてる』
男性剣士『レベルの話じゃない』
ユウキ「……あれ?」
ミナト「どうした?」
ユウキ「視聴者」
『現在の視聴者数:46』
増えている。
ミナト「四十六人」
ユウキ「さっき十二人だったよね?」
シルフィー「多いのでしょうか?」
ユウキ「初心者が始めたばっかりの配信なら、増えてる方だと思う」
さらに。
『現在の視聴者数:58』
『現在の視聴者数:71』
男性視聴者『さっき別配信に映ってた三人じゃね?』
女性魔法使い『あ、ウルフ4体の人たち?』
男性剣士『見た見た』
男性視聴者『剣士の動きおかしい人』
ミナト「おかしい?」
ユウキ「褒められてるんじゃない?」
ミナト「そうなのか?」
シルフィー「おそらく」
俺としては。
飛びかかってきたウルフの攻撃線から外れ。
着地前の無防備な場所を斬っただけだ。
特別なことをしたつもりはない。
男性剣士『ミナトってリアルで剣術経験者?』
質問。
俺は少し考える。
ミナト「剣は長く使ってた」
ユウキ「長く?」
ユウキがこちらを見る。
余計なことを言うなという顔をしている。
分かっている。
男性視聴者『何年?』
ミナト「二十年くらい」
沈黙。
コメント欄が。
一瞬。
本当に止まった。
ユウキ「ミナト!」
ミナト「嘘は言ってないぞ」
ユウキ「そうだけど!」
男性視聴者『二十年!?』
女性剣士『声若くない?』
男性剣士『何歳だよw』
女性視聴者『設定?』
男性戦士『二十年剣やってる人なら納得……するか?』
ユウキ「そこはぼかそうよ!」
ミナト「年齢は言ってない」
ユウキ「そういう問題かな!?」
シルフィーが隣で笑っている。
俺にはまだ。
配信というものがよく分からない。
何を話せばいいのか。
どう反応すればいいのか。
どこまで見られているのか。
でも。
これはこれで面白い。
冒険して。
知らない人がそれを見る。
応援する。
驚く。
質問する。
向こうの世界にはなかった楽しみ方だ。
ミナト「とりあえず依頼報告に戻ろう」
ユウキ「配信は?」
ミナト「つけたままでいいんだろ?」
ユウキ「うん」
シルフィー「では皆様も一緒にギルドへ戻るということですね」
女性視聴者『その言い方かわいい』
男性視聴者『シルフィーちゃん推すわ』
女性魔法使い『魔法もっと見たい』
ユウキ「シルフィー、もう人気出てる」
シルフィー「人気……ですか?」
本人はよく分かっていない。
俺も同じだ。
俺たちは街へ向かって歩き始めた。
そして。
《株式会社アストラル・リンク》運営監視室。
美波「……主任」
宇喜多「何?」
美波「例の三人が公式LIVE機能を使い始めました」
宇喜多「え?」
竹田「誰が?」
美波「《ミナト》《シルフィー》《ユウキ》です」
空気が止まる。
知子「隼人が?」
亮太「配信?」
田仲「自分から?」
美波「はい。ただ、操作ログを見る限り、設定したのは主に《ユウキ》さんですね」
知子「でしょうね」
母さんだけ妙に納得している。
木田「視聴者数は?」
美波「現在九十三」
亮太「そんなにいるのか?」
美波「別のプレイヤーの配信に戦闘が映り込んだらしく、そこから流れてきています」
木田「なるほど」
画面には。
街へ戻る俺たち。
その横を。
コメントが流れている。
男性剣士『剣の人もう一回戦って』
女性僧侶『ユウキちゃん頑張れ』
女性魔法使い『シルフィーの魔法の置き方見たい』
男性視聴者『この三人面白いな』
木田が腕を組む。
木田「……これは」
宇喜多「何?」
木田「運営が観察する前に、プレイヤー側が気づき始めるかもしれませんね」
亮太「何に?」
木田「この三人が」
画面の中。
Lv2の三人が並んで歩いている。
木田「普通の初心者パーティーじゃないってことに」
俺たちはまだ知らない。
この何気なく始めた《LIVE配信》が。
やがて。
俺たちの冒険そのものを。
大勢のプレイヤーが追いかけるきっかけになることを。




