貞子、爆誕
夜だった。
村の中心にある井戸の前に、五人が集まっていた。
田中がテレビを抱えてきていた。太陽光バッテリーも繋いである。砂嵐がザーッと鳴り続けている。その音だけで、周囲の空気が変わった。
「準備はいい?」
清子が全員を見回した。
「いつでも」田中が頷いた。
「演出、始めます」吉田が目を閉じた。
「既に十二人が周辺で様子を見ています」新田が静かに言った。「噂を聞いて来た村人です」
「見物人がいるのか」
聡が振り返ると、暗闇の中に人影があった。遠巻きに、しかし確実にこちらを見ている。
吉田が動いた。
井戸の周りに霧が出た。地面を這うような、低い霧だ。同時に音が始まった。井戸の底から、水を掻く音。石を引っ掻く音。濡れた何かが這い上がってくるような、湿った音。
遠巻きに見ていた村人たちが息を呑むのが分かった。
「聡くん」
清子が聡を見た。
「やるか」
「やるわ」
聡は目を閉じた。
貞子。井戸から這い出る女。長い黒髪で顔を覆っている。白い服。濡れている。テレビから出てくる。見た者は七日後に死ぬ。
村人たちがその話を信じている。砂嵐の箱から這い出る女を、井戸の底にいる何かを、信じている。
「空想の固定化」
テレビの砂嵐が、止まった。
ザーッという音が消えた。
静寂だった。
誰も息をしていなかった。
砂嵐の消えたテレビの画面が、暗くなった。真っ暗になった。
その暗闇の中に、白いものが見えた。
手だった。
画面の内側から、手が押し当てられていた。
ガラスが、内側から歪んだ。
音もなく、ガラスが割れた。外側へではなく、内側から押し破るように。
手が出てきた。
腕が出てきた。
髪が出てきた。
長い、濡れた、黒い髪が。
顔は見えなかった。髪に覆われていた。ただ、白い服が、濡れた白い服が、テレビの箱から溢れ出るように出てきた。
それは床に落ちた。
立ち上がった。
髪の隙間から、目が見えた。
こちらを見ていた。
田中が叫んだ。
「でたーーー!!!」
吉田が叫んだ。
「本物だああああ!!!」
清子が叫んだ。
「最高ーーーー!!!!」
聡は叫んだ。
「お前らが作ったんだろ!!!」
村人たちの悲鳴が夜の村に響き渡った。
全力で逃げた。
方向は関係なかった。とにかく走った。気がついたら村の外れまで来ていた。
五人全員が膝に手をついて息を切らしていた。
「……今回、やばかった」
吉田が言った。
「やばかったです」
田中が同意した。
「テレビ、壊れましたね」
「そんな話してる場合か」
「錬金術でまた作れます」
「そういう問題じゃない」
清子は息を切らしながら、それでも笑っていた。
「最高だった」
「最高じゃないだろ!!」
「でも出たじゃない」
「出ちゃったんだよ毎回!!」
聡は叫んでから、深呼吸をした。
落ち着け。口裂け女の時も同じだった。出てきたけど追ってはこなかった。今回も同じはずだ。
「……追ってきてないよな」
全員が振り返った。
暗闇があるだけだった。
「来てないですね」吉田が言った。
「来てないです」田中が続けた。
「今のところは」新田が静かに付け加えた。
「今のところって言うな」
宿に戻ってから、清子が言った。
「貞子って、テレビがなくても出られるのかしら」
全員が黙った。
田中が口を開いた。
「……テレビ、壊れましたよね」
「壊れたわね」
「貞子は、テレビから出てきました」
「出てきたわね」
「つまり」田中が少し間を置いた。「テレビがなくなったから、貞子は今、どこにいるんでしょう」
沈黙だった。
長い沈黙だった。
「………………田中」
聡が言った。
「はい」
「明日、テレビ作れるか」
「作れます」
「作ってくれ」
「分かりました」
理由は誰も言わなかった。全員、同じことを考えていた。
貞子の帰る場所が、なくなっていた。
その夜、聡は眠れなかった。
天井を見つめながら、考えた。
口裂け女は街道にいる。貞子はどこかにいる。自分たちが作ったものが、自分たちの手を離れて、この世界のどこかにいる。
これから都市伝説を作るたびに、同じことが起きる。
清子は止まらない。
聡には分かっていた。
そして自分も、たぶん止められない。
窓の外で、何かが濡れた音を立てた気がした。
聡は布団を頭まで被った。




