第五話 弟
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「な、何だ! お前!?」
愚かな者たちの一人が床に転がりながら、騒ぎ立てた。その仲間たちも、如何にかして拘束を解こうと躍起になっている。如何やら弟に対する動揺により、一人の口を塞ぐことが出来なかったようだ。魔法は心、感情に呼応する。
つまり動揺すれば、精密な動きに影響が出るということだ。弟の惨状に平常心が保てなくなるのは、仕方がない。何せ、弟の存在に俺の素敵なゆっくり快適生活がかかっているのだ。動揺しない方がおかしいだろう。
大変クズな動機だが、俺は今世で頑張れる気がしない。国民たちも、やる気のない俺に国を託すより、弟の方がいいだろう。
「質問に質問で返すな。耳障りだ。口を閉じていろ」
「なにを……ぐっ!」
『俺の弟によくも手を出したな?』という意味で吐いたセリフに対して、俺の正体を言及する行為に嫌気が差す。質問に対して、質問で返すのはマナー違反だ。これ以上、場を汚す声は聞きたくない。俺は捕り漏らした一人の口を水魔法で塞ぐ。
「情報を得たら解放してやる」
「……!?」
「!……!!」
「!?……!」
この愚かな者たちには後々、色々と聞かなければならないことがある。加えて、王城に帰還した際には、弟を誘拐した一味であると突き出す必要があるのだ。だが、この場に居られると不愉快極まりない。魔法で黒い液体を呼び出すと、男たちを飲み込ませる。
『偽りの弟』に直接関与したのは、この者たちだけだろう。しかし念の為に廃墟に居る全員を黒い液体に飲み込む。
この黒い液体は亜空間に通じており、様々な物を収納するのに特化している。亜空間内部は入れたものを収納時と同じ状態を保つようになっているのだ。その為、生き物や食べ物などを保管しても問題はない。愚か者たちは、御往生際が悪く抵抗を試みたが黒い液体へと飲まれて消えた。
「さて……」
邪魔者である男たちを排除したが、念の為に廃墟とその周囲に探知魔法を展開する。俺が此処に居ることを知られても何も支障はない。だが、『偽りの弟』に関しての関係が居るならば、拘束しておく必要がある。
更に言えば、弟を『偽りの弟』と交換し何かを企んだ者たちだ。俺が迎えに来たことを知れば、大切な弟に害を与える可能性がある。俺が傍にいる限り、弟には指一本触れさせる気はない。しかし用心には用心を重ねた方がいいのだ。
三年前は王城であること、そのような企てを目論む輩が居るなど想像しなかった。その油断と不注意により不覚をとったのだ。同じ轍を踏むことは許されない。あのような苦い経験も、胸を刺されるような痛みは二度と御免だ。弟は絶対に俺が守る。
「何もないようだな」
探知魔法には何も探知されなかった。如何やら、この廃墟とその周辺には俺と弟だけのようだ。弟が殴られそうになった際には、息をするのを忘れた。弟を脅かす危険分子が居ないことを確認し終えると、張り詰めた緊張を解すように息を吐く。
「待たせた。迎えに参ったぞ、我が弟」
俺は弟の前にしゃがむと、フードを外すと弟へと話しかける。
本来ならば弟には、三年前に挨拶する筈だった。だがそれは愚か者たちの企てにより、阻まれ叶わなかったのだ。弟と再会をした際には如何のような挨拶をするか、何百億回も脳内でシミュレーションしてきた。しかし実際に弟を前にすると、簡素な挨拶しか出てこない。
「……っ!? え? えっと……? ぼくは……その……」
弟は俺を見上げると、赤い瞳を大きく見開いた。そして突然の事態に戸惑い、俯いてしまう。俺と弟は髪も瞳の色も違う。俺は銀髪に青い瞳であり、弟は金色の髪に赤い瞳を持つようだ。
しかし戸惑う弟とは真逆に、俺の気分は良くなった。俺の言葉に弟が反応し、俺を見たことに機嫌が上がるのを感じる。待ちに待った弟が、俺の存在を認識するというのは大変気分が良い。
更に弟は、自身の頭でこの状況を整理しようと必死に頭を回転させている。その姿を好ましく思う。流石は俺の弟であり、ラスボスである。高度な教育を受けずとも地頭がいいのだ。王城に戻り教育を受ければ、俺なんて直ぐに追い越されるだろう。そのことが更に俺の機嫌を良くさせる。
だが一つだけ、気に入らないことがある。
「先ずは、その怪我を癒す。抱えるぞ」
「……え!? わっ……あのっ……ご、ごめんなさい……」
俺が気に入らないことは、弟の怪我である。俺の大切な弟に、両手両足に擦り傷や打撲痕があるのは如何いうことなのだ。幼い体に暴力を振るったという証拠である。あの愚か者たちにはそれ相応の報復を受けてもらう。
弟の了承を得る前に、俺は弟を抱き上げた。すると俺は思わず、抱き上げた弟の体の軽さに眉をひそめる。気に入らないことが、もう一つ増えた。弟は状況把握に必死なようだ。俺の行動に数秒遅れて反応を示した。そして何故か謝罪を口にする。
「何故、謝る?」
弟が何故謝罪を口にするのか分からない。俺の膝に弟を乗せながら本人に訊ねる。弟の怪我を早く直したいが、何も悪いことしていないのに謝る弟が心配になった。
「……え、えっと……その、ぼく……きたないから……よごれちゃうし……。いやな、かおさせて……ごめんなさい……」
「…………」
弱々しく、こちらを窺うように告げられた言葉に思わず固まる。弟の何が汚いというのだ?怪我のことを言っているのか?それとも衣服の汚れについてか?嫌な顔?それは弟に対する待遇の悪さに思わず眉をひそめたことだ。
完全にあの愚か者たちの所為で、弟に誤解をされている。
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