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第六話 初めまして①

 


「……あ、あの? ご、ごめんなさい……やっぱり、ぼくは……だめなやつなんだ……」


 俺が弟に色々と誤解を与えてしまっていることに気が付く。その誤解を解こうと思っていると、弟は更に勘違いを重ねた。意味不明な自己評価を下すと俯いてしまう。


「待て」 


 取り敢えず俺は弟に静止の声をかける。


 本当に一旦待ってほしい。先ずは、混乱する脳を落ち着かせなければならない。俺は前世社畜の一般人である。不測の事態に対して迅速な対応は苦手だ。更に言えば、今世では容姿と魔力が良く、運動神経抜群だが中身は俺だ。頭の回転は凡人である。

 そんな凡人代表な俺の脳には、この状況に対応するには色々と容量オーバーだ。人生二回目とはいえ、前世社畜の俺に出来ることは多くない。


 加えて、弟を将来の国王にする為には、弟と俺の信頼関係は重要である。此処で弟に俺の悪い印象を与えれば、後々反抗するかもしれない。王になる教育や環境に不満を抱く可能性もある。

 ラスボスである弟に反抗されたら、前世社畜の俺は太刀打ちできない。第一に俺はモブである。そうなれば俺の存在ごと、のんびり生活は泡となって消えてしまうだろう。そんなこと許せる訳がない。


 しかし幸いなことに、ラスボスとはいえ弟は未だ3歳である。今から上下関係を教え込み、俺の指示には絶対服従するように教育をすることは可能だ。幼児期に教え込まれたものは、成人してからも人生に多大な影響を与える。

 前世では幼い猛獣と、犬を一緒に飼育している映像を目にしたことがあった。成獣になっても猛獣は犬と仲良く過ごし、襲うことはなく生活をしていたのだ。加えて犬の方が猛獣を従わせる場面もあり、幼い頃から一緒だからか上下関係が形成されているようである。

 つまり幼い弟に絶対的な上下関係を教え込み、弟が成長しラスボスとして猛威を奮ってもモブの俺には逆らわないでほしいのだ。そうすれば俺の、のんびり生活は安泰である。


 一般常識的に考えれば、弟を悪用するのは最低最悪な考えだ。だが、俺は前世社畜のクズである。転生して何処か頭のネジが外れているのだろう。俺は俺の目的の為ならば、幼い弟でさえ利用するのだ。クズな兄で結構。俺は只、のんびり生活を過ごしたいだけなのである。


「あ……あの……ご、ごめんなさい……」

「謝るな」


 俺が黙り込み生じた沈黙に、居た堪れなくなった弟は再度謝罪を口にした。何故こうも直ぐに謝るのか分からない。しかし、この状況は良くない。俺は弟の謝罪を否定した。

 誤り癖が染み付いているというのは、将来の国王になるものとしては良くない状態である。体の傷を癒すことも大事だが、その精神状態や思考も直す必要があるようだ。


「……っ!? で、でも……」

「先ず、私は其方を不快に思っていない」


 弟は俺が謝罪を拒絶したことに驚きの声を上げた。そして戸惑うように、自身の服を握りしめる。傷だらけの手を更に握ったら、傷が増えるだろう。俺は弟の手の上に自身の手を重ね、治癒魔法をかける。


「な……なんで……」


 淡い水色の光に包まれながら、弟は驚愕の表情で俺を見る。三年越しに会うことが出来た弟を不快に思う訳がない。一体如何いう環境で育ったのだ。弟の怪我が治っていくというのに、一向に俺の心は休まらない。


「私が弟に対して『不愉快』など思う筈がないだろう。先程、眉を顰めたのは其方の栄養状態が良くないこと、俺の無力さを思い知ったからだ。ヴィンセントが悪い訳ではない」


 これ以上、誤解を招くことは回避しなければならない。幼い弟に丁寧に説明をする。弟は俺のゆっくり快適生活に欠かせない存在である。そんな大切な弟を不愉快に思う訳がない。 

 加えて弟の存在を思い付いてから会いたくて、会いたくて仕方がなかった。この三年間この日と、この瞬間をどんなに待ちわびただろう。生きていることは分かっているのに、弟を探しに行けず。歯を食いしばり、胸の痛みに耐えてきた。


「えっ……でも……ぼくは……だめなやつで……」

「誰がその様なことを申した」


 戸惑いながら弟は小さな声で呟いた。その言葉に俺は思わず低い声が出る。俺が望んだ弟が、自身で存在価値を否定した。謝る癖がついていることも気懸かりだというのに、それに加えて自己否定など許すことが出来ない。弟は将来の国王になり、この国を導く存在なのだ。 

 一体、何処の誰だ。俺の弟に対して変な認識を与えた者は、全く余計なことをしてくれたものである。一度認識したものを覆すには、かなりの用力を要するのだ。只でさえ、弟には三年間の空白期間がある。それを埋めなければならないが、認識から改めなければならないのは骨が折れる。


「……っ、えっと……」

「勘違いをするな。ヴィンセントに腹を立てる訳ではない。弟に噓を吹き込んだ者たちに、腹を立てているだけだ」


 弟は、俺の怒気に顔色を悪くする。違う。俺が腹を立てているのは弟ではない。なるべく優しい声色で、弟の誤解を解く。

 待望の弟の再会であり、本来なら弟の無事に安堵する再会の筈である。しかし予想に反して、気の抜けない初対面が続く。これも全ては愚かな企てをした者たちの所為である。


「そ、その……ここに、いたひとたちが……」


 恐る恐る、弟は不届き者たちについて語った。俺は弟を怖がらせたい訳ではない。確かに弟を王位に就かせて、俺はのんびり生活を楽しみたいのは事実である。しかし恐怖で弟を縛り、支配する気はない。恐怖心による縛りや支配は、創造性がなく只の傀儡人形である。俺はその様なものを弟に望まない。それでは陰から指示を出す必要があり、のんびり生活を楽しむことは出来ないのだ。俺が指示することなく、自ら考え行動する弟こそ俺が望む弟なのである。


 現在の弟には予想以上に色々と教育と矯正が必要なようだ。


「そうか、正直に言えて偉いな」


 治療が終わったのを確認すると、弟から手を離す。そして弟の小さな頭を撫でた。現状の弟は自己肯定が低く、自己否定に走る傾向がある。先ずは、それを解決する必要があるのだ。弟に自信をつけさせるには、先ずは肯定をすることから始める。簡単なことでいいのだ。手始めに、正直に言えたことを褒めた。


「……ふ、ふぇ……」


 弟は赤い瞳を見開き、顔を林檎のように赤く染めた。


「如何した? 大丈夫か?」


 治癒魔法により血色が良くなったことは良いが、顔が赤くなるのは異常である。風邪だろうか。弟の頭から手を離し、次に額に触れた。



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