第十五話 中庭②
「さてと……そろそろ頃合いか……」
朝日が上り、一日が始まった。王城が慌ただしくなる気配を感じる。これから会う人たちと秘密裏に落ち合うには、臣下たちの存在が障害になるのだ。彼らの注意を引き、その間に件の人物たちと会わねばならない。
「……? あにうえ?」
俺の独り言に、弟が首を傾げた。俺の行動に気を配ることは良いことだ。しかし今は、少々やらねばならないことがある。
「気にするな。暫し、中庭を眺めておくが良い」
「はい! ありがとうございます!」
弟の頭を撫でると、弟は再び中庭へと目を向けた。楽しそうな表情から、中庭を自由に駆け回り探索をしたいことが分かる。だが、俺が心配で弟を降ろす気にはなれない。
王城には騎士や、少し厄介な者たちも居る。弟の存在は未だ知らされていない。その者たちが、弟を部外者として捕らえる可能性もある。弟を一人にするには心配であり、一緒に居ても栄養状態が良くない弟に長時間の移動は負担だ。此処で弟に無理をさせる必要はない。
万が一にでも弟が倒れる様なことになれば、俺の精神面に多大なるダメージを与えることになる。クズな俺の精神はガラス細工よりも繊細なのだ。
しかし弟は自由に見たいと、主張することもない。暴れる素振りも見せずに、俺に抱えられたまま目を輝かせているのだ。俺ならば自身の行動を阻む者は、全力で排除する。如何やら今の所、弟にラスボスの片鱗は見えないようだ。良いぞ、このまま俺がニート生活を過ごせる迄、ラスボスの力は発揮しないでほしい。
「さてと……」
周囲に結界を張り、これから会う人物たちに念話を送る。向こう側が如何いう状況か分からない為、会話はしない。一方的に、要件に関しての簡潔なメッセージを送る。
次に自室の結界を解き、俺の自室に集まっている臣下たちを部屋に入れた。俺の用意した分身を相手に悪戦苦闘するだろうが、注目を集めるには十分だ。
もう一つ、中庭を見て思い出したことがある。王家の墓に向かう途中で、実はひと悶着あった。相手が面倒な為、動けないように魔法で拘束していたのだ。その相手たちを捕らえていた魔法を解く。
これで臣下たちの注目をそれぞれ分散することが出来るだろう。
「ヴィンセント、少し動くぞ」
やるべきことを終えた。これから会う人たちと、落ち合う場所へと移動をする。中庭の風景を眺める弟に声をかけた。
「はい! あ! えっと……もうここは、おうじょうなのですか?」
弟は俺の声に元気良く返事をすると、場所に関する質問を口にした。如何やら、俺がやることがあると判断して質問するのを待っていたようだ。移動する前に廃墟で移動先を伝えていたこともあり、確認のようなものだろう。
だが俺の様子を察し、己を律する態度は評価に値する。このまま、俺がニート生活を満喫したいことも悟ってくれると大変嬉しい。
「嗚呼、そうだ。此処は王城にある中庭だ。そしてこれから、温室へ向かう」
「ここが、なかにわ……。ほわぁ……すごい……」
万が一にも弟を落とすことのないように、抱え直してから歩き出した。そして目的地を伝える。すると弟は移動したことにより、見える景色が変わり再び歓喜の声を上げた。
「気に入った花が有れば申せ、後で部屋に飾らせよう」
「えっ! おはな、きっちゃうのですか? みんな、いっしょうにさいているのに……かわいそう……」
この中庭は王室の為に整えられている庭だ。その草花をどの様に扱おうが、俺の勝手である。しかし弟は俺の言葉に悲し気な声を上げた。
「ヴィンセントは、草花の言葉が分かるのか?」
「……え、えっと……なんとなく……ですが……」
この世界では生き物には、それぞれ適した魔力の属性があるそうだ。それを知る為に、魔力の適性検査というものが存在する。俺は全ての魔力に適正があるという、適当な診断結果だった。そのことが俺をより次期国王へと期待する要因となった為、あまりいい思い出ではない。
だが一種類でも魔力の適性が高いと、精霊の声を聞くことが出来るのだ。現在の場合では草花に宿る下級精霊の言葉である。俺にも一応は草属性の適正はあるが、下級精霊たちは話しかけてこない。弟は草花に興味があり、草花に宿る精霊の声を聞くことが出来るとなれば草属性の適性が高い。
「そうか、ならば……このままにしておこう。花が見たければ、私が其方を此処まで連れてこよう。これでいいか?」
どの魔力に適正があろうと問題はないが、弟のことを一つ知れたことは良いことだ。そして勝手な行動をしない様に、釘を刺す。弟を国王にする迄、弟の身に何かあっては困る。中庭など死角が沢山あり、弟を到底一人には出来ない。俺が一緒に居るのが一番安全である。
「……っ! はい! ありがとうございます、あにうえ!」
お礼を告げる弟の頭を撫でる。そして目的地である温室へと歩き出した。




