3月22日 トランプから得る教訓
アメリカのトランプ大統領は勝手にイランで戦争を始めておいて、ホルムズ海峡の封鎖という当たり前の報復に対して、『自国のタンカーは自国で護るべきなのに、だれもその責任を負わない。アメリカが守ってやっている』と言い、また、『有事に手伝ってくれない同盟に意味はあるのか』と憤慨している。
……一瞬、そうだよなと思うことを言っているようで、ものすごい利己的な主張である。ものすごいマクロ的な視点で世界を俯瞰すればあの戦争にはもっと大きな意味があるのかもしれないが、とりあえず、今起きていることだけをクローズアップすれば、この戦争はロシアがウクライナを攻めている理由と同じくらい筋が通らないし、中国が台湾を武力制圧しにいっても、今のアメリカは〝理屈では〟その立場を覆せないことをしていると思う。
生き残りをかけて、利己的に動く。やったもの勝ち。そんな風に動いているのが今のロシア、中国、アメリカで、『それを手伝わないなら敵だ』みたいに言われても、その理屈はどうなんだろうねって思ってしまうけれど……。
しかし俺はトランプを笑えない。
思えば、小さい頃、俺は妹に同じことをやっていたなと。
俺は暇をしていた。だから妹と遊びたかった。が、妹はイマイチ乗り気ではなく、それを拒否したことがあるのだ。
その時、俺は「今遊ばないならお前とは二度と遊ばない」と言って喧嘩した。
『遊んでほしい時に遊んでくれないのに、お前が遊びたい時に、なぜその願いを叶えないといけないのか』……みたいに思っていたからだ。
嗚呼、まったく今のトランプじゃん(大笑)。
この現象を一文にしてまとめると、
『自爆や身勝手でピンチに陥ってるのに、助けてくれない誰かを恨む』
ということになろうか。
この一文を客観的に見れば、おそらく誰もがその不条理に気づくと思うのだが、最中にいると気づかずに無意識でこういうことをしてしまいがちだなと……。
だから今日のこの記事は、誰かに見せたいというよりは、俺自身の備忘録として書いている。
現在、様々な形で応援してくれている人たちがいる。
それぞれ、様々な温度感で、様々な応援をしてくれている。
俺はそのそれぞれの温度感で応援をしてくれること、そのことに感謝をすべきで、「何かを買ってくれなければ応援者ではない」とか、「☆をつけてくれなければ応援者ではない」とか、こちらか何かを求めてはいけない。そして期待が追いつかなくても、恨んではいけない。
それをことさらに言って戒めなければならないくらい、最中にいると忘れるんだ。ゼレンスキーもそうだったけど、明日をも知れない状況に追い込まれれば、人はなりふり構ってなどいられなくなる。苦しいからな。
きれいごとを言い続けられるのは、自分に余裕がある場合に限られるんだよ。昔『銀河鉄道999』で、
『雨がすきだ……という人は、雨のあたらない屋根をもっている人だ』
というセリフがあったが、雨露をしのげない人間に雨を美化できる人間はいない。
だから、汚いことを言ってしまうようになるんだよ。やむを得ぬ状態であろうが、自分で墓穴を掘っていようが……。
だから、言葉が軽いトランプがついああいうことを言ってしまうこと、……俺は正直、全く理解できないわけではない。それがどんな利己的でもさ。
ただ、それは、国際社会においては通らない理屈であることを忘れてはいけないし、最終的に孤立を招く結果となることも、肝に銘じなければならない。
そして同時に、自分自身がそうでないよう、戒めなければならない。
今日はそんな、備忘録。




