第169話:鬼ごっこ
夜になった魂の世界の中を、ただただ逃げ続けていた。
頭の中には、なんでこうなったんだろうという疑問だけが湧いて出て、それは尽きることがない。
ただ俺は、レヴィさんの安否を確認しに来ただけなのに……どうして、こうなってしまったんだろうか。それに、テンションが上がりまくった皆に今更何もないなんて言えるわけないので逃げるしかない。
追ってくるのは統一性のまったくない百鬼の群れ。
猫又に付喪神の琵琶、袖引小僧や小豆洗といったまだ人型に近い者もいれば、手だけの妖に巨大な百足、手長足長のコンビに、河童のような皿を頭につけた狗――――その他にも数多くの妖がただただ俺を求めて襲ってくる。
「探せ探せ! 見つけた者には褒美があるぞ!」
「くそ小さいせいで見つけられねぇ……だけど諦められねぇよな!」
「出ておいで-、私と綾取りしようよー……私が一方的に絡めるだけだけどね」
少しでも耳を澄ませば聞こえる契約してる妖怪達の声、誰もが俺を探していてもしも見つかって捕まってしまったときの末路など想像に難くない。
きっと日本勢の事だし玩具にされるか、夜通し飲み会に付き合わされるか。
――――それは不味い、心労というか諸々がつらいから、出来れば捕まりたくない。それに愉悦大好きな妖怪達のことだし、何をするかも分からない。
だから俺は、例え泥水を進もうともこの場を逃げ切ってみせる。
俺を閉じ込めるように張られた日本神話区画全体に張られた結界は夜明けと共に解除されるだろうから、それまで耐えれば良いだけ
なのに……だけど、どうしてだ? 逃げ切れる未来が見えないんだ。
「気配を感じたぞ、あの独特の気配は間違えようがない、茨木様達に報告だ!」
鬼が作った式神が、俺を探知したのかそんな声が聞こえてくる。
それは不味い、ここで本物の鬼達との鬼ごっことか冗談じゃない。
少しでも速く離れなければ俺は――――出てきた想像を振り払うように頭を振って、ゆっくりとこの場から離れていく。
「|怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨」
「アハハハハハ! 熊ちゃんが起きちゃった! もっと皆騒ごうよ! 祭だー! ふふふあはっ、ハハハ!」
あまりの騒ぎに目覚めてしまった彼女の配下の熊童子が、元凶であろう自分を探して声を上げて、いつも一緒にいる金熊童子が楽しそうに嗤う。
なんて絶望的な状況なんだ。大江山四天王の二人が目覚めてしまった。
いま潜んでいるこの山が広いとはいえ、あれらの追撃を振り切る事なんて――――いや駄目だ諦めたら本当に終わってしまう。
解析した結界的にこの最悪のゲームが終わるのはあと二~三時間、それだけ耐えれば逃げれるんだ。
希望を捨てないように自分にそうやって言い聞かせてから、俺は近づいてくる熱から逃げるようにこの場から離れることにしたのだが……何か俺が今いる場所に向かって、複数の獣たちの気配が近づいてきたのだ。
「山でアタイから逃げれると思ってるのかい! そこにいるのは分かってるよ!」
「ちょ虎熊おまっ!? ペットの獣たち使うとか反則、逃げれる訳がないだろ!」
「いつも使える物は使えって言ってるのは霊真だろう?」
「そうだったな!」
小さくなったせいで体力が無くなっているのに、ほぼ無尽蔵の体力を持っている召喚獣から逃げ続けなきゃいけないというのはゲームバランス崩れてると思う。
こうなったのも全部玉藻のせいだし、この鬼ごっこを始めた死天が悪いが……よく考えれば、最近皆と関わってなかった俺が……いやまったく俺は悪くないな。
術を施し拒否権を用意させずゲームを始めた玉藻と死天の方が八割ぐらい悪いし、それに乗った彼奴らが残りの二割分悪い。
「アンタは動物には優しいからね。アタイ達の事は攻撃できないし、なんやかんやで楽しんでるだろう? だからここでアタイに捕まってくたばりな!」
「くたばれ言ったよな、余計に捕まれないだろマジでさ――こうなったら【サモン】ルナ・マナガルム」
そんな希望を込めて呼び出すのは大事な仲間。
ルナの速さならただの獣程度には追いつかれない。それに今の俺は小さいおかげでルナに乗りやすいし隠れられる、逃げるにはもってこい。
なんでもっと速く気付かなかったのだろうか? だけどそれはいい、逃げれれば勝ち。あと二時間逃げ切れば、生き残ればいいだけだから!
「ますっますた!? なんで小さくなってるの!? 可愛い、持ち帰っていい!?」
「え、ルナ? 落ち着いてくれ? えっと、いま一大事だから、さ?」
「――ねぇ虎熊さん、何があったの結界があったのは知ってるけど」
「霊真を捕まえた奴が一日独り占めできる鬼ごっこ中だよ」
「ふぅん……えへへ」
あれ、待ってくれ? とそう思ったときにはもう遅く……周囲に冷気が溢れ出す。他の妖怪達よりも、いやそれ以外の蛇勢よりもやる気をだしたのか、圧倒的な魔力が滾っている。
「………………霊真、莫迦なのかい?」
何か言いたげに俺の名前を言ってきたが、それは無視。今俺が取れる選択なんて一つしかないのだから。
「…………………………さらば!」
世界は残酷だ、もう誰も今だけは信じない。
空を見上げればうっすらとだが結界が薄くなってうた。
夜の寒さも身を潜め、朝の温もりが広がって俺の体もさっき以上に動くようになっていた。この調子なら絶対に逃げれるはずだ。
希望を見いだして俺が身を潜めるのは少し大きめの木の上、ここなら丁度彼奴らの死角になるだろうし、見つかることはない。
「霊真はこの近くにいるよお前らここに集まりな! もうすぐ夜明けだ。絶対に捕まえろ!」
木の近くから、鼻の利く獣を使ってあたりを索敵する虎熊の声が聞こえるが、今俺は完全に気配を消せるルナのローブを着ている。
勝ったこれで俺の勝ち――――。
「なんや、こないな所に隠れとったんや……霊真」
肝が冷えた。
それも絶対零度にあてられたように一瞬で。
体が動かない後ろを振り向けば死んでしまう。そんな事だけが頭を埋めつくす。だけど動かなければ捕まってしまう。
それも一番やばい死天になんて捕まったら俺の尊厳なんか一瞬で壊される。
いやだ。
動いてくれ。
俺の体だろう、頼むから。
振り向きたくないし、逃げ出したい。
――――なのに、どうしてなんだ? 心臓を掴まれたように体が動いてくれない。
ゆっくりと……嬲るように、首に手が這ってくる。冷たい彼女の体温が直に伝わり心臓の鼓動がどんどん強くなってって。
「そないに怖いの? ふふふ、可愛いなぁ食べてまおうかいな――――ふふ、冗談やで霊真。うちは主催者やさかい皆に差し出すことなんかしいひん」
「し……死天?」
「あんたは頑張ったさかい、あとはこの場所で時間経つのを待ってええ。大丈夫や、誰にも教えへんさかい、やから今は今は休んでええで」
聞いてるだけで蕩けるよなそんな口調で、ゆっくり優しく語りかけてくる死天は、女神に見えた。
もしかして俺は今まで勘違いしてたのかもしれない、死天はこんなにも優しかったんだ。それなら安心だ……今は休めるし、あと十分で夜が明ける。
だからちょっとだけ休もう。
「そうそう、今はうちに体を預けて休んでや」
疲れからか、彼女の声に操られてか、俺の体は自分の意志を置き去りに彼女の方に倒れ込んだ。体を預けると果実酒の良い匂いと安心するような匂いが混ざった香りが届き、余計に心が軽くなる。なんだろうか、頭がふわふわするような……。
「…………はい、霊真を捕まえた。これでうちの勝ちやな――――それにしても、うちを信用するなんて……ほんまに可愛いなぁ霊真は」
少しあった酔いが覚めた。それも頭に冷水をぶちまけられた様な感じで。
はて、この鬼畜幼女はいったい何を言ったのだろうか? なんか脳が理解することを拒んで居るぞ? 捕まえた? 自分の勝ち? おかしいな、そんな聞こえるはずのない言葉が聞こえたような……。
それになんか、背中を触られたような感覚が残ってるぞ? 変だな、死天は俺の事捕まえないって言ってくれたはずだから二人しかいないこの場でそんなこと言わない筈なのに。
「死天、なあ……嘘、だよな? 捕まえないって言って」
「なあ霊真? うちがいったいいつ、あんたを捕まえへんっていったん?」
「言った……よな? 主催者だからって」
「うちは差し出さへんとは言うたで? でもね捕まえへんとは一言も言うてへんの」
「――――あっ」
そこまで説明されたところで、血の気が引いた。
――そうだ死天は、捕まえないなんて一言も言っていないのだ。嘘なんてついてないし、ただ俺が主催者という言葉に引っ張られて勝手にそう思い込んだだけ。
「これから暫く一緒やね、うちの霊真」
言葉になってないはずなのに、玩具というその単語が聞こえるような気がする。
この短時間に与えられたストレスのせいか、俺の意識がどんどんと薄くなり、気付けば俺は、木の上から落ちていった。
「皆、勝者はうちやで。これで鬼ごっこはおしまい、お疲れやす」
最後にほんの僅かに残っていた意識は、彼女のそんな言葉だけを拾っていた。




