7.告白
迷宮を攻略した翌日。
目が覚めると、見慣れた場所にいた。
孤児院だ。
泊めてもらったんだったか。
眠ればマシになると思ったが起き上がれないほど身体が重いぞ。
強壮丸のせいだ。
これはマズイ。
昨日より悪化している気が……
そう思いつつ、身体を起こそうとしたら上に何かが乗っかっていた。
布団の中で何かがもぞもぞ動いた。
そうだった……大部屋を借りたんだ。
「おい、重いだろ。どいてくれ」
孤児院では布団は取り合いなのでよくある。
今は部外者のおれが布団を取ってしまったのだからあまり怒れない。
身体はだるいが動く。
布団の中のその子を抱き起し、どけようとした。
「うにゃ~」
布団から出すと丸まったその子が猫のような声を挙げた。
その子というか、女戦士、クレアだった。
抱え上げた彼女を思わず落っことしてしまった。
「ボフっ!? うぅ~?」
「なっ、何してるんだお前!?」
「ああ、おはようヴィン!」
キリッと目を覚まし、おれを見るや否やニカッと元気よく笑う。
「お、おはようクレア……」
「いやー全然起きないから心配したよ。身体大丈夫?」
どうやら寝過ごしてもう昼過ぎのようだ。
おれが起きないから心配で見守っているうちに、クレアも寝てしまったらしい。
それは良いんだ。
「そっ、それでなんでおれの布団の中にいたんだ?」
おれは平静を装って尋ねた。
だが布団に残る温もりやにおいで心臓はバクバクと脈打っている。
今のおれには身体に悪い。
「いや~面目ない! 私たち獅子族は強い代わりにお昼寝必須だから。温かくて狭いところで寝ちゃうのは本能でして!」
ネコじゃん。
クレアもそれなりに「やってしまったトホホ」の顔をしている。
おれも子供だと思ってあちこち触ってしまったからおあいこだ。
それにしても見た目に寄らず軽い。
獅子族はかなり筋肉質な体つきが特徴で、クレアもそれなりに肩とか腿とかが発達している。
それに女らしい肉付きも結構……これはおれよりも重いはず。
「ピーン、何か失礼なこと考えてない?」
ギクリと鼓動が跳ね上がる。
悟られないよう平静を装う。
「いや、お前は飯食ったのかと」
「お昼まだだよ。一緒に食べよう!」
孤児院の食料を何度も消費するのは申し訳ないから街に戻ることにした。
孤児院を出発し二人で並んで歩いていると後ろで見送る院長が「あらあら」とつぶやいた。
なんのことかわからなかったが、街に近づくにつれ意味が分かった。
皆クレアを見ている。
そしてその隣にいるおれを見る。
「なんであんな奴と?」と思われているのだろう。
おれは少し距離を取って歩こうとするがクレアが距離を詰めてくる。
こういう物か?
「ん? どーしたの?」
「いや別に」
最初こそ「怖い姐さん」という印象だったが話していると「陽気で人懐っこい娘」だ。
今日の予定を何となく話し歩くときも、意識してしまうくらい距離が近い。
「ねぇ、何食べる?」
「おれの行きつけはマズくて安くて腹に貯まる店だ」
「ェェー……ヤダよ。……おいしいお店知らないの? だめだねーモテないねー」
「はぁ? 知ってるわ!!」
「自分がモテないこと?」
「うまい店だよ!」
攻略後の祝いをまだしていないということで、普段は入らない少し高い店に入ることにした。
ボロボロの服装だから追い返されるかと心配したが窓際のいい席に通された。
それにしても場違い感がすごい。
周りは品のある客ばかり。
いつものような喧騒に塗れた冒険者ギルドとは違う。
対面に座ったクレアはそれでも場になじんでいる。
元々の顔の作りがいいのだろう。
窓から差し込む陽光に照らされて、彼女の艶のある髪はキラキラと輝いている。
院長以外の人をきれいだと思ったのは初めてかもしれない。
黙っているとまるで神話に出てくる泉の乙女のようだ。
「ん?」
「祝いはパーティメンバーと一緒にするものだろう? 勇者とルーアンはいいのか?」
おれもあの二人を誘う気はないが、こういうことは後々活動する時わだかまりになるのでは? と少し心配した。
「あの二人がいたら台無しだよ」
「何が?」
クレアがムスッとした顔になった。
反応がなんだか幼いな。
「私、『ホワイトホース』は抜けるしね」
「そうなのか」
「元々ただの助っ人というか、頼まれて迷宮攻略までつき合ってただけなんだ。だから今回ヴィンのおかげでやっとお役御免だ」
「そうか」
「ソロに戻った」
やけにうれしそうにソロを強調してきた。
それにおれもどこかホッとしている。
別にだからといって彼女と組めるはずもないのにな。
「うん。まぁ、ソロは気楽だしあんたなら引く手あまただろうから困らんだろ」
「……それで?」
『それで』!?
クレアはじっとこっちを見つめおれの回答を待っている。
さすがに人付き合いが悪いおれでも、察する。
おれのことを誘ってくれている?
店の他の客たちもなぜかこっちを見ている気がする。
やけに静かだ。
さっきまで皆さん楽しそうに談笑していたじゃないか。
シンとした店内、静寂がおれを焦らせる。
ピカピカのテーブルと彼女を何度も交互に見る。
料理まだか、とか気にしているフリをしてみる。
考えはまとまらず、言葉も定かではない。
ただ目の前の彼女のしぐさや、雰囲気を都合よくそのまま受け止めて、おれは溢れたそれを口から発していた。
「クレア、おれと付き合ってくれ」
自分の言葉に自分が驚いて、やっと我に返った。
本当は「おれがパーティを組んでやってもいいが」とか冗談めかして言うつもりだったのに! いや、そもそもこいつと一緒に居たいと思ったのは本当だ。寝過ごして寝ぼけていたのかも!! 抱き起した時の温かさとかいい匂いで思考がおかしいんだ! なぜこんなおしゃれな店に女と一緒に入った?! それにしたって『デジャブ』で前もって安全か否か確認すべきだったろう。三十歳のおっさんでアマチュアのおれがクレアみたいな女に男として見てもらおうなんて虫が良過ぎる。
調子に乗っていると思われただろうか? あくまで仲間として見てくれたのに、失望されたかもしれない。
直ちに訂正しなければ!!
この間、0.5秒。
クレアは突然の告白に困惑し狼狽えているはず。
断られる前に、間髪入れず訂正する!!
「お前が好きだ。一緒に冒険したい」
えええ!?
言葉が勝手に!!
理性が働いてない!!
強壮丸のせいだ。
そうに決まっている。
普段のおれはこうじゃないんだ……
うわああ、終わった……
「……よ、よろしくお願いします」
小さな声だったが確かにそう聞こえた。
「はぇ?」
動揺し、固まったおれをその言葉が熱く溶かしていった。
強壮丸を使ったときより胸が熱く感じる。
クレアは耳をペタンとして小さく丸くなっている。
「は? いいの?」
「私も、ヴィンのこと……その、結構前からね……す、好きで――」
「おめでとうございます。これは当店からです!!」
店主が気を利かせて高い酒を持って来た。
いや、いいから!
気を使わうな、そっとして置いてくれ!!
店内から拍手が巻き起こる。
ありがとう!でもそっとしておいてくれ!
それはクレアも同じようだった。
これまでハツラツとしたクレアしか知らなかったが、店を出るまで、しおらしい彼女が見られた。
と言ってもおれも余裕が無くて、いつもより高い食事の味も飲んだことのない酒の味もほとんど覚えていなかった。




