6.クレア
クレア視点の幕間です
迷宮を攻略した。
半年間、苦しめられた探索は、ヴィンセントの協力であっさり――というわけでもないけれども、事実半日で終わった。
もっと早くに声を掛けるべきだった。
でも、勇者がアマチュア冒険者を見下しているのは分かっていたし、彼には嫌な思いはさせたくなかった。
それに、彼に話しかけるには少し勇気が必要だった。
私は人見知りではないし、ソロの冒険者のスカウトは初めてじゃない。
ではなぜかと言えば、彼が私にとって特別な人だからだ。
攻略が終わった後に彼にも聞かれたけど、なんで初対面の私が彼を気にかけていたのか。
彼には迷宮での働きぶりに感銘を受けたからとウソを言った。
本当は初対面ではないのだ。
もう十年も前のことになる。
当時まだ5歳だった私は、この街で彼に出会った。
◇
その迷宮で有名な冒険者が失踪した。
その救出に私の両親が呼ばれた。
お父さんは獅子の獣人で、珍しい黒い毛並みをしていたことから『黒拳』と呼ばれていた。
ママは人族の聖女で、お父さんと結婚して私を生んだ後は『聖母』と呼ばれていた。
二人はかつて主要七大迷宮全てを踏破し攻略した、SSS級勇者パーティ「きまぐれ超人同盟」のメンバーだった。
あれほどの人物がパーティを組むことは今後起こりえないとまで言われ、今や伝説だ。
引退後も冒険者ギルドへ協力をしていた両親がこの迷宮で人助けをすることは不思議なことでは無かった。
でも、付いて来た私はとても不安だった。
いつもなら一日掛からずに終わる任務が二日経っても、三日経っても終わらない。
宿でじっと待っていると不安で、私は毎日冒険者ギルドで両親の帰りを待った。
今にして思えば、当時はまだ新しい迷宮だったため捜索が難航していたのだろう。
でも、有名冒険者が帰らなかったという事実は私だけではなく、街全体を不安にさせていたと思う。
そのせいか、私が有名冒険者の娘だと知ってもあってか、私に構う冒険者は皆無だった。
「おい、坊主」
そう、彼を除いて。
「坊主じゃないよ。女の子」
お父さんとの修行で邪魔だからと私は髪を短くしていた。
でもママの趣味で可愛いフリルとリボンの付いたスカートを履いていた。
幼いながらに男に間違われたのは少しムッとした。
私はこれ見よがしにスカートを見せた。
「そうか。お前、四日前からずっとそこにいるが何してるんだ?」
「……『知らない人と話すな』ってお父さんが」
「そのお父さんはどうした?」
「迷宮に行ったの」
「母親は?」
「ママも迷宮」
「ああ……そうか」
彼は当時からかなり浮いていた。
冒険者らしからぬ、痩せて青白い身体つき。
反面誰よりもギラギラと人を寄せ付けないオーラを放っていた。
そのことを当時の私は結構ハッキリ言った。
「おじさん弱そうなのに偉そうだね」
「おい、おれはまだ二十歳だ。『おじさん』と呼んで良いのは三十歳からだ。国法違反で罰金刑になるぞ」
「えええ、ごめんなさい」
「まぁ今回は許してやろう。おれは寛大だからな。偉そうではない」
「そういうところだよ、おじさん」
彼は退屈凌ぎたったのかもしれないけど、おしゃべりに付き合ってくれた。
「おじさんもずっとそこにいるけど、無職なの?」
「後学のために教えといてやる。『無職なの?』と聞いていい相手とタイミングは存在しない。ちなみにおれは冒険者だ」
『アマチュアだけどな!!』とどこからともなくツッコミが入った。
ヴィンセントは相手を探して周囲を睨むが、怖じる人はいなかった。
「いいか、アマチュアというのはな――」
彼は聞いてもいないアマチュア冒険者のことを熱く語った。
それに自分の仕事についても自慢気に話してくれた。
聞いてないのに。
迷宮の探索、ルートの開発、罠の回避手段とか。
「今ごろ、有名な冒険者が内部を捜索している。お前の親も生きていればついでに救出されるかもな」
「それで励ましてるつもり?」
彼は私がその有名な冒険者の娘だとは知らなかったらしい。
噂話を教えてくれる友人もいないんだと静かに悟った。
結局その日も両親は帰らず、その間ヴィンセントが側にいてくれた。
五日目、彼は冒険者ギルドにはいなかった。
聞くところによると、あの迷宮に探索へ行ったという。
両親でさえ戻らない迷宮へ、あの弱弱しい青年が行ったことで私は憂鬱になった。
でもその日のお昼に無事両親は戻って来た。
後から知った話だ。
「危なかった。あの迷宮は特殊だな」
「ええ、途中で地図が貼ってあったから半日で戻れたけれど」
「迷宮に地図を設置するなんて、どこのお人好しだろうな?」
私は直感した。
ヴィンセントが私のために両親を助けてくれたのだと。
あるいは、偶然で、彼は迷宮の奥で息絶えたのかもしれない。
どちらともわからないまま、私は彼のことをずっと覚えていた。
お父さんに逆らって髪を伸ばし始めたのもあの頃からだ。
そして、十年後それを確かめる機会ができた。
両親の古い知り合いからの頼み。
新米の勇者を鍛えて欲しいという依頼があった。
迷宮攻略が契約満了の条件。
最初は断ろうかと思ったが、その迷宮がここだと知って受けることにした。
彼はそこにいた。
まるで迷宮内を軽くお散歩するかのように、あの両親でさえ苦しめた迷宮を自在に闊歩する。
十年前の答えは出た。
直感は確信へ。
◇
彼に話しかけるのに半年も掛かったのは、一言で言えば照れ臭かったからだ。
十年前にちょっと話した相手を未だに覚えているなんて、まるで初恋。
一緒に探索をして、この気持ちが懐かしさや一時の気の迷いではないと知った。
彼は私が思い描いていた以上に、不器用でお人好しだった。
「まるで初恋」じゃない。
私は正真正銘ヴィンに惚れていた。
「――それで、未来が視えるなんて嘘をついて、迷宮ボスに一人で挑んだんです。一番損な役回りなのに。それで、私が部屋に来た時、すごい意外そうな顔で、助けに行ったら必死に『来るな来るな!』って……」
私は夜も更けて来たため、孤児院で夕飯をいただき、泊まらせてもらった。
部屋がないのでセイラさんと同室になり、ヴィンセントとの出会いを話した。
ちなみにヴィンセントは子供たちの部屋だ。
「クレアさん、ヴィンの嘘が分かるのね」
「え? はい。獣人のなかでも鼻は良い方なんです。だからウソついたり不安なときはすぐにわかりましたよ。あはは」
そう、初めて会った時、彼が私を本気で心配しているのは分かった。
迷宮攻略の時も、ここに来る時も、彼は抱きしめたくなるほどに不安そうで、追い詰められていた。
だから、私は彼の力になろうと決めて付いて来た。
「クレアさん、あの子にはそのこと秘密にしておいてあげてね」
「え? はい……?」
「それと、ありがとう」
お礼を言いたいのは私の方なのだけれど、セイラさんと話しているうちに私はいつの間にか眠り込んでしまっていた。




