52.安心の我が家へ
元勇者が連行された後。
サンサリオン王女とセキヤ少年は先に王都に戻りシンシアが同行した。
おれとクレア、リナトリアは院長と孤児院が心配で少し残ることにした。
「ヴィン、もう大丈夫よ。子供たちもいつも通りだし」
「いえ、院長こそ、もう少し休んでいて下さい」
「ありがとう。でもあなたが気に病むことはないからね」
おれは一度院長の死を見た。
あれは紛れもなくおれの不手際が原因だ。
全てはおれの甘さが招いた結果。
二回目も怪我こそなかったものの、あんな狂人に脅されたんだ。
こんな状況で何かを成し遂げようなんて思えない。
おれが前に進んだ結果こうなった。責任はおれにある。
自分以外の命が危険に晒されるなら、おれはこれ以上進むべきではない。
そう思った。
「おい、ヴィン、なんかお客さんだぜ」
「え? 誰だ?」
「さぁ? 知らない人だよ」
「知らない人を入れるなよ」
子供たちに付いて行くと、知らないおっさんがいた。
「そうだ、頭を下げ、『面を上げよ』と言われたら顔を上げるのだ」
「よし、『面をあげよ』!」
「うむ、この時国王陛下の前ではまだ上げぬ。もう一度『面を上げよ』と言われてからだ。顔を上げても陛下のご尊顔を直視してはならん」
おっさんが跪いて子供たちに礼儀を教えていた。
こちらに気が付くと立ち上がった。
条件反射でおれは膝を着き、頭を垂れていた。
「ああ、まだ『面を上げよ』って言ってないよ?」
「おお、そうかそうか」
「おい、お前たち『最敬礼』だ」
おれが最敬礼しているのに気が付いた子供たちは慌てて膝を着いて頭を垂れた。
遊んでいるから知り合いかと思ったが違った。
「うむ、これはいらぬ世話だったか。よく教育されている」
顔を上げた時、ちらっと見えた。
明らかに貴族の風格。
それもかなり位の高い。
「私はこの孤児院出身のヴィンセント・アルトリンデン、冒険者でございます。失礼を承知でお尋ねします」
「うむ」
「高貴なるお方、こちらにはどのようなご用向きで?」
「面を上げ、楽にして構わん」
成金の商人や弱小貴族とは明らかに違う。
恰幅のいい、白髪交じりの禿頭。
貫禄と威厳に満ちた顔。
「我はこの西の大地ウェスタリスを統べる者だ」
「は、ははー」
なんと、領主様だった。ウェスタリス辺境伯様。
な、なんでこんな地方の小さな街に?
「慰問に参った。が、我は忙しい。セイラ・ユリレフォンをここへ」
「は、ははー」
院長を呼んだ。
クレアやリナトリアも。
全員揃うと、領主様は手を叩いた。
するとおかっぱの従者が足早にやって来て巻物を広げ読み上げ始めた。
「この度、セイラの孤児院の土地は接収となり神殿に譲渡されるものとする!」
「な、なんだって!!」
孤児院を奪うってことか!?
「ちょ、ちょ――」
「ヴィン、遮ってはだめよ。最後まで聞きなさい」
「隣接する空き地には礼拝堂を建設し、孤児院を含めユリレフォン礼拝堂とする。我、ウェスタリス領主の名においてセイラ・ユリレフォンをその責任者に任ずる」
「……え?」
おかっぱが院長に巻物を渡した。
破格の土地買い上げ額と職務内容、給与などについて書かれていた。
建物自体の所有権はそのままになっている。
これはつまり、正式に領主様が院長を雇ったということか?
しかも、神殿の土地になるということは税を納める必要もなくなる。
礼拝堂だから聖職者と護衛の騎士も派遣される。
「なんという寛大なご処置でございましょう。謹んでお役目を全う致します」
「うむ」
おかっぱはさらに別の巻物を出した。
これを領主様自ら広げ、読み上げた。
「国王陛下より賜った勅書である。伏して聞くが良い」
「は、ははー」
全員、膝を着いた。
「セイラ・ユリレフォン並びにセイラの孤児院出身者による王国への貢献を称え、ここに孤児院に属する者、出身者による家名ユリレフォンの使用を認可するものである」
「え?」
なんだ?
何が起きた?
待て、落ち着け。
家名を名乗るのは認められた者の証。その者の出自を物語るものだ。
そしてそれはより大きな名の下に認められるほどに名誉なものだ。
「ありがとうございます、ありがとうヴィンセント!」
院長に泣きながら抱きしめられた。
つまりなんだ? どうなった? これはいいのか? いいな! いいことしかないぞ!!
これはつまり、国がおれたちを家族と認めたということ。
ここから巣立った者たちも圧倒的に働きやすくなるし、出自で敵わなかった出世も可能になる!
それに、おれがアルトリンデンから解放されたということ。
もう誰に後ろめたさを感じる必要もない。
みんなが堂々と生きられる。
国王がなぜ?
個人経営の孤児院にそんな計らいを?
「ヴィンセント・アルトリンデン、その名を最近よく聞くようになった」
「は、はい」
「知らぬうちに我はそなたに借りを作っていたようだ。迷宮の救出、攻略、それに地図という遺産」
「地図?」
「そなたがここを去った後、地図の価値が再確認された。迷宮に訪れる者も増え賑わっている。だが、もう少し易しく書くべきである。内容把握に我の部下が4人も割かれた」
「す、すいません」
だって読んでもらうことあんまりなかったから……
「ここより巣立った者の中には大成し、国に貢献する者も多く、国王陛下は甚く歓心しておられる。そして此度の勇者の一件、そなたの働きは我が領だけではなく、王国と魔族の戦乱を防いだ大功であった。しかし、そなたの名を公に称えることは敵わぬ」
「……弁えて居ります。勇者がこのような愚劣極まりない行動に出たなど、国民の不安を煽ります」
それがアルトリンデンのおれが防いだとあってはなおさらだ。
「アルトリンデンの地は継承で不安定となっている。功績を上げればそなたの名を聞きつけ利用しようとするやもしれん。これはそれらを含めた国王陛下からの配慮である。今後、そなたが多大なる国家への貢献をした折には、ユリレフォンを名乗るが良い」
「はい、ありがたく!!」
次は堂々と褒めてあげるから、名前は変えろってことか。
確かに、迷宮攻略で名を上げたら、利用しようという顔も知らない親戚が現れるかも。
「では我は急ぐ」
一同で領主様をお見送りした。
去り際、領主様は名残惜しそうにセイラ院長を見つめていた。
「セイラ・ユリレフォン。そなたと会うのは二回目だ。覚えておるか?」
「はい。先代様へ陳情に伺った際、ご挨拶させていただきました。ご立派になられましたわ」
「うむ……ならば良し」
ご立派?
一体いつの話だろうか。ねぇ、院長いつの話?
「あの方はね、幼少のころ冒険者を夢見て居られたのよ」
「え?」
「でも、スキルに恵まれなかったと聞きます。それでもと育成校へ入学する直前に先代の御世継が魔獣討伐の遠征で逝去され、次男であられたあの方が領主に」
「なんだか、誰かに似てますね」
「ええ、ここからお城まで二日かかるわ。急いで来てくださったのね」
それはおれへの共感というより、院長を心配してだろう。
覚えていると院長に言われたとき、領主様の顔は威厳や険しさがほんの少し和らいで見えた。
皆で家のなかに戻り、食事をした。
壊された椅子、割られた窓、一部欠けた燭台や壁に空いた穴はまだそのままだ。
気が付くとそれらが発する陰鬱な空気は消えていた。
会話の絶えない騒がしい食事の後、皆が安眠に着いた。




