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4.VS 迷宮ボス

 


 迷宮ボスは実体のない黒い靄(もや)のような姿で待ち構えていた。

 捉えようもない靄(もや)の塊からどこからともなく光線を吐き攻撃する。


 おれのステータスではこの攻撃を避け続けるのは不可能。

 だから、あの三人が『トラップ亜種』を破壊する間、全部『デジャブ』で躱す。




「うぉぉぉぁぁぁぁぁ!!」




 この時の精神への負荷は並大抵のものではない。


『デジャブ』発動中体感したことは記憶と化すだけ。

 肉体に影響はない。


 だが精神には影響する。


『デジャブ』発動中の苦痛、恐怖、死なども記憶という情報として一気に自分にもたらされる。


 全部一回避けるのに2、3回殺されているのだ。



 痛い。

 苦しい。


 もうやめたい。



『デジャブ』発動後はこの精神的負荷によって身体が硬直する。

 ショック状態。

 ちょうどひどい悪夢を見た後、放心しているような状態だ。



 だからおれはこのショック状態の対策をした。


「強壮丸」を一気に三粒飲んだ。

 これにより、おれは『デジャブ』後のフリーズで止まることなく走り抜けられる。


「ぐがっ!?」


 全身の疲労が痛みで覆われた。


 明らかに身体に異常が起きている。


 心肺に多大な負担が掛っているとわかる。




 怖い怖い怖い怖い。




 身体がぶっ飛びそうだ。


 だが実際に死ぬよりマシだ。




「うらぁぁあ!!!」





 まだか!?


『デジャブ』で死を体感し、我に返り、再び『デジャブ』で別の選択して死を体感し……とにかく活路を見出す三回のデジャブの間に幾度も死を経験する。




 泣き叫んだ。


 もうやめてくれと。


 感情が死んでいく。


 なんでおれがこんな目に!?


 意志が保てなくなっていく。


 もういいだろうか?


 こんなことして意味あるのか?



 おれは何をしてるんだろう……




「うわぁぁぁ『デジャブ』!!」


 もはや思考と身体は別に動いた。

 どれだけ弱腰になろうと、おれの意志が最後までやり遂げることを身体に強制する。



 三度の『デジャブ』で、魔力を使い切り「上級魔力回復薬」を一気飲み。

 間髪入れず攻撃を避ける。


「『デジャブ』! 『デジャブ』! 『デジャブ』!」


 方向転換の度にデジャブを連発し、魔力が尽きたら「上級魔力回復薬」で回復、身体が重くなってきたら「強壮丸」で無理やり動かす。



 とにかく全力疾走し続ける。

 少しでも速度を緩めれば捕まる。


「うおおお『デジャブ』――『デジャブ』、『デジャブ』――っう!!」


 何度シュミレーションしてもどの方向に進んでもマズいヴィジョンが浮かんだ。


 恐れていたことが起きた。


 攻撃パターンが一種類とは限らない。

『デジャブ』三回では足りなくなった。

 おれのスピードではどこに進んでも死が待っている。



 用意していた「爆裂方陣札」を五枚一気に起動。

 もう安全策もクソも無い。


 破れかぶれだ!!!



「うらぁぁぁ!!!」



 周囲と前方へ放ち、おれは爆発の衝撃に包まれた。






 反動で吹き飛んだからか、爆裂の魔法で相手の攻撃が逸れたかしたらしい。



「ぐへぇ!!」


 錐揉み状態で宙に放り出されそのまま思いっきり地面に叩きつけられた。






 い、生きてる!!


 よしよしよし!!!


 あー痛ってぇな、ちくしょう!!!


 耐久Fのおれは一般人と変わらない。

 これだけでも大ダメージ。

 でも直撃したら死んでいただろう。





「た、助かった……っう!!」


 見なくてもわかる。

 光線の溜めで部屋が照らされている。


 ヤバい!


 もう攻撃が来る。


 ヤバいヤバい!!

 立て、立て、立て!!

 動け動け動け!!


「うわぁぁぁぁぁぁ!!!!――……あっ」



 爆発の衝撃は「強壮丸」では誤魔化せない。


 だめだ、力が入らない。

 やはり無茶だったか。


「上級魔力回復薬」で回復する暇がない。

 次の攻撃を避けるための『デジャブ』はもう使えない。




「間に合わな――」



「いいや!!」


 諦めかけたその時、部屋に女戦士が現れた。

 こっちへ一直線に向かってくる。


「お前!」


 また――同じだ。

 おれを庇ったらコイツが死ぬ。


「ダメだ!! 来るなぁぁぁ!!」


「『加速』!! 『炎舞』!!」


 光線が花のように散らばり周囲を破壊した。


 女戦士は驚異的なスピードでおれの前に到達。

 二本の戦斧を繰り出し、炎を纏って光線を斬り裂いたのだ。



「うぇ? うそー……」


 おれが防御できないと言ったから、攻撃で相殺したのか。


 いや、普通そんなことするか?

 死ぬ危険が高いと予め知っていてなお、なぜおれなんかを?


「間に合ったでしょ! よっこしょ!!」

「うお……」


 け、景色が一瞬で変わった!!

 続けて放たれた光線がおれたちの元いた場所を焼く。

 おれは女戦士に抱えられて別の場所に退避させられていた。


 気持ち悪い。

 吐きそうだ。


 だがそれをおれは精神力で耐えた。


 不覚にも、年下の女をかっこいいと思ってしまった。

 もうコイツが勇者で良くないか?


「『ヒール』――っとこれで、立てる?」

「あ、ああ――」


 こいつ、ヒーラーの才覚まで持ってるのか。なんてやつだ。

 それにさっきのスキル『加速』も確か伝説の勇者パーティの戦士職が使っていた上級スキルだ。


「だが、おれはもう避けられない。構わず動け、今度は避けろよ!!」

「その必要はないみたいだよ」

「おっ?」


 黒い靄(もや)の様子が変わった。攻撃が止まり、靄(もや)が散り、消えていく。


「あの二人もそろそろ終わらせたでしょうね」


 さっきのが最後の攻撃だったらしい。

 おれの読み通り、奴の実態は迷宮のトラップに紛れていたのだ。

 ルーアンか勇者がそれらを破壊したんだろう。





 黒い靄(もや)は雄叫びを上げながら消滅した。




「やった――やったよ、ヴィンセント!!!」

「あ、ああ……あれ?」


 よく見ると、まだ何か残っている。


 赤い眼玉が宙に浮いていた。あれが核か?


「ちぇ、なんだよ。まだトドメじゃなかったのか」

「ちょっと待て」

「おぅ?」


 無警戒で近づこうとする女戦士を呼び止めた。

 ここはトラップ迷宮だ。

 最後まで気は抜けない。


 おれは回復薬を飲んで『デジャブ』を発動した。


 >黒い涙が靄となって立ちのぼる

 >おれと女戦士を光線で貫抜く


 ――死の記憶だ。


 まさか、あれを破壊しないと復活するのか?

 いや、そうだ。

 迷宮のトラップは何度破壊しても元に戻る。

 なら奴の実体である『トラップ亜種』も時間が経てば――


「おい、早く破壊するんだ!!」

「お、おー!!」


 女戦士が両手の戦斧を手慣れた手つきで振り下ろした。

 しかし球体は頑強かつフヨフヨと浮遊して、上手く直撃しない。

 それに彼女の武器の問題もありそうだ。


「しまった、さっきの光線で刃が!」


 光線の威力を殺しきれなかったため、刃が潰れている。

 黒い靄が湧き始めた。


「そうだ!! これだ!!」


 残っていた「爆裂方陣札」×5を球体に張り付け発動させた。


「さすがだね。よっと!!」

「うぉお!?」


 女戦士が『加速』でおれを抱え一気に距離を取る。

 おれの顔面スレスレを光線が通った。


「『マテリアルガード』!」


 女戦士が二振りの斧を盾にスキルを発動した。

 部屋を振動させる巨大な爆発が起きた。


 おれは女戦士の背に匿われ、その轟音と爆発と飛び散った破片で変形していく部屋を見ていた。


 それは一瞬のことだったが、その変化はあまりにも大きかった。





「うわぁ、さすが300万ゴールドの爆発……」

「値段を言うな」


 300万ゴールドで大体一般市民の年収に値する。

 誰でもお手軽に大規模な攻撃をできるということで大変高価なアイテムだ。





 爆発の煙が晴れる。


 部屋を覆っていた禍々しい気配は消え去り、淡い光が差し込んだ。

 部屋の奥の扉が開いた。



「これ、は――」

「やった!! 攻略だよ!! ついに迷宮攻略したんだ!!」

「はぇ?」


 女戦士が抱き着いてきた。

 正直おれは「強壮丸」の副作用で立っているだけでやっとだ。


 安心感で身体の力が抜けた。


「うわ、大丈夫? 『強壮丸』何個飲んだのよ?」

「……七個」

「死ぬよぉぉ!!? 『ヒール』!! 『ヒール』!! 『リフレッシュ』!!」


 慌てる女戦士。

 極度の疲労で血管や筋肉、骨を痛めていたらしい。

 体中に青い筋ができ、所々赤く血がにじんでいる。


「……おい、いいのか?」


 迷宮を攻略した特典はアイテムと財宝。

 それには目もくれず女戦士はおれの治療に必死だ。


「『ヒール』、『ヒール』、『ヒール』!!」

「おい、もうだいぶ楽になった。大丈夫だから」

「ほ、本当か?」


 おれはそんなにひどい見た目なのか?

 ああ、気が付いたら服が血だらけだ。


「『強壮丸』なんて続けて二個飲んだだけでヤバいのに。無茶しすぎだぞ!!」

「お、怒るなよ。おれにはあれしか無かったんだ」

「いや、それは……もういい!」


 なんでおれはコイツに怒られているんだ? 理不尽な……


「お前、なんでおれにそんなに、その……親身になってくれるんだ?」


 ずっと聞きたかったことだ。おれを救ってコイツにメリットがあるとは思えなかった。


「……え、えーっとーう~ん」


 照れながら言いよどむ女戦士。


「私たち、半年前からこの迷宮に何度も挑戦してるって話したっけ?」

「ああ、新米勇者に箔を付けたいんだったな」

「それで、全然先に進めないときに、あなたを迷宮で見かけてね」


 ああ、そういうことか。初対面じゃなかったか。なんか気づかず貸しを作っていた?


「……あれが本当のプロっぽくてちょっとかっこいいなと」

「ああ゛?」


 こいつおちょくってのか?

 この無様な今のおれに対する皮肉なのか?


「いや、女子がかっこいいって言ってるのになんで怒ってるのさ!!」

「馬鹿にしているのかと」

「……ひねくれすぎだよ。それ直したら?」

「ムリだ。三十過ぎたら一生こうだ」

「アハハ、そりゃご愁傷様だね!!」


 ああ、おれはこの笑顔のために戦ったんだな。

 これが仲間と勝ち取った勝利の余韻か。


 女戦士クレアの膝に頭をもたげ、宝そっちのけで他愛のない話に興じた。

 それはとても温かで、心地よいものだった。



 おれは初めて仲間と冒険をして任務を達成した充足感に浸った。


ここまで読んでいただきありがとうございます。最初のエピソードいかがでしたでしょうか。

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