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33.聖母の懺悔



「まずは彼の傷を治さないとね。『エクストラヒール』」


無詠唱で聖属性の上級魔法。


この人がクレアの母親、『聖母』――


痛みが消え、起き上がり、顔を見た。



「どうしたの、ヴィン? ママだよ? はい、初めましてーして。……ほら! ママ、私の彼氏ー! 初めましてー……あれ?」


やがて陽気なテンションがこの場にそぐわないと気が付いたクレアは、おれと母親の間にあるものが何かわからず狼狽えていた。しかしおれにそれをフォローする余裕はなかった。


「……ママ?」

「久しぶりだね、ヴィンセント」

「ソフィア」




ソフィア=グリジアは最低最悪の偽善者である。



アルトリンデン辺境伯領で発生した流行病を治療するためにやって来たこの女は領主であるおれの父親に取り入り、当時裏切り者の選別などを行っていたおれに領内の不幸な出来事全ての責任を負わせ処刑に追い込もうとした。



平気で人を、子供を騙し陥れる本物の悪人だ。






「待って、ママがそんなことするはずが」

「……クレア」


おれはクレアのことは信用している。

だが、これは偶然か?


おれがこの世で最も憎む女の娘が、おれの恋人?


「あなたをあの場所から引き離そうとしたことは本当よ」

「やっぱり、てめぇが父上を焚きつけて」

「それにあなたが居ては民が苦しめられたことも事実」

「――なに?」




アルトリンデンの圧政は酷いものだった。巨大な領地ともなれば敵も多いが外敵だけではなく抱える領民も多い。だが、そこを流行病や飢饉が襲った。領主が行ったのは粛清という名の間引きと、見せしめ。

粛清の対象として誰を選んだのか。

皆、領の暮らしを憂いて直訴していた市民の代表たち。




そう言われても到底納得しかねる。


確かに、父上は悪人だったかもしれないが、領のためにやっていた。

おれはそう信じていた。


だがソフィアは揺るがぬ事実をおれに突き付けた。


「あなたの力はまだ小さかった。でも私には視えたの。『予知』によってあなたの『デジャブ』が覚醒し、あなたは全ての不都合を帳消しにできる力を得ると」


――『トゥワイス』。


「そうなれば、もう辺境伯の力を抑え込める者はいなくなっていたでしょう。でも、あなたを説得しようにもあそこに居ては何も変わらない。だから私はあなたを引き取ると申し出たの」

「引き取る? おれを?」



おれは二十年前のことを思い出した。



よく覚えている。

父上が歓待し、おれと遊ぶこと許した数少ない人間。


‶ソフィーお姉ちゃん〟


屋敷の連中も兄上たちも皆おれのことを不気味なものを見る目で見ていた。

ソフィーお姉ちゃんだけがおれを普通の子供として扱ってくれた。




だがその日、父上とお姉ちゃんは激しく口論していたのを盗み聞いた。


『この不幸の数々の原因はあの子です。あの子の力は運命を捻じ曲げる。いずれ捻じ曲げ回避してきた不運がまとまってあなたとこの領を一気に襲います。そう『予知』ででました』

『これ以上の不幸が続くと申すのか? なんだ、ワシはど、どうすれば良いのだ?』

『彼を神殿で預かりましょう。運命の荒波に耐え忍び、生き延びるには神のご加護が必要です』



そうだ。あんなに優しくしてくれたお姉ちゃんがハッキリとおれを糾弾したのがショックで裏切られた気がした。

それで忘れていた。

おれは処刑の前に神殿に行くはずだった。


父上はその前におれを処刑しようとした。

領民への贖罪として。

いや、おれの口封じだったのか……


いつからだ。

ソフィアがおれを処刑させようとしたと勘違いしていた。


「私が気が付いた時にはすでに処刑の段取りが進んでいました。救い出そうとしたときにはあなたは居らず、探しても見つからなかった」


ソフィアは真っ直ぐこちらを見つめていた。


「ごめんなさい」


なんだ?


「ごめんなさい」


なんだよ、全部おれの勘違いだったっていうのか?

おれの思い過ごしで、被害妄想だったとでも?


「ごめんね、私はあなたを救えなかった」


だとしても、この人が半端に関わろうしたせいで、おれは――



おれは不条理や運の悪さを飲み込んで、無かったことにできるほど器の大きい人間じゃない。




この人を恨みたい。罵りたい。

でも同時に、一度崩壊した幼き日の思い出がバシバシと頭の中で光った。


当時のおれが何かを訴えかけているような。


それがおれの判断を鈍らせる。

決定に待ったをかける。


結論が出ない。気持ち悪い、歯がゆい。



ぐちゃぐちゃになった思考を放棄して、おれはようやく彼女の顔を見た。



その表情を。



ああ、この人は二十年間、この審判の時が来るを恐れ、待ち続け、今、自ら裁かれに来たのか。




おれに真実を告げに来たのではなく、許しを請いに来たのではなく、ただただ、おれの裁きを待っている。




ソフィア=グリジアは最低最悪の偽善者ではないのかもしれない。


少なくとも平気で人を、子供を騙し陥れるような悪人では無かった。




悪人は騙す相手に恐怖して固まったりしない。



「あなたを許せるかどうかは分からない。事情がどうであれ、真実がどうであれ十歳のヴィンセントは信頼していたソフィーお姉ちゃんに裏切られた。それは変わらない」



彼女はコクリとぎこちなくうなずいた。



「でも、納得はできた」



あのままだったら、おれはもっと早く『トゥワイス』の能力が覚醒して、それを父上のために使っていただろう。

何の疑問も無く。


自分で道を選ぶことも、クレアと出会うことも無かった。


クレアが心配そうにこちらを見ている。

院長の言葉が浮かんだ。


クレアを大切にする。

それと「人のために」


難しいな。

おれはどうしても「自分のために」になるよ。



「あなたの話、おれを救おうとしてくれた気持ちを信じるよ」



ソフィーお姉ちゃんはありがとうとごめんねを繰り返した。


「おれが信じたいから。おれが前に進むために必要だから」


彼女はもう聞こえているのかどうか。

罪の意識で固まった身体が解凍して、力なくその場にへたり込み、押し留めていた感情があふれ出していた。






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