22.護衛任務
準備を終えておれたちは街を出ることにした。
「ヴィン、私はあなたを誇りに思います」
「院長」
院長がおれをそっと抱きしめてくれた。
子供の時よくそうしてもらっていたように。
親に捨てられ、奴隷になりそうだったおれを救ってくれた院長。
実の母親のことなどもう覚えていない。
だが、この人のことさえ覚えていればいい。
「あなたには苦しい境遇の者の気持ちがわかる。きっとこれからたくさんの人を救えるでしょう。不安なことや壁にぶつかることもたくさんあるかもしれません。でも夢を叶えたあなたにならきっとどうにかできるわ。そんなあなたの背中を、見守る家族がここにいることも忘れないでね」
「はい」
「たまには手紙を書いてね」
「はい」
「クレアさんを大切にね」
「はい」
「ちゃんとご飯も食べて、下着は毎日取り換えるのよ」
「はい」
だんだん院長の声は小さくなり、フルフルと涙を流し始めた。
やばい、おれも泣きそうだ。
そう思ったとき先にガキどもが泣き始めた。
「おい、おれが居ない間院長を頼んだぞ」
「うっせ、言われなくてもわかってる」
「おれの方がずっと立派な冒険者になってやる」
「こっちの心配する暇があったら自分の心配しろよな」
「せいぜいクレアさんに捨てられないよう頑張りなさいよ!」
「――ああ。お前らもがんばれよ」
あいさつを終えて、二人で街を出発する。
「さびしい?」
「ああ、少しな。でも大丈夫だろ」
「私がいるから?」
「そうかもな」
二人でくっ付いて歩いていると、視線を感じる。
そこには5人組の冒険者パーティ。
D級冒険者パーティ『鉄の盾』――魔導士、僧侶、盗賊、剣士、戦士というバランスいいパーティ構成。
リーダーのつるっとした中年オヤジはⅭ級で経験豊富。
今回、おれたちは次の宿場町まで商人の護衛任務を受けた。
正確に言えば受けたのは別の冒険者パーティでおれたちがそれに同行することになった。
学ぶには最良の先生たちだ。
「あの~」
そのリーダーがクレアに話しかける。
「はい?」
「彼は、その実戦経験は……」
「ヴィンは経験豊富です。あ、でも魔物や魔獣との戦闘は――」
「ほぼないな」
ほぼと言ったが、ない。
全くない。
迷宮で魔物と遭遇したときは必ず逃げていたからな。
死ぬし。
「そうですか」
『鉄の盾』の面々からうすら寒い視線を感じる。
「大丈夫だ。おれは勇者に勝った男だからな」
冷たい視線がさらに冷ややかになっていくのがわかる。
どうやら信じられていない。
彼らは勇者との決闘について知らないようだ。
「ク、クレアさん。何か事情でも?」
「へ?」
「我々で力になれることがあったら言って下さい。同じ冒険者なのですから」
おれとクレアの関係を誤解されているようだ。
依頼主が待っているのでそのまま街を出発した。
街道とは名ばかりで草の生えた悪路を進む。
周囲には森があり、魔物や魔獣の襲撃が容易に起こり得る。
隆起した丘は待ち伏せする山賊が隠れるのに好都合だ。
『デジャブ』で確認する。
よし、安全だ。
「君、隊列を乱さないでくれ」
「邪魔よ。視界に入らないでくれる?」
「前方の警戒はぼくの役目だ」
斥候を兼ねた盗賊職の男が先に安全を確認する。
馬車の左右に戦士と剣士。
後方に魔導士と僧侶。
そのさらに後ろにおれとクレアが付いて行く。
「あーあ。怒られた」
「クレアの方がランクが上だろう。なぜ意見しない」
「私はただ強い者が優れているって考えじゃないよ。『鉄の盾』はD級のパーティ。ステータスではヴィンの方が上だろうけど、今は黙って彼らの動きを観察するといいよ」
彼らは冒険者ランク、パーティ構成、実績など標準的な冒険者たちだ。
なるほど。
この「標準」に達することができる者は多くない。
世間一般でイッパシと評価されるのがD級からだったか。
「それに、私はちょっと信用されてないからね」
「え?」
「ヴィンもね」
前の二人の会話が聞こえて来た。
僧侶と魔導士の少女だ。
『信じらんない。クレアさん程の人があんなヒモに付きまとわれているなんて!』
『人の趣味はそれぞれですからな。彼女はまだ若いですから何か理由があるのでしょう』
『脅されてんのよ。それか弱みを握られて?』
『ソレ、一緒ですよ』
おれはクレアのヒモだと思われたようだ。
三十歳にもなって女のヒモとか情けない。
「すまん、クレア。お前まで信用を損なっているとは」
「ダイジョウブダイジョウブ。ヴィンが頼りになるって私は分かってるから」
「ゴブリンだ!」
突如、盗賊職の男が警戒を促した。
その声に反応して、魔導士の少女が詠唱を始めた。
狡猾で武器を用いるゴブリンは少女を弓で狙った。
それを読んでいた戦士職のリーダーが盾で矢を防いだ。
傾斜した草むらを駆け下りてくる五匹のゴブリン。
こちらに到達する前に少女の風魔法が炸裂した。
すかさず戦士と盗賊が切り込む。
戦士は馬車を守り、僧侶は反対側を警戒している。
ゴブリンには何もさせない。
「お見事。お手本のような戦い方だね」
「いや~、A級冒険者のクレアさんにそう言っていただけるとは光栄です」
確かに、この連携と安定感をわざわざ崩す必要はない。
「軽装備のゴブリンが五匹、これは斥候かもしれないな。報告しよう」
ゴブリンの耳が討伐報告に必要となる。
死体は焼いておく。
後処理も重労働だ。
ほう、こうやっているのか。
「ちょっと、見てないで手伝いなさいよ」
「あ、ああ……」
「気が利かないわね!」
魔導士の少女は特におれに不満があるらしい。
「じゃあ、私も」
「クレアさんはいいの! ちょっと休みましょう! さぁ」
ふむ。
初めてやるが、手順は覚えた。
ひどいにおいを放っていて敬遠される作業だろう。
これにも慣れなければならない。
『鉄の盾』はすぐさま武器の状態を確認し、刃に着いた血のりを落とし、砥石を当てる。
きびきびしてる。
見習おう。
街から街の移動は丸一日掛かる。
日が暮れてくる前に攻め込まれ難い場所を見つけ野営。
こんなところか。
信用が無いので見張り役も任されなかった。
見張り役の盗賊職の男にやることを聞きに行ったが「気が散る」からと突っぱねられた。
おれは早々に眠りについた。