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13.クレア2

 


 たった二日。


 その間にヴィンは信じられないぐらい成長した。


 本当にあの勇者に勝ってしまった。

 しかも勇者は『身体強化』のスキルを使ったのに、完全に圧倒していた。



 すごい。



 私は彼にそういう強さを求めていたわけではないし、まぁ私の方が強いけど。

 それでもあの戦い方は誇りある冒険者の中の冒険者の者だった。


 私は彼の迷いなく戦う雄姿が、どこかお父さんに似ていると感じた。



 いや、おじさん的な意味ではなく。



 戦いで大事なものは度胸。

 彼にはそれがある。


 いくら『デジャブ』である程度の選択肢を絞れていたとしても、戦いの全てを見通しているわけじゃない。

 それでも自分を信じて理性的に戦略を立てて戦う。

 これは並の戦士でも難しい。


 彼には自分が間違わないという信念かプライドのようなものがある。


 ずっと自分だけを信じて来た男だ。

 自分の行動の正しさに確信を持てるのは大きな強みだ。



 それに、彼には鋭敏な観察力がある。


 たぶん、あの恐ろしいトラップだらけの迷宮に潜るうちに身に付いたのだろう。



 彼には些細な変化や、見分け辛い法則性を見極める勘がある。




 それがステータスと戦闘経験で勝る勇者を圧倒した一番の力だと彼は分かっているだろうか。



 そして、わずかな敗因のリスクすら許さない完璧主義。

 徹底した執念。


 強壮丸を三つも食べるなんて私ならできない。

 例え相手がスキルを不正に使って来ると分かっていても……



 彼は敗北するリスクと今後の冒険者生命を秤にかけ、それでも完全な勝利を選んだ。



 私を護るために。



 冒険者にとって決闘の勝敗は法にも近い。

 決闘による取り決めを破ることは禁忌とされる。

 あの時、ヴィンは決闘を受けざるを得ない状況だった。


 もし決闘を拒んでいても、勇者の権威は確実に私の名を貶めていただろう。

 勇者と対立するということはそれだけのリスク。


 でも、勇者の横暴を正す唯一の方法もまた、決闘だったのかもしれない。

 今にして思えば大きな選択を彼に委ねてしまった。



 一回目の私は反対したのだろうか?



 ヴィンの勝利を確信した眼を見て、その勝利を疑うこともしなかったけど、内容としてはギリギリだった。


二回目(トゥワイス)』が起きる原因や条件はまだ未知数。

 でも今後も彼がこれを繰り返す内、彼はよりリスクの高いギリギリの選択をするかもしれない。


 それを止める人が必要だ。

 セイラさんが言ってた通り、ヴィンには仲間、いえ、それ以上の存在がいる。


 私がそうならなければ。



 ◇


 決闘のすぐあと。


 本能がそう囁き、私は彼の唇を奪って見せた。


「クレア?」


 初キスは鉄の味がした。


「これであなたは私のものだからね!」


 きっとこれからもヴィンは人を惹き付ける。

 でも、私は彼の一番だ。

 そうなれるように頑張らないと。



「いやぁ、お熱いな!!」

「ということは、完全に勇者がお邪魔虫だったってことか」

「アマチュアにも色々いるなぁ」


 彼の評判はうなぎのぼり。

 でも肝心の彼は緊張が途切れたのか、私のキスが衝撃だったのか、固まっている。




 あ、強壮丸で沸騰した血をさらに刺激してしまった?



 あ、倒れた。



「ヴィン! ごめんね!! 『ヒール』『ヒール』『ヒール』!!」


 私の膝の上で治療される彼を周りの冒険者たちが笑う。


「勇者の攻撃はあれだけ鮮やかにいなして見せたのに、女の口付けでノックダウンか」

「ガルル!!」

「おい、そう威圧するな」


 人混みをかき分けてやって来たのはこの街のギルドマスター。



「ギルドマスター……ガルル」

「威圧するなって!!」


 ヴィンとは長い付き合いだから信用できるって言うけど、この人は強壮丸のことも知っていたはず。


「実力が無くてアマチュアだったくせに理想だけは高いとくる。だが、あんたの信頼を得て、コイツは何か変わったらしいな」

「私?」

「コイツが他人のために頭を下げるとはな。あんたのためだったわけだ」


 ヴィン、ありがとう。そんなに必死になってくれたんだね。


「やっとこいつも冒険者の何たるかが身について来たようだな」

「そうだね。ヴィンは立派な冒険者になるよ」


「ふざけるな!!」


 歓声をかき消して、勇者が向かってきた。


「あんな決闘は無効だ!!! ルーアンが勝手に邪魔をしたんだ!!! それに、そいつは『強壮丸』を使ったんだろ!? 反則はそっちじゃないか!!」


「お前もスキル使ってたじゃん」

「ぼこぼこにされてたのによく言うぜ」

「女を横取りするために決闘とかダセぇ」

「ルーアンの言ってたのは全部嘘だろ? 決闘する理由がないよな」

「あれって冒険者規約的に合法か?」

「いや、ギリギリだけど勇者だからな」

「因縁つけて決闘とか性質悪いな」


「なぁ……!! き、貴様らぁ~駆け出しの分際で!! 勇者であるこのぼくを侮辱したな!!」



 本当に性質が悪い。

 あそこまで完膚なきまでに叩きのめされて、まだ執着するというの?


 面倒だ。


 ヴィンの素性は知られているし、勇者というだけでこの男の言葉を信じる者がいるかもしれない。




 これは私が引導を渡したほうがいいか。




 勇者の方へ歩み寄る。

 勇者はヘラヘラ笑い出した。

 何を勘違いしているのか。


 もうそんな顔もできなくなるというに。


「ぁぅ」


 突然前に割り込まれてぶつかってしまった。

 誰だー!


「勇者、随分勝手なことをしてくれたな」

「ギルドマスター?」


 邪魔なんですけど。


「おい、勇者であるこのぼくに逆らうのか? この街のギルドがどうなっても知らないぞ!」

「お前こそ、冒険者ギルドを舐めるなよ?」

「何ぃ?」


 ギルドマスターがコチラをチラリと見た。


 なに?


 邪魔ですが?



 今からそいつを叩きのめすのですが?



「クレアのパーティメンバー解除についての書類だ。彼女は決闘の前にすでにお前のパーティを抜けている。これは契約による更新申請が無かったことによる正式な処置だ」

「な、なにを勝手なことを!!」

「加えて、これはお前が提出した迷宮攻略の報告書だ。なんだこれは?」

「あ?」



 ギルドマスターの意図が読めた。



「報告書ではヴィンセントのことが一切書かれていない。それどころか、あの迷宮ボスの特殊な性質についても虚偽の申請をしたな?」

「……そ、それはいや……」




 ギルドマスターから手渡された報告書を読んでみる。


 勇者は迷宮攻略を自分の手柄にするためかヴィンのことを記述していない。

 それだけではなく、『トラップ亜種』破壊という攻略条件を報告から意図的に省いてる?


 なんてことを!


 これでは今後誰もあの迷宮を攻略できない。

 お金を払い情報を得ても、ランクが上がって情報公開を受けても絶対に攻略できないのだ。



 迷宮の攻略という名誉を独占するためだ。




 それによって今後あの迷宮でどれだけの冒険者が命を落とすだろう。




「これは明らかな虚偽報告だ。この話、領主様の耳に届けば国もお前を庇いはしないだろう」

「そ、そんな……そんな申請ごとき――」


「ふざけんな!!」

「他の冒険者は死んでもいいってのか!!」

「何のための勇者だ!!」


 さすがに他の冒険者たちも、これには堪忍袋の緒が切れたらしい。

 自分の名誉のために他の冒険者を危険に晒した。


 良くて降格。


 最悪ライセンスはく奪の上、投獄だろう。




「お、おい! ぼくはちゃんと報告したぞ!! なぁ、そうだろ!!」


 勇者が受付嬢を恫喝する。

 彼女は一瞬怯んだがすぐに言い返した。


「報告された内容は全て記載されています!」

「う、嘘だ。なぁ、ただの手違いだろ? なぁ、そうだろ!!」

「いいえ、私共の手続きにミスはありません!!」


 もしこの決闘が無ければ、記載漏れで済んだかもしれない。

 しかし、あまりにも信用を失い過ぎた。

 冒険者として一番失ってはいけないものだ。


「こんな、こんなのはおかしいじゃないか!! ぼくは認めないぞ! だってぼくは勇者なんだぞ? 勇者であるぼくが間違っているはずがない!! おい、クレア! お前ぼくがお前のことを好きだって知ってただろ!! なんで裏切った!! なんであんなアマチュアなんかに~――」




 勇者は屈強な職員に連れられて行った。


 信用の無い男からの情報ならヴィンの素性が暴露されても誰も信じない。


「念のため、君のお父様やお母様に根回しをした方が良いかもしれん」

「うん――あ、いや、わかってます。ご尽力に感謝します、ギルドマスター」


 ギルドマスターにとってもこれは気乗りのしない仕事だっただろう。

 勇者に引導を渡すなんて、これを上がどう評価するかは賭けだ。


 お父さんとママ、それにお義母様たちとお義姉ちゃん、お義兄様たち。

 あとお師匠様にこのことを伝えておかないと。



 ギルドマスターに正当な評価が下るように。



 それにヴィンのことだ。

 彼の出自についても悪い噂が広まらないよう頼んでおかないと。

 私も徹底的に彼を護る!





 勇者が連れて行かれた後もギルドマスターからは重要な発表があった。


「迷宮攻略の正しい手順についてはこのヴィンセントから報告を受けた!! 彼は二十年探索に時間を掛けた、知っての通り、『ヴィンルートⅠ~Ⅷ』の開拓者だ!!」


「いや知らねぇ……ヴィンルートのヴィンってあいつのことだったのかよ」

「いつもウロウロしてるだけの無職かと思ってた」

「安全なルートのほとんどを一人で開拓したのか!?」

「普通に地図に書いてある!! いや小さいな!!」

「本当だ、おれの地図にも……」

「これってあいつの名前だったのか」


 わ、私も知らなかったー!!!


 ヴィンルート?

 じ、自分で付けたのかな?

 ああ、きっと広まらなくって言い出せなくなっちゃんだ!!


 うぅ、ヴィン……プライド高すぎだよ。


「クレア、この報告に虚偽は無いな!?」

「ええ、私が保証する。それに迷宮ボスを倒したのはヴィンセント」

「うむ。――皆、朗報だ! 通常、攻略方法という一大機密は相応の情報料とランクアップによる情報閲覧資格の上昇で開示される。だが、攻略した彼の承認の下、我々はこの攻略方法を無償で公開することにした!! せいぜい感謝することだ!!!」



 ベテランも駆け出しも年齢も種族も関係ない。

 屈強なヒューム。

 小柄なホビット。

 猛々しいアマゾネス。

 雄々しい獣人。

 白装束の聖者。

 ローブを纏った魔導士。

 ギルドの職員たち。


 皆総じて歓声を上げた。


 それは迷宮攻略という大ニュースより大きな事件となった。



 彼はギルドマスターと取引をしたのだ。

 迷宮攻略の方法を無償で公開する。


「正しい攻略方法を報告するだけで良かったのに……本当に徹底してるなぁ」




 私の膝ですやすや眠っている彼に果たしてこの歓喜の合唱は届いているのだろうか?



 セイラさんの『人のために』という言葉にあまりピンと来ていなかった顔をしていたのに、しっかり期待に応えたよね。



 この日、ヴィンは街の英雄になった。





 世界で唯一、アマチュアの迷宮攻略者として。


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