紙一重の対面
「あれ?景色が違う」
目を覚ました新堂は見慣れぬ部屋で飛び起きた。
息を整え、隣を見ると乳白色のふかふかの羽毛布団に埋もれた女が微かに寝息を立てていた。
ベッドサイドの鍵にホテルの名前が書いてあり、この女にここまで連れて行かれたことをどうにか思い出した。
(確かそのまま寝たような・・まさか、やってはないよな)
まだ目を覚まさぬ女の顔をそっと眺めた。
日本人とは思えぬ通った鼻柱、化粧を落としたのにけばけばしさが残る目元に透き通った肌・・
「・・どこかでみたような」
突然、彼の脳裏で例のモンタージュが鮮明に浮かんだ。
「蜘蛛女!」
彼が飛び退いた勢いで花瓶が割れ、床一面にカサブランカが飛び散った。
激しい物音に女は目を覚まし、焦げ茶の目に朝日が照りつけ、もう逃げられないと言わんばかりに彼の方を向いた。
「あら、起きてたの」
新堂はとっさに机に置いていた果物ナイフを手にして背中に隠した。
それに気づかなかった裸の女はゆっくりこっちに向かい、壁にもたれる彼の胸に頭を擡げた。
下品な香水の匂いと一歩扱いを誤れば落としかねない命の危険に吐き気がした。
「やめてくれ!」
堪らなくなった新堂は女を振り掃った。
拒絶を露わにした彼に目を丸くしぽかんと口を開けた。
「こんな絶世の美女と言われる私を受け入れないって・・まさかあんたアレなの?」
「・・ほっといてくれ。俺には最愛の彼女がいる」
「そんなの、知ってるわ。切って吐いても女が寄ってきそうな顔してるからちょっかいかけてやっただけよ」
高笑いをあげながら裸のまま爪楊枝のような脚を組み、椅子にふんぞり返った。
恥ずかしげもなく程よく膨らんだ乳房を晒したまま毒々しい臭いの煙草を吸った。
その様子に新堂は顔を逸らし溜息を吐いた。
「やはり女は浅はかだ。今までこうやって言い寄って来た女はたくさんいる。それも俺の存在を手に入れて自惚れたいためのどうでもいい奴ばかり。そんなくだらない色恋にはうんざりしているんだ」
女は紫煙を筋の通った鼻から吐いた。
「へぇ・・案外硬派なのね。これを聴いたからには余計興味を持っちゃうわ」
胸ポケットから写真を取出し、黙って彼女に差し出した。
それには目が小さく平坦な顔の女が写っていた。
「なによ、これが彼女?随分へちゃむくれじゃない」
「百合子だ。俺の冷めた心を彼女は溶かしてくれた」
「心、ね・・もしや貴方って大きな嘘、ついてる?」
彼女の一言に全身をぶちのめすような衝撃が走り、何も言えなくなった。
すべてを見透かすような目で睨まれ、ナイフを持つ手が震えた。
このままではじきに警察だとばれて何するかわからないと思い、隠したナイフを握りしめ、彼女にこう言った。
額には冷や汗が流れ出た。
「ところで、君は俺を殺したくないかい?」
すると急に空気が張りつめ、沈黙が訪れた。
女の様子を窺いつつはらはらしている反面、この蜘蛛女がどんな残虐な方法で自分を殺してくれるか、心のどこかで嵐を待つような気持ちでいた。
暫くして女は大笑いをして口を開いた。
「何言ってるのよ。殺してどうするのさ。そんなことしたら貴方の彼女が殺しに来るわよ。冗談はよして」
新堂も苦笑いをした。
「はは、そりゃそうだな」
胸を撫でおろし、新堂はホテルの前で彼女と別れることにした。
別れ際に女は紙切れを取出し、彼の背広の胸ポケットに刺した。
「私はこんなものよ。また会えたらいいわね」
そのまま彼女は立ち去り、思いの外あっさりした別れにあっけにとられた新堂は紙切れを見て酷く驚いた。
「榎本 富子・・!まさか・・蜘蛛女は死んだはずの富子だったってのか?」
すぐさま追いかけたが時すでに遅く、女は新宿の人ごみに紛れて消えてしまった。
メモに電話番号も書かれていたのですぐに電話をかけてみたが、近所の肛門科に繋がり彼はさらに狐に抓まれた気分で家に帰った。




