エリカの苦悩
「っそんな事っ‼︎わかってるわよ‼︎」
まだ10歳にも満たない子供に図星を突かれて、あたしは思わず部屋を飛び出した。
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あたしはエリカ。シンフォート公爵家の後妻として、ここで暮らしている。
私がどうしてシンフォート家に嫁ぐことになったのかと言うと、至極単純な理由で。
前妻のシンシア様付き人があたしだったからというだけだ。
ガゼル様はあたしを愛しているわけじゃない。愛してるのは、シンシア様とその忘れ形見であるレイだけだ。
あたしとシンシア様は、シンシア様が回復魔法のエキスパートとして〈聖女〉の地位に就いたときに、知り合った。
その時あたしは、シンシア様の付き人を任された。回復魔法が使える人間にとって、聖女様の付き人になれることは名誉なことなのだ。けれど、あたしは少しも嬉しくなかった。
だって、聖女になるのはあたしだったはずなんだから…。
それを突然現れたシンシア様によって奪われたしまった。あたしはシンシア様に心から仕えることなんてできなかった。
最初は。
シンシア様は、固く心を閉ざしたあたしにこんな言葉をかけてくださった。
「エリカちゃん、貴方は私が憎いでしょう?」
何時もの様に食事を運んできた私にシンシア様が突然投げ掛けた言葉は衝撃だった。
「突然出てきた私に聖女の座を奪われて。でもね、私聖女になりたくて回復魔法を極めた訳じゃないの。」
聖女になりかった訳じゃない?
なにそれ、なにそれっ、なにそれ‼︎
じゃあ、あたしは聖女になる気も無い女にその座を奪われたの⁉︎
あたしは怒りで唇を噛み締めた。
でも、シンシア様はその間も静かに言葉を紡いだ。
「私、貴方に聖女の地位を譲ってもいいと思っているの」
譲る?ふざけてるの!これ以上私の誇りを汚さないで‼︎
「…でっ。ふざけないで…。」
シンシア様はあたしの小さな声を拾ってくれた。
「貴方はあたしより力があったから、聖女になれたんですよ‼︎あたしに力がなかったから貴方に負けたんですっ‼︎それをっそれをっ譲る?ふざけないで下さい‼︎
他人に情けで譲って貰った地位に価値はありません!自分の力で掴むから価値があるんです!仮にもあたしに勝ってその地位にいる貴方が、そんなことしないでください‼︎」
あたしは息を切らしながらシンシア様の目を真っ直ぐ見つめた。逸らしてしまったら負けてしまう様な気がしたから。涙が溢れそうだったけれど、なんとか涙だけは流すまいと。
「貴方ならそう言うと思っていたわ。でも、私が聖女になりたくなかったのは本当よ。だから、私を超えて。私から聖女の名を実力で奪ってみせて、貴方にはそれだけの力があるわ。」
そう言って笑って下さった。
あたしはその時、嬉しかったんだ。だってシンシア様は私の事なんてなんとも思ってないと思ってたから。あたしの力を認めてくれて、自分を超えられると言ってくれて、それまでのモヤモヤが一気に晴れた様だった。
その時からあたしはシンシア様に心から使えることが出来るようになった。
それから何年かして、シンシア様はシンフォート公爵家当主のガゼル・シンフォート様とご結婚なされた。
ガゼル様はこのバスティア王国の宰相閣下に最年少で就任なさった。宰相になる前から、魔法使いとしての才能を認められ、数多くの戦で前線で戦っていらした。その経験から考えられるガゼル様の戦での戦略は舌をまくものばかりだったという。そんなガゼル様はシンシア様に一目惚れしたそうで、毎日の様にシンシア様を訪ねては口説いていらした。その場で一緒にそれを聞いていたあたしの恥ずかしさといったら…。言葉では表せない。
でも、幸せそうに笑い合うお二人の姿をあたしは生涯忘れることはないだろう。
そして、あたしにとって忘れられない日がやって来た。
その日あたしはシンシア様のお子様が生まれそうだと報せを受けて、シンフォート家に来ていた。助産士に邪魔だと言われて、客室でガゼル様と共に待たされていた。
「…ガゼル様、お子様のお名前は決めてあるのですか?」
あたしは沈黙に耐えられなくなって、口を開いた。
「あぁ、決まってるいるよ。“レイ”そう名付けようと思う。男でも女でも」
「どんな意味が込められているのですか?」
「東方の国で使われている文字で“零”(レイ)はゼロを表わすそうだ。ゼロとは何も無いのではなく、そこからいくらでも生み出せるということだろう?自らの力でたくさんのものを生み出して欲しい。そんな想いを込めたんだ。」
ガゼル様は慈愛に満ちた表情で微笑んだ。
その時の美しさといったら!
そんな他愛もない話をしていると、1人のメイドが息を切らせて入ってきた。
「御生れになります‼︎」
私達は言葉を交わす事なく、シンシア様の元へ急いだ。
助産室の前まで来ると、元気な産声が聞こえた。それを聞いて産まれたのだと、私の敬愛するシンシア様とガゼル様の御子が産まれたのだと。やっと実感することができた。
ガゼル様も同様のようで、暫く助産室の前で放心なさっていた。




