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大好きな恋

“振られた”パソコンの画面にこの4文字だけが映っていた。パソコンの前でキーボードに指を置いたまま約20分。この言葉を打ったきり、次のコトバがでてこない。この4文字持つ圧倒的な喪失感と精神を壊す力。幸せの頂点にいると思い込んでいた私にたたきつけられた現実は厳しいものだった。


ちょうど去年の12月ごろだった。大学時代の友人から合コンのお誘いがあった。誘ってきた彼女とは卒業してから会うことは少なかったが、この年になると合コンの誘いなども減ってくるから、引き受けた。それなりにおしゃれをし、期待も、少しだけもって望んだ。人数は3対3の6人、幹事の二人は社会人サークルで知り合ったらしい。女性側の幹事は相手の幹事のことを気にしていて、何度か二人で飲んだあと、友達を含めてご飯にでも行こうか、ということになったらしい。商社に勤めている、という幹事の男性の連れは同僚ということだった。少し体格のいい体育会系出身という一人が私の前に座った。商社といえばお金を持って遊んでいるんだろうな、というイメージがあったけど、彼の顔をみると、体格のわりに目がくりっとしたたれ目の顔で、遊んでるというよりかは、硬派で無垢な感じがした。

「へ~小説家目指してるんだ、すごいね。」

自己紹介で小説家を目指しているウェイターです。というと少し憐みと同情が交った目で見られることがおおい。いくら楽天的な私でも、そういった人の感情に敏感でなければ小説家など目指していない。今回もいつもの雰囲気になりそうだった。

「何かに掲載された?今度読んでみたいな。」

「いや、アルバイトで書いたコラムとかそんな記事しか・・・」

「あ、そうなんだ」

「でも、これからですよ!必ず、成功します。」

変な空気にしてしまわないように、いつも自分を鼓舞するためのセリフをその場で言いながら明るく笑ってみせた。

前に座っていたあの体格のいい優しい目をした彼はすっ私を正面から見つめ

「そうなんだ、がんばってね」

とその目にあう優しい声と口調でそう励ましてくれた。そのまま、ふっと目をそらして、次の話題に移っていったその場だったが、私はその横顔、たれ目から目が離せなかった。その後も機会があるたびに彼の横顔や顔を盗み見るようなことをしていたが、ついにその日はそれ以降目があうことはなかった。


それから、その会で幹事だった二人が急接近したことをきっかけに同メンバーで何度か遊びに行くことがあった。バレンタインデーも近づいたある日、やっぱりたれ目の彼にチョコをあげるべきか、と悩んでいた私がパソコンで作り方を調べていたところだった。ふいにパソコンの画面でブラウザが勝手に何枚も表示されるようになってしまった。ウィルスだ、と思った私は、とりあえず、LANケール部を抜いて、パソコンの電源を消した。そのまま私は彼に電話をかけていた。彼は学生時代はIT関連の勉強もしたことがある、と言っていたのを思い出したのだった。電話で約束をし、後日彼がウィルスにかかってしまったパソコンを見てくれることになった。当日は小一時間ほどでパソコンはもとに戻り、心配していた、保存データも問題なく残っていた。


その、帰り道のことだった。

「すごいね、すごいね、あっという間に元に戻しちゃった」

「どんなサイトみてたんだよ、もう変なとこ除くなよ」

「あ、はい」

「そういえば小説のほうはどう?」

一瞬怒ったような口調になったが、すぐに口調が変わって言った。

「うん、書いてるよ。」

「そっか、どう?どこかに載せてもらえそう?」

「うーん。どうかな。読んではアドバイスをもらって、という感じ。」

「大丈夫、そのうちチャンスはあるよ」

「ありがとう。私もそう信じてる。ただ、現実はこうだからね」

少し恥ずかしくなってしまって、私は必至に話題をかえようとあたりを見回した。

「あ、着てるコートすごいいい生地使ってそうだね、ちょっと触らせてよ」

いいながら彼のひじのあたりを触れるかふれないか触ってみた。

「・・・そっちのもよさそうじゃん」

一瞬無言になったかれが今度は私のひじに触れてきた。

直に肌に触れられたわけでもないが、その感覚に全身が熱くなるのを感じた。そのまま彼は自然に手を私の手のほうにすべらせて、手をにぎった。

「え、ちょっと何」

あわてた私は思い切り拒否反応をしめし、彼の手から自分の手を抜き取った。

「何、何、どうしたの」

にやっと悪い顔をしながら、何事もなかったかのように再び手に触れようとしてくる彼から逃れるように速足になる私だったが、その後ろから、

「ちょっと待ってよ」

声と同時に再び手を彼にとられてしまった。今度は振りほどかず、そのまま黙っていた。満足したような顔をした彼に精一杯のいじわる心をこめて

「私、手冷たいんだよね」

とだけ言った。

「じゃぁ、温めなきゃね」

それから3か月二人はとても仲良かった。

「まだ3か月だよね。こんだけ仲良いと1年たったころにはどれだけ仲良くなってるかわからないよ。」

ただ、その日は突然やってきた。


今思い返してみれば、その関係が微妙になってきたのはその少し前からだっただろうか。まず、毎日やり取りしていたメールが来なくなった。外で会うことが減り、おうちデートが増えていった。体調が悪くなった、仕事が忙しくなった、とある日、3日連絡がなかった。こちらからもしなかった。すでにこちらからしなければやり取りは永遠になくなっていた関係だった。4日目に来たメールの内容はこうだった。

「由美子、すまん、もう別れよう。俺由美子のこと好きじゃなくなったみたい。」


思い出してまた思い出して涙があふれてきた。たまらず、すぐ横のベッドから布団をはがして座ったまま上からそれをかぶった。大きな声で泣きだした。一方的なメールでの連絡では何がなにだか一瞬は理解できなかった。そのうち何が悲しくて泣いているのかわからなくなった。泣く行為に酔いしれた。


カラン、相変わらず古風な音が鳴る、なんて考えながら薄暗い店内を見回す。キッチンから物音がする、オーナーが仕込みをしているらしかった。

結局昨日は筆が進まなかった。泣き疲れて眠る、という子供みたいなことをして朝を迎えた。思ったよりも失恋というのは心が痛いのだ、と改めて思った。しかし、どれだけ辛くとも、筆が進まなくとも、生活のための仕事に来なくては。


原因はなんだったのだろう。店の掃除をし、今日のメニューを看板に書きながらふと考えた。

「たぶんあれかな。最後きっかけは。」

体調が悪いといった彼が約束を破った。前日にすごい酔っていた彼は二日酔いなのだと想像した。それを軽く攻めた。

それ以前にも、彼の趣味に対する軽い冗談や店の人への接客態度への意見など、食い違う点が多々あった。冷静になればなるほど、二人は最初から違っていたんだということが浮き彫りになってきていた。

「おーい、由美子どうした」

「由美子さん、大丈夫ですか」

「え」

考え事をしていたら、いつの間にか5時近くだったらしい。怜亜が出勤してきていた。

「あ、ごめんなさい。私まだ開店準備終わってなかった。看板、これ出しますね。」

壁にかかった時計をみて、看板を手に扉を開けて外にでていく。最近、この店に来れば本物の恋がおいてある、という噂がささやかれているようで、客の入りは上々、5時すぎから客が入りはじめるのだ。それはイケメンの部類に入る店長のことが近所で話題になっているからだろうか、それともその店長が作る家庭的な料理の数々が要因か。いずれにしても、彼のことを考えている暇はなさそうだ。


「オーナー、あれ絶対失恋ですよ。この前連絡ないってぼやいてたし。」

「はあ、よくわかるな。」

「そりゃ経験者ですから。」

「あーお前もふられたんだよな」

「そんなことより今チャンスですよ!失恋したばっかりの女は落ちやすいです。」

扉が閉まるか閉まらないかというところで、二人の会話が聞こえてきた。怜亜の声は心底楽しそうで、そしてたぶんにやっと悪い顔を見せながら言っていているに違いなかった。

「そうなのか。でも今、由美子28だろ、俺と・・13歳離れてるんだよ~一回り以内って言ってたんだよね」

「何言ってんですか!大丈夫ですよ~押しちゃえ!押しちゃえ」

「でもな~」

「失恋なんて恐れることないですって」

「ちょっと待ってよ、失恋前提なの!?」


外にいても聞こえる彼女たちの明るい声を聞きながら、店の札をOPENにする。

「さ、絶対幸せになるよ」

再び店の扉を開けて中に入る。二人の会話はまだ続いているようだった。

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