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【お見舞い編】宗佐×鈴 『ひとりじゃない』

「俺が持っていく……」


 四人の中、誰が鈴に持っていくかという話題で誰よりも早く手を挙げたのは宗佐だった。美有貴だけは「ずるい」と反対したが、孝司とシオンは快く譲ってくれた。シオンは後片付けがあったし、孝司は先ほど一人で鈴の部屋に行った時にうっかり着替え途中を見てしまったとかで、自主的に辞退していた。

 シオンが美有貴に片付けを手伝うように言ってくれて、宗佐の希望は叶えられることになった。


「ごはん、フォーク、デザート、スプーン、スポーツドリンク、くすり」


 シオンに手伝ってもらいながら忘れ物がないか指さし確認をして、鈴の家にあった大きめのお盆にのせていく。慣れないせいか、慎重に運んでいるのに、がちゃがちゃと器同士が触れ合って不安定な音を立てた。孝司が「おい、無理すんな」と心配して声を掛けてくれたが、宗佐は首を振って手伝いを拒否した。

 だが、頼めばよかったかもしれない。

 閉ざされたドアの前で宗佐はノックもできずに立ち往生した。まさかこんなところに落とし穴があるとは思わなかった。

 一度食べ物を置いてきて通り道を確保してから運ぶべきか、と戻りかけた宗佐の目前で、ガチャリ、とドアノブが回った。


「きゃっ。宗佐くん。どうしたんですか?」

「……ん」


 ドアの向こうから現れたのは鈴だった。宗佐を見上げた驚きいっぱいの顔が、彼が差し出した盆の上を見て合点がいったように笑顔になる。


「ご飯運んでくださったんですね。ありがとうございます。ふふ。両手がふさがってて開けられなかったんですね」

「うん。ありがとう。たすかった」


 鈴はパジャマ姿で、片手に先ほどまで着ていた服を持っている。彼女は「中で待っていてください」と言い、ふらふらしながら部屋を出ていった。たんすの角に小指をぶつけてうっかり柱に頭を打ち付け、足をひねって転んで身体じゅうに痣をつくる……くらいは普通にしてしまいそうな危なっかしい足取りだ。

 お笑い芸人なら笑い話になりそうだが、宗佐にとっては冗談ではない。お盆を一旦テーブルの上に置いて、彼女の後を追った。「鈴、待って。一人で歩くの、あぶない」と声を掛けるが、なんでもないかのように「大丈夫ですよー」と軽い調子で返事が返ってくる。彼女は一歩進むごとに廊下の壁に手をついて、ほとんど足を引きずるようにしていた。

 宗佐は強がる背中に追いつくと、その肩に左腕を回した。


「じゃ、ない」

「あっ、えっ!?」


 鈴は宗佐が傍に来たことではっとしたように両腕を交差するように持ちものを抱えた。防御する体勢だったのだろうが、宗佐がやろうとしてることからはむしろ隙だらけだった。

 宗佐はさっと身体を屈めると、鈴の膝裏にもう片方の腕を回した。弱々しい抵抗にあったが思い通りになるまで時間はかからなかった。玄関から鈴の部屋まで運んできたときのように、宗佐の腕に彼女の体重が掛かった。


「そ、宗佐くん。またっ! 重いでしょう。やめてください」

「ううん。重くない。重くても構わない」

「わたしとしては構って欲しいというか、下ろして欲しいというか」

「下ろさない。ひとりで、しようとするから。だめだ」


 鈴はもがくように身体をよじらせたけれど、うっかり取り落とさないよう指先に力を入れるくらいで耐えることができた。腕にかかる重さは、自分のこころのなかの鈴の占める割合を考えれば軽い。大事なものを落とすわけにはいかない。


「鈴。……俺がいるよ。ひとりじゃ、ない」

「あ、えっと」


 鈴ははっとした顔で見上げてきたが、宗佐がじっと見つめているせいか、すぐさま恥じらうように目線を彷徨わせた。その目がおいしそうな甘露飴みたいに潤んで見えて、宗佐もまた困ってしまった。

 「どこに行きたいの」と尋ねると、「ほ、本当に、行ったら後悔します」とかなんとか長たらしく回避しようとしてくる。じっと待つと渋々と言ったように指をさして教えられた。

 そこは脱衣所兼洗濯スペースだった。鈴がためらった理由が分かった。


「昨夜から、洗濯できていなくて……。お見苦しいものを、すみません」


 鈴はそう言うが、それほど見苦しいとは感じなかった。脱衣籠のなかにあったのは、脱ぎ捨てられた後のくせに、しっかりと畳まれた服とパジャマ。鈴はその上に、腕に抱えていたものをぽいと投げいれた。

 「俺が洗おうか?」と提案してみたが、「下着があるので」ともっともらしく断られた。KISSMEメンバーのメイクを担当している二渡がこの後来る予定で、洗濯や掃除を頼む予定だという。宗佐はなんとなくおもしろくない気持ちになったが、女性同士でしかできないことがあるだろうから仕方がない。


「……暑い? 鈴」

「えっ! あ、あの、そんな、分かりますか」

「うん。抱いてるから、分かる。体、熱いね」


 腕の中の鈴の体温が、さっき抱き上げたときよりもより温かく、近くに感じる。布一枚、遮る素材が変わったせいかもしれない。

 このままずっと抱きしめていたいと思ったけれど、鈴が口に手を当て、顔を背けて小さく咳込むのを見ると考えを改めた。宗佐は廊下を引き返し、鈴をベッドへ運んだ。


「……食べれる?」

「はい。もちろん。皆さんで作って下さったんですよね。食べたいです」


 皆さんで、と鈴は言ったがほとんど作ったのはシオンだ。他三人は皮を剥いたり皿を並べたりといった、子どもの手伝いのようなことしかできていないが、過程を手伝ったのは事実だ。訂正するまでもないと思って宗佐は頷いておいた。

 彼女の食欲は、いつもより少ないみたいだった。彼女は半分を時間を掛けて食べ進めてからため息をつきはじめたので、「無理しないで」と取りあげた。


「すみません、全部食べれなくて」

「いい」


 薬と水を渡し、彼女に背を向けて盆に器を並べ直していると、「あの」と細い声がかかった。


「今日は、宗佐くんに、色んなことしてもらってばかりですね。ベッドに二回も運んでもらって」

「うん」

「ありがとうございました。なんだか、皆さんのこと、ひとり占めしているみたいで、夢みたいだなって思っていたんです。わたしの家じゃないみたい」

「家じゃない?」

「一人暮らしなので、人がいるのが変な感じがするだけなんですけど。いるのが宗佐くんたちですし。変だなって。皆さんのこと、分かっていたつもりだったのに、仕事場で会う人たちだ、って分けて考えていたのかもしれないですね」


 鈴と宗佐たちは楽屋で、事務所で、打ち上げの席で、カメラの回っていない時間を共有していたけれど、どれも仕事の延長線上にあるものだった。個人的な付き合いをしているわけじゃない。

 それに対して、家はそのすべてがプライベート空間だ。


 宗佐はぐるりと、鈴の部屋を見まわした。シンプルな家具、内装、間接照明。ベッドのシーツは寝苦しかったのか少しだけ外れかかっていて、鈴が腰掛けるところに皺が寄り集まっている。クローゼットの扉には着る頻度が高いジャケットが掛けられている。

 例えば着ている服だとか、使う小物だとか、好きな食べ物だとか、そういうもので垣間見える暮らしぶりとは違って、彼女の『生活』そのものがそこにあった。あたたかくて、宗佐をそのまま包んでくれそうな感じがする。

 だが、物が少なくて、装飾も控えめな部屋は、なにかが足りないような気がした。


「一人暮らし、寂しい?」

「考えたこと、なかったです」


 鈴は不思議そうに目を瞬かせ、ふるふると首を振った。


「……今日は、ひとりじゃない」


 宗佐は掛け布団の上に置かれた小さな手を取ると、ぎゅっと握った。


「俺、ここにいる。なんでもわがままいっていい。俺に甘えて」


 この部屋に足りないものがなんなのか、宗佐には分かっている。それが自分の妄想でしかないことも。

 今日だけじゃなくて、ほんとうはずっとここにいたいと思った。


 困惑の色を浮かべた目とかち合って、宗佐は鈴がいつもしてくれるように、やさしく微笑んでみるのだった。

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