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【お見舞い編】シオン×鈴 『うつしていい』

 鈴の家のキッチンにはカラフルな皿とグラスが数セット、大きめの深皿、シリアルを盛るのにちょうど良さそうな鉢に、二つずつのお茶碗と汁物椀が並んでいた。一人暮らしというには多く、ホームパーティをするにはやや物足りず、元二人暮らしだったというのが納得できる量だ。

 つい、小さめのテーブルに二人分の食器を並べたところを想像してしまい、思わずシオンは手を止めた。姉と二人暮らしだ、という話を聞いていなかったら、いるはずもない過去の男に嫉妬していただろう。自分のことながら呆れる。いや、むしろもう未来の男にも嫉妬しているかもしれない。

 誰でもいい。今すぐに誰かが彼女と付き合うことになっても、一緒に住むのに十分な間取りと家具と食器が揃っている。それがどことなく嫉妬を誘うのだ。


 あり得ない嫉妬がシオンの中に沸き起こるのは、選ばれる自信が普段と違って無いせいだろう。鈴相手では、シオンもただの何も持たない男に過ぎなかった。ただひとつ、彼女のデザイナーとしての目に魅力的に映ろうとはするけれど。

 シオンは自嘲気味にため息をひとつつくと、盆を持ち彼女の寝室へと向かった。


「おまたせ。鈴ちゃん」

「シオンさん! ありがとうございます」


 ノックをして部屋の中に入ると、ベッドから鈴がおりようと身体を横に滑らせる。シオンはそれを「ああ、いいから」と手でさえぎっておしとどめる。


「座ってて。オレが準備するよ」

「……わ、すごいです。おいしそう。これ、すべてシオンさんが作られたんですか」


 ベッドサイドのテーブルに器を並べていると、鈴がぱちぱちと手を叩いて褒めちぎった。オーバーなリアクションに、シオンは思わず苦笑した。


「簡単なものだから。大げさだよ」

「でもでも、シオンさんの手作りっていうのが、いいんですよ。食べるのがもったいないです」

「食べてくれなきゃ困るよ」


 とくに準備に手間がかかった豪勢なものでも、しゃれたものでもない。

 咳をしていた鈴が簡単に嚥下できるように卵スープと小さめのおにぎりを選んだ。デザートには白桃とリンゴを一口サイズに切ったものを用意した。スープにおにぎりを浸して雑炊として食べてもいいかもしれない。

 シオンが説明して食べるように促すと、鈴は神妙な顔をして頷いた。


「大丈夫かな。食べられる?」


 赤ん坊の握りこぶしのような小さいおにぎりでも、一口、二口と分けて食べる。大きすぎたか、そもそも食べにくかっただろうか。

 シオンが鈴の枕元に腰を下ろすと、彼女は何かを気にするように、開かれたままのドアに目線を走らせた。


「……。あいつは仕事の電話中だよ」

「え? あいつ?」


 シオンの言葉に、鈴はびっくりしたような顔をした。


「ん? ああ、孝司のこと」

「孝司くん、ですか?」

「そう。明日の仕事の打ち合わせじゃないかな。呼ぼうか?」


 シオンは鈴が孝司の目を気にしているのではないか、と思ったのだった。

 出来あがった料理を運ぶべきかどうか迷い、シオンが鈴の部屋へ様子を見に来た時、彼女と孝司は室内で密着していた。孝司の言い分によると、鈴が着替えをしているところに遭遇してしまい、慌てて服を着せていたらしい。本当のところはどうだか分からない。

 いや、その状況に至った経緯が正しいか正しくないかはシオンにとってはどうでもいいのだ。孝司に抱きしめられて、彼女が嫌がっているそぶりがなかったことが引っかかっていた。


「いえいえ、全然! というより、シオンさんも皆さんもお忙しいってことなのでは……、大丈夫ですか?」


 シオンの内心を知る由もなく、鈴は心配そうに尋ねてくる。孝司を気にするそぶりはない。シオンは小さく肩をすくめた。


「大丈夫だよ。宗佐や美有貴なんか、勝手にテレビつけて見てるし。いい休養になっているんじゃないかな」

「何も出来ていないですけど、皆さんくつろげていらっしゃるんですね。よかったです」

「ずうずうしいって言うんだろうけどね。こういうのは」

「いえ、皆さんとお仕事が出来ないのが寂しかったですから、お会いできて元気が出ましたよ」

「そう? オレは緊張させてしまって、鈴ちゃんを休めてないかなって思ったんだけど」

「そんなことないです」


 スープにおにぎりを浸した雑炊もどきとフルーツを半分ほどを食べたところで鈴の手が止まった。シオンから顔を隠すようなしぐさで、喉に詰まらせるような咳を繰り返す。


「無理して食べなくていいよ。大丈夫?」


 シオンは彼女の手を止めさせ、肩を支えながら身体を横たえさせた。


「す、すみません……。自分の体調管理が悪いせいで、ご迷惑をお掛けして」

「大丈夫。余計なこと考えなくていいよ。治すことだけを考えていればいい」

「はい。はやく治したいです」


 申し訳なさそうに眉を寄せる鈴に、シオンはいたずらっぽく口の端を上げて笑った。


「オレにうつしてみる?」

「えっ!?」

「うつしてもいいよ」

「あのっ、ちょ……」


 何でもないように言って、鈴の枕元に手をつき顔を覗きこむ。長く伸ばした髪が、耳の後ろからたらりと垂れる。肩ごと動かすようにしてぐっと顔を寄せる。シオンの影になった鈴の顔、怯えた目がシオンを見上げていた。

 鼻先近くまで顔を寄せ、ほんのわずかでキスできる距離にきて、鈴がぎゅっと目を閉じる。

 ふ、とシオンは力を抜いて笑った。


「冗談だよ」

「へっ? あは、あはは……。じょ、冗談ですか」

「きみがうつさないようにって仕事を休んでくれたのに、うつったら困るからね。そうでしょう」


 シオンが身体を離すと、鈴がほっとしたような表情で顔を上げた。自分にはまだ許されてはいないことだったのだろう。気まぐれだけの、気持ちの伴わない冗談なんかではないのだけれど、鈴にはわからないだろう。


「ゆっくり休んで、明日にでも元気な顔を見せてよ。ね」


 シオンの言葉に鈴は微笑んで頷いた。


「おやすみ」


 鈴の目を隠すように手のひらで覆い、シオンは呟いた。手の内側に受ける睫毛の震えは弱々しくて愛おしい。自分に対して許されている立ち位置はとても曖昧で、ともすれば彼女が自分だけのもののような錯覚を覚える。

 けれども、けして彼女は自分のものではないのだ。どうしたらいいのか、シオンには分からない。

 静かに寝息をたてる彼女にシオンは自分の手の甲に触れるようにして、ひそかに口づけるふりをした。

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