【海編1】4人と鈴 『スク水論考』
事務所付属の練習室にて。打ち合わせがあってやってきた鈴に、美有貴が「ねーねー」と甘えた口調で話し掛けた。
「鈴ちー、水着洗ってもらっていーい?」
「え? 水着ですか?」
「うん。ガッコで使ったヤツ。今日遅くなるんだ、家帰ってからじゃ洗うの間に合わないよ」
「わかりました。お預かりします。お帰りの際一言掛けてくださいね」
「わーい、ありがとー」
美有貴は手を叩いて喜び、部屋の隅に放り投げていた自分の荷物のなかから、ビニール製のバッグを取ってくる。
「もうプール開きしたのか、早えな。やべ去年のこととか全然覚えてねーわ」
首に掛けたタオルで額の汗を拭きつつ、孝司が会話に入ってきた。去年、というのは、孝司が高校三年生だった頃の話である。
「孝ちゃんやばくない? それ老化だよ」
「バッカ、ちげぇよ」
「じゃなかったら分かるでしょー。暑くなってきてぇ、体育祭終わったらプールだよ」
鈴に水着の入ったバッグを渡しつつ孝司を茶化して美有貴が笑う。孝司は「うっせー」と言って美有貴の頭を小突いたけれど、美有貴はおきあがりこぼしのように数回頭を揺らされても「老化、老化」と言ってゲラゲラ笑っている。
「みーくんの高校って、共学だっけ? 楽しそうだなー、プール」
そう言うのは、イスに腰掛け休んでいたシオンだ。「共学だから楽しそうってなんだ」と孝司が眉をひそめたが、「女の子居るからに決まってるでしょう」とあっさりとした答えが返ってくる。
「オレ、中高ってプール避けてたんだよなぁ。もったいないことしたよ」
「シオは……日焼けが嫌だから、入らなかったんじゃなかった?」
宗佐のツッコミに、「まあそうとも言うね」とシオンが肩をすくめる。公立高校の野外プールなんてシオンの趣味には合わなくて、なんだかんだと理由をつけて免除してもらったのだ。休んでばかりだったから体育の評価点はあまりよくなかったが、耐えがたいものを受け入れずに済む代償だから仕方がない。
「日焼けもそうだけど、あのだっさい水着がオレには耐えられなかったの!」
「えっと……、シオンさんの趣味にあう水着なんて早々ないというか……。どんなデザインだったんですか?」
「紺色のミニトランクスタイプのやつだよ。中学高校の思春期にあのダサさは無理でしょ」
「ああー……」
シオンが高校に通っていたのは六年も前の話だが、彼と年代の変わらない鈴は納得したように頷いた。ただし鈴の通っていた高校ではプールの授業はやたら少なくて、中学からの水着を流用している人が多かったから、バリエーション豊かなダサさが多くて逆に恥ずかしくないという謎現象が起きていたものだ。
「ぼくの高校は、競泳選手の使うみたいな太ももまで覆われてるヤツだよ」
「うっそ、ズルいんだけど」
「ズルくねーだろ、時代だよ時代」
時代というよりも通っている高校の違いだと思いたい。ちょっぴり切なくなった鈴の頭を、宗佐の大きな手が撫で撫でしてなぐさめる。
「じゃあ女の子は? 女の子も競泳水着なの?」
「てめぇの大事なところはそこかよ」
「大事でしょ、スク水だよスク水。ねえ、宗佐」
「俺? えーと。うーん」
萌え4コママンガ多数所持の現行犯であるところの宗佐である。シオンに話を振られてしばらく考えこんだが、「どのタイプでもいい」とぼそりと呟いた。
「大事なのは露出じゃない……」
「露出じゃないなら何なのさ」
「水着で大事なのは、水に濡れる……、というところ。水分を含んで変色する、肌との、色合いが変わるのが、すき。水に濡れて生地の感触が変わるせいか、ずれてるんじゃないかって、神経質になって、肩ひもや胸や腰のあたりをちまちま直すところがいい」
「それはわかる」
「宗佐くんもシオンさんも何の話をしているんですか」
熱を持って女子用スクール水着を語るアイドル二人に鈴は冷めた目を向けた。シオンも宗佐も取り繕おうとする気配が全くないのがすがすがしい。
「ド変態二人はほっといてさー、鈴ちーの話聞きたいな」
「え? わたしですか? わたし、スク水にそんなにこだわりないですけど……」
「ちがうよー。海でもプールでもいいけど、どんな水着着る? って話が聞きたいの。水着持ってるでしょ?」
「ええと、それが」
美有貴に尋ねられた鈴は言葉を濁した。
展示会やセールの時に遠目で見てかわいいな、と思うことはあれど、海やらプールやらに一緒に行く彼氏もいなければ、なにかと忙しい夏に誘われることもなく、海外にだって遊びに行くわけではないから用意しない。
――つまるところ購入機会がなかった。
「も、持ってないんです……」
「マジかよ」
「うっそぉ」
「ホントに? 一着も?」
「スク水」
まさかの答えに、四人はそれぞれ絶句する。宗佐の呟きだけがややおかしいが。
「あ、あははー、お恥ずかしい話です……」
「わかった! 今度の海での撮影、鈴ちーも水着になろう! それでいっぱいぼくらと遊ぼ!」
「はっ!?」
「それはいい案だね、みーくん」
「えへへ、でしょー」
「よし、おまえ、来週までに水着用意しろよ」
「なぜ!?」
「スク水でもいい」
「スク水だけはナシ。つーか二十歳過ぎのスク水はイタイだろ」
「そう?」
「おまえの趣味は知らねえけど世間一般ではそうだから」
「楽しみだねー、みーくん」
「うん! 一週間お仕事頑張っちゃおーっと」
「あ、あのー?」
了承していないのになぜか話が進んでいる。鈴が今さら否定意見を言っても無理そうである。むしろ美有貴――いや四人全員の機嫌を損ねて仕事に支障が出るような気がする。これはマズいことになった。




