4人と鈴 『かばんのなかみ』
「孝司。ペンない?」
「あー、その中にペンケース入ってっから勝手に持ってけ」
宗佐に尋ねられ、孝司は机の上のデイバッグを指差した。鈴にボトムの裾のチェックをしてもらっていたから、直接動くわけにはいかなかったのだ。
宗佐は「ありがとう」とつぶやいてから孝司のバッグを手に取った。有名スポーツ用品メーカーのもので、黒地に赤いラインが入っている。
「あれ。霧森さん、カバン変えました? 前のとちょっとデザインが違いますよね」
不思議そうに首を傾げた鈴を見て、孝司は小さく眉をあげた。
「古くなったから、買い換えただけ。なんでそんなこと聞くんだよ」
「あはは……。気になっちゃったんです」
「ぼくも鈴ちーとおんなじで気になったよー、孝ちゃんモノモチいいもん。それが急に変わったらびっくりしちゃうよね」
「うんうん。オレもびっくりしたね」
鈴に襟を直してもらいに来た美有貴が援護すると、すすすっとシオンも寄ってくる。げっと孝司が顔を歪めて身構える。孝司はシオンとの舌戦で勝ったことがないのだ。
「あのカバン使ってたの中学二年くらいからだっけ? 四・五年同じの使ってたわけだ」
「えっ! それは長いですね。すごい」
「ねー。孝ちゃんといえばあのカバンだったなー」
「孝がどれだけカバンに興味ないのがよくわかるよね」
「あぁ? 使ってんだからいーだろうが。かばんなんて使わないで仕舞っておくもんじゃねえ」
「まね。それはわかる。中身が重要だから」
身構えていた孝司はシオンがすぐに同意してきたので拍子抜けしてしまった。「今日は口ゲンカなしだねえ」と美有貴と宗佐が笑っている。
「中身が重要……ですか? どういうことでしょう」
「人間と同じで、見た目をどんだけカッコつけてもダメってこと。うちのメンバーには当てはまらないことかもしれないけどさ」
「……いやいや、見た目完全にカッコつけてるお前が言うな」
「うるさいよ孝、そんなに言い合いがしたい? 外見と中身が釣り合ってないのがダメってことだから。ん? 何か言いたいことがあるの?」
思わずツッコんだ孝司に、シオンが満面の笑みで言った。今のは孝司がケンカを売った形になってしまった。ぷるぷると首を振って許してもらう。
ちなみに、KISSMEのカバンは、シオンがブランドバッグ、宗佐がスポーツバッグと本屋の紙袋、美有貴が通学用バッグとカートという形だ。
「例えば宗佐と美有貴のカバンの中身はない。マジで」
シオンが気を取り直して話を続けた。例に出されてしまった二人はお互いに顔を見合わせる。
鈴はこれまでの移動風景や楽屋風景を思い出す。
二人のカバンの中から出て来るのは……ゲーム・マンガ・ラノベ・アニメDVDとポータブルDVDプレーヤー。携帯ゲームではなくて、家庭用ゲーム機そのものを楽屋のテレビに繋げていたこともあった。
「えーっ、だってアレ、仕事だよ? ねえ、秦っち」
「うん。でも、関係ないのも多い」
アニメのナビゲート番組MCをやっている二人としては、メディアミックスした作品をチェックするのは仕事の一部なのだ。専ら遊びの割合のほうが大きいので、宗佐は素直に自己申告した。「言わなくていいよ」と美有貴が焦ってしまうのがまたうさんくささに拍車をかける。
孝司はツッコむ気も起きなくて深く深くため息をついた。そういえばさっきも「ペン貸して」と言われたばかりだ。雑誌のアンケートや番組のアンケート、会議などでペンを使う機会は多いはずなのに、宗佐のカバンになぜ入っていなかったのか、謎である。
「でもでも、シオくんのかばんだって、美容クリームとかケショースイとかばっかだよ。入ってるやつ」
「オレのは実用的だからいーでしょ。今度忘れて来たら貸してやらないよ? っていうか、オレが持ってくるの分かってて持って来ないでしょ、お前ら全員」
「うっ」
「だって重いんだもんー!」
「頭にないから……忘れるんだ」
シオンの反撃に上手く言い訳できる人間はいなかった。泊まりの仕事で忘れてしまい、KISSMEの担当である二渡に借りた記憶のある鈴としても心の痛い話である。
「いっぱい持って来てるのはねえ、おまえらに貸すためじゃないの。肌の調子に合わせて選ぶためなの」
「あはは……、さすがシオンさんです。わたしもそこまではできてないですよ」
湿度とかもチェックしていそうだなあと鈴は思った。魅力を引きだすためにシオンは努力を惜しまない。
「ええと、霧森さんのカバンの中は……」
「MP3プレーヤー、台本、資料に、原稿。終わり」
「うわっ、ちょー真面目だぁっ」
「カバンかロッカーに全部詰め込んでたタイプなだけじゃないの? たまにむかーしの台本出てくるよね、孝のバッグ。タイムマシン的な?」
「……美有貴ほどじゃない」
シオンに指摘されて怒りかけた孝司だが、ぐっと堪えて話題を変えた。
「みーは整理ができないから……」
「みーくんは必要な書類もぐちゃぐちゃにするからね。仕事のも学校のも」
「もー、もー、シッケーだなあ。本当だけどさあーっ。って、見ちゃダメだよっ! ダメダメ!」
美有貴は中を覗きこもうとする鈴と自分のカバンの間に割って入った。男子高校生のカバンは女の子にもお母さんにも言えないモノが入っているものなのだ。
「ぼくのはいーから、鈴ちーは? 鈴ちーの話が聞きたいな」
「わたしですか。んー。カバンに必ず入れてる、ってもので、メジャーとか裁縫キット、スケジュール帳、それとアイディアノートですかね」
キャンパス地のトートバッグを広げてみせた鈴を囲むようにして、四人が集合する。
「アイディアノート……」
宗佐が楽しそうにノートをめくって見ている。中には走り書きのメモ、落書きに近い図案がある。
「へー、きたねー字だな」
「うっ、こういうのは自分が分かればいいんですよ! 人に見せる字はちゃんとします」
「分かってる分かってる。オレら全員鈴ちゃんの字見たことあるからね」
孝司の一言をフォローしたのはシオンだ。孝司は、今さら気づく。直接対決こそないが間接的に攻撃されているのだ。強かな男である。
「霧森さんは、話すネタとか、メモ取ったりしないんですか? ラジオやっていてどんなことを喋るか、とか。映画の舞台挨拶ですとか」
「ああ、あるな。思いついたときじゃなくて。前日とかに時間とって、いらねえ書類の裏とかに下書き書いたりするかな」
「うわ、真面目。オレはあったことをすぐ誰かに話しちゃうかな。何回も話してると覚えるからねー」
「ぼくもそっちだなあ」
「……俺は……、思いつき」
宗佐の言葉に、そりゃそうでしょうよと頷く四人である。彼のボケ加減が作られたものだったらこわすぎる。
「うーん、メモを取るのって一般的じゃないのかな」
「鈴は、絵も必要だから」
「そーだね。鈴ちーのお仕事とぼくらのお仕事ってやっぱ違うんだよ。ぼくらはたいてい本番ってのがあるもん」
「そうなんですかねえ。お風呂とか寝る前ってすごくアイディア浮かんだりしません? わたし、みなさんのこと考えててよく寝ちゃってます。あはは。夢に出ちゃったりしますよー。夢の中でも服作ってて、起きてからあの服作りたいなと急いでメモしたり」
そのノートに涎ついてたらごめんなさい、と鈴は言う。
夢を見るんですとか言われてちょっと期待してしまった四人はそれぞれ肩を落とした。ツッコみどころが多すぎて、孝司は頭痛がしてきた。
「夢んなかでも仕事すんな、バァーカ」
「い、いたぁ!」
デコピンされて鈴は額を押さえた。タイミングよく本番ですと呼びに来たADにちょっと心配されてしまった。




