表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
37/68

大伴美有貴×鈴 『キミのため』

「ねー、秦っち、早くしてよ」


 大伴美有貴は不満気な顔をして、携帯ゲーム機から顔をあげた。

 無線LAN対戦をしていた相手――秦宗佐は額を前の座席に打ち付けてぴくりとも動かない。

 いや、よく見れば少し動いているのだが、それは現在美有貴と宗佐のいる空間が走行中のバスの中だからで、車体と同じようにゆらゆらと揺れる持ち主の意識は完全に夢の世界へ旅立っていた。


「眠いなら言ってくれればいいのに」


 美有貴はゲーム機をオフにして、自分のバッグに仕舞った。宗佐のも仕方がないから同じように彼のバッグに入れてやる。


「孝ちゃん……も、シオくんも、寝てるかぁー」


 バスの車内を見渡した美有貴は、つまらなそうにため息をついた。左右に二つずつ座席が分かれた四十五人乗りの大型バスで、美有貴と宗佐がいるのは最後部座席だ。

 美有貴と宗佐と同じく『KISSME』のメンバー、霧森孝司と鳴神シオンも同じバスに乗っているのだが、美有貴と宗佐のように隣同士で座ることはせず、各々好きな座席に散っていた。孝司は後方右でイヤホンを耳に入れて目を閉じているし、シオンは前方左でアイマスクと耳栓をして窓に寄りかかるようにしている。二人とも寝ているのだ。


「みんな疲れちゃったのかな」


 乗客のほとんどは三人と同じように、座席を倒しくつろいだ状態で目を閉じている。バスの車内も薄暗くライトを落としていて、乗客が走行中に寝ることを想定していた。

 仕方がない。今日は仙台での公演のあとだ。新幹線の最終便に間に合わず、また明日都内で仕事があるためにやむを得ずバスでの移動になってしまったのだ。スタッフの中には宿泊して朝イチで帰ってくるものもいるらしいが。

 みんなが眠くても、美有貴はまだまだ元気だった。公演中にセーブしたつもりもなくて、むしろMCのときに孝司から「はしゃぎ過ぎだ」と注意されたくらいだ。トップギアを入れっぱなしだから、興奮状態が抜けきらないのかもしれない。

 車内を見まわし、どうしようかな、と思っていた美有貴は、ふと、視界の隅に動く頭を見つけた。

 バスが停車した隙を見計らって、こっそりと近付いてみる。


「鈴ちー? 寝ないの?」


 声を掛けられてはっとしたように顔をあげたのは、美有貴たちの衣装を担当する女性、石川鈴だった。


「すみません。起こしてしまいましたか?」

「ううん。ずっとゲームしてたんだ。座っていい?」


 「話相手になって」と言われ鈴はちょっと驚いたような顔をした。窓際に少しだけ身体を寄せてくれたので、美有貴は礼を言って鈴の隣にくっつくように座った。

 ぴたっと触れ合う素肌同士の感触。


「ぼくね、秦っちとゲームしてたんだ。先に十勝したほうがジュース奢りってルールで」

「どちらが勝ったんですか?」

「むう。それが、秦っちが寝ちゃったからノーカンになっちった。コマンドバトルゲームだったからさ、自分の行動宣言、フェイズ終了宣言、交互にしてかないと終わらないんだよ。格ゲーだったら、一方的にタコ殴りできてぼくが勝ちでよかったんだけど。せっかく九勝したのにさあ」


 早口で一気に状況を説明され、鈴は曖昧に頷いた。某二大有名RPGタイトルでさえ7~8あたりで止まっている鈴にはさっぱり分からない。


「きっと疲れていたんですね。ツアーも後半日程に入って疲労が溜まっているでしょうし」


 ツアー日程は、大阪、福岡、埼玉、福岡、仙台、東京、北海道、名古屋。

 五か所目の仙台はちょうど折り返し地点。疲労が溜まり体調を崩しやすい時期だ。裏方でも慣れてスムーズに連携が取れるところもあれば、油断からミスを発生させやすくなるといわれている。

 幸いにして、大きなミスはなかった。新幹線の最終に間に合わなかったことを除けば。


「楽しかったねー! 今日のライブも!」

「はい、仙台は初めてでしたから、アットホームな雰囲気ですっごく驚きました。KISSMEのファンの方は若い方が多いですが、家族連れの方もたくさんいらっしゃいましたね。地方によって違うんでしょうか」

「どうだろー。小さめの会場だったしなあ……」


 美有貴はうーん、と顎に指をあてながらライブのことを思い返した。


「MCで話したけどさ。もっと男のファンも欲しいよねー。ぼくは全然行ったけどなあ、先輩たちのライブ。男ウケするポイントってなんだろう。ついていきますぜアニキ! みたいなの必要?」

「う、うーん? どうでしょう。音楽や歌、ダンスを目当てにって方もいるかも。一番多いのは家族に連れて来られたって方かもしれないですね」

「むー。ちゃんと楽しんでくれたかな」


 美有貴にとって特別男性ファンに思い入れがあるというわけではない。せっかく来てもらったのだから、会場にいる全員に楽しんで欲しいと思っているのだ。

 KISSMEファンの大多数である女性ファンに対する対策はマネージャーたちやスタッフが練ってくれているから安心だが、男性ファン対策は充分かわからない。


「男のひとに聞いて回りたいなあ、誰が好き? って。やっぱ秦っちみたいな筋肉野郎がお好みなんかな。MCでもよくわかんなかったしなー」


 MCで数少ない男性ファンに叫ばせた犯人は美有貴だったのかと鈴は思った。女性に囲まれて男性が恐縮しながら拍手している様は涙を誘うものがあった。

 ちなみに結果はシオンが一番少なくあとは団子という形である。シオンは自覚はしていただろうが、まばらな拍手に顔が引きつっていたから、気にしないわけではないらしい。


「あ、MCって言えばさ。一個目のアンコールの時さ、孝ちゃん歌詞ミスしてたよね。ぼくのミスばっか言ってたのにさー。ドヤってミスしてないふりしてたからつついてやった! ちょー嫌そうな顔された。笑ったなー」


 無邪気に思い出し笑いをしていた美有貴は、ふっと真面目な顔つきになった。瞳が揺れている。


「今回のライブは孝ちゃんがいなかったらできなかったんだけどね」

「はい。話は聞いてますよ。ステージイメージの会議でも顔を合わせましたし」

「あー、やっぱ会議ちゃんとやってるんだね」

「はい。細かいところもしっかりチェックしていらしゃったみたいです。ファンの方からも評判がいいみたいですよね」


 孝司の指示がなかったステージ衣装担当の鈴としては、伝聞状態にならざるを得ない。衣装に関しては任されたというより分からないからと投げ出された状態だ。

 美有貴は細かい状況など知らなかった。孝司に負けたくないと思った。


「ぼくもね、ソロはがんばったよ。ね、ぼくのソロはどう思う?」


 KISSMEのライブでは、四人それぞれ単独で歌うソロ曲が四つ、二人組で歌うデュオ曲がふたつ必ず入る。ソロステージは個人で裏方と打ち合わせし、ある程度自由に演出できるのだ。

 美有貴の今回のソロは、ソロデビューを果たしたアニメソングのテーマだ。ステージ衣装は、PVで使用した美有貴自身デザインしたものを使った。


「格好よかったです。ダンスも曲調も、今までのソロ曲とは違いますから、歓声がいつもより大きかった気がしますね。とくにあの衣装で出た時の反応が凄かったです。がつんって伝わってきて。たくさんの人に見てもらえてるんですね、PV」


 ロック調の激しいダンスソングだが、歌詞は夢を追いかける少年の未来への期待や不安、揺らぎが表現されている。今にも足を止めてしまいそうなぬかるみにも負けずに、飛び上がって走りだすようなイメージが、美有貴にとてもよく似合っている。そして、少年が自分だけではなく他人に手を伸ばすところも。


「美有貴くんらしくって、すごく好きです」

「えへへ、ありがと! 好きだって言ってもらえて嬉しい」


 目を輝かせた美有貴と目が合って、鈴はどきりとした。年齢よりもずっと子どもっぽい彼の顔は驚くほど純粋な喜びに溢れている。


「自分発信で何かするってすごい気持ちいいね。孝ちゃんの気持ちがちょっと分かったなー。ぼくだけでぜんぶできたわけじゃないけどね。みんなで作って楽しかった。またやりたいな」


 美有貴は物ごころつかない子どもの頃から芸能界で仕事をしている。昔から番組やライブは自分の手を介さずたくさんの大人たちの手によってつくられるものだった。

 孝司の決めている範囲を考えれば、美有貴に任されたことなど小さかったけれど、美有貴には充分だった。つくることや決めることが楽しいんじゃない。みんなと一緒につくれることが美有貴には嬉しいのだった。


「最近ね、ぼく、自分のことについていっぱい考えてたんだ。カッコイーって言われたいって。ぼくらしいカッコよさってどんなだろう、とか」


 小さな手のひらを握ったり開いたりしながら、美有貴は言う。

 KISSMEの中での美有貴は、『カワイイ弟』だ。子どもっぽい言動も相まって、その立ち位置はもはやどんなことがあっても崩れない強固なものになっている。その悩みは前にも聞いたことがあった。


「でも一人でうんうん考えてるより、全然みんなで作るほうが楽しかったな。シオくんみたいに、どうやったらミリョク的な自分になれるかなんて考えらんないっぽい。ぼく、身体動かしてるほうが全然いいや。チョトツモーシンに走って、それでいーかな。ぼく、みんなを笑顔にしたいんだ。みんなと一緒に楽しさを共有したい」


 ぱっと顔をあげて、美有貴は笑った。つられて鈴も笑顔になる。

 シオンの在り方と美有貴のアイドルとしての在り方はまったく異なる種類のものだ。どちらもたしかに魅力的な自分になりたいと努力していたが、シオンが憧れと恋の対象であるのに対し、美有貴は共感し一緒に楽しむ存在だ。


「自分発信でいろんなことやって、楽しんでもらいたいな。孝ちゃんみたいなつくる仕事とか、秦っちみたいな演技のお仕事とか、シオくんの声のお仕事とか、なんでもいいんだけどー、そこらへんまだ検討のヨチありだけど。オカさんに聞けばいろいろ教えてくれるし、どうにかなるよね」

「そうですね。岡部チーフに聞けば間違いないと思います」

「ね。どうしようかなー、アニメ番組は秦っち発信だからさぁ、テーマソングのもぼくから言い出したことじゃないし。アフレコもやりたいけどアニメ繋がりだよねー。やっぱ新しいやつかな。ブラブラ旅番組とかやりたいかも」


 あり得ない話ではないな、と鈴は思った。現在のレギュラー番組でも、おいしいなと美有貴が言ったお菓子がよく売れる。美有貴が旅好きなのは周知の事実だ。地域の活性化にもつながるかもしれない。


「ね、ね、鈴ちーは、ぼくが何をしたら嬉しい?」

「えっ? えーと、旅番組いいかなってわたしも思います」

「どーして?」

「農業体験や工場見学って人気ですし、作る工程をみせて、色んな仕事に興味を持ってもらうって今の時代には重要なことかなあって思うんです。いろんな仕事につけるチャンスがあるわけですから。わたしだって、テレビで綺麗な衣装を観たのが始まりでした。あ、工場見学ですけど、わたしのお勧めはジーンズを製造する工場です。ダメージ加工の工程楽しいですよ。色抜きもちゃんと洗ってて。きっと美有貴くんも楽し……って、そうではなく」


 鈴はこほんと咳をした。なぜかジーンズの話になってしまったが、美有貴の将来の話なのだ。自分の楽しい話をしている場合ではない。


「わたしの言うことは、すごーく、表面的なことですよ。ちゃんと岡部チーフに相談してくださいね。美有貴くんの将来にかかわることですから、慎重に考えないと。まず制作許可がでるかもわかりませんが」

「……うん。そうだねー、でもいいでしょ、鈴ちーの希望を聞くぐらい」

「はあ……。スタッフ全員にアンケートでもとるんですか?」

「ううん。鈴ちーだけ」


 舌ったらずな口調でけろりと言われ、鈴はへっと空気の抜けたような声を出した。


「だってぼく、まずは鈴ちーに喜んで欲しいなーって思ってるんだもん」

「わたしに?」

「誰よりもキミに喜んで欲しいなって思ったんだ。そしたら、なんでもできる気がする。……みんなを笑顔にできる気がする」


 ふと、美有貴の腕に触れているほうの肩が少しだけ重くなった。見れば、美有貴が眠そうに目を擦ってゆらゆら揺れている。


「眠いですか? 無理しないほうがいいですよ。疲れちゃいますから。東京までまだしばらくかかりますし、どうぞ、寝ちゃってください」

「うん……」


 美有貴は緩慢な動作で頷く。なんだか反応がゆっくりしている。そういえばさっきもジーンズの話で細かいところまで聞いて来なかった。興味を持って矢継ぎ早に聞いてくるのがいつもの美有貴だ。

 そんなに眠かったなら言ってくれればよかったのに、と鈴は苦笑した。


「おやすみなさい」


 鈴の肩にこてんと美有貴の頭がのった。さらさらの髪がTシャツから伸びる腕をくすぐった。


「鈴ちー……」

「美有貴くん?」


 ぼんやりと美有貴が見あげてきたので、鈴は首を傾げた。ほとんど瞼がおりていて、こちらを見ているのかどうかわからない。


「ぼく、キミを、幸せにできるアイドルになりたいな」


 ぽつり。呟いたあと、美有貴が寄りかかった肩がずっしりと重くなった。睡魔に負けたのだろう。


「えー……?」


 暗いバスのなかで一人、鈴はほてった頬をカーテンに押し付けた。

 暗さを打ち消すほどの近さだったし、バレたかもしれない。だが美有貴の視界では見えていなかったかもしれない。そのまま寝てしまったから、覚えていないかもしれない。

 様々な『かもしれない』がぐるぐると鈴の中で巡っていた。


 真意を知ろうにも、美有貴は東京まで起きそうもなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ