美有貴と孝司 『キャッチボール』
「孝ちゃん、いっくよー」
「あー」
美有貴は大きく振りかぶってから、肩全体をひねるようにして投球した。その球は途中の地面に跳ねることなく、まっすぐ伸びて行く。
孝司のグローブがバシッと小気味いい音を立てた。
「ナイス」
「よっしゃー、こいこいっ」
美有貴は右手をぱしっとグローブに打ちつけて気合いを入れた。孝司に向かってグローブを広げて見せ、アピールする。
孝司はお手本通りの投球フォームから、やや山なりの球を投げてよこした。美有貴にとってそれはヌルい球だ。一歩も動くことなくぱしっと受け止めた。
「孝ちゃん、もっと速い球がいいんだけどっ」
「あー? さっきはゆっくりっつったろ。加減がわかんねぇよ」
「えぇー、孝ちゃん不器用ー。そのあいだっこってことだよ。カッコイー投げ方してる暇があったら、もっとこう、指先をセンサイにして!」
「繊細にしてって何だよ。おら、投げて来いよ」
美有貴と孝司が言い合いをしているのは、暇つぶしのキャッチボールだった。
WEB掲載と販売用の写真を撮るために、スタッフがデジタルカメラを構えているけれど、本質は単なる空き時間のお遊びである。映像に残るものでもないから、速い球を投げる必要も、格好つける必要もない。
だが、それでも本気になるのが男というものなのだ。特に意味はなくても、ゆずれないものがそこにはある。少なくとも美有貴はそう思っている。
「ねーねー、変化球試していい?」
美有貴は薄汚れたボールをぽんぽんと宙に投げて遊んだあと、人差し指と中指で挟むようにして持った。
「投げれんならいんじゃね。暴投すんなよ」
「はいはーい、本気でいっきまーす」
美有貴は思いっきり力を込め、いつもよりも大きく振りかぶって、肘を伸ばしたまま腕を振り下ろした。
ぎょっと目を見開いた孝司が、「まて、やめろバカ!」と叫ぶ。と同時に、すぽーんとボールがすっぽ抜けてしまう。
「あー!!」
「うーわ」
球速だけはついた暴投球がヒュンッと風を切ってあらぬ方向に飛んでいく。ガンッ、グアンッ、と何か鈍い音が連続で聞こえた。
「やっばい、なんか変な音したッ! あー、あー」
「だから、やめろって言っただろ」
「無理でしょ、もう投球体勢入ってたんだからさっ。孝ちゃんのせいだーっ」
「完全にてめえだよ、証人もいるよ」
孝司が指差した先には、苦笑しているスタッフがいた。その手には証拠品のデジタルカメラがある。シャッター音は聞こえなかったが、もしかしたら暴投シーンも写真に収められているかもしれない。訴えられたら有罪確定だ。
美有貴はぶるぶるっと身体を震わせ、孝司の腕を掴んだ。
「どーしよう、孝ちゃん。オカさんに怒られるううっ」
「オカさんだけじゃねーよ、スタッフ全員に迷惑掛かってるっつの」
「どーしよ。めっちゃ怒られたら。ちょーこえー! お願い孝ちゃん一緒に謝りに行こ!」
「わーってる、わかってるよ」
孝司の腕をぶらぶらと振りまわすと、うるさそうに頭を小突かれる。
足を一歩も動かそうとしない美有貴を、孝司が「うらっ、出頭しろ」と言って、いたずら猫を掴まえるように首根っこを掴んだ。
「はーあ。怖いなあ。ヤダなあ。うー。うー。うー」
引っ張られるまま、とぼとぼと孝司について歩いていく。怒られることは何歳になっても嫌だ。数分前まで楽しかったのに、怒られると思ったら気分はダダ下がりだ。
こうなったら、ちょーいーことがないとだめだ、と美有貴は思った。
「あとで鈴ちゃんになでなでしてもらお!」
美有貴はいい考えだっ、とぴょこんとジャンプして言った。同意を求めて孝司を見上げれば、顔をしかめている。
「あれ、どしたの孝ちゃん」
「……なんでもねーよ。ばか。オカさーん、さっきのボール、全部コイツが悪いから」
「ぎゃっ! 孝ちゃんの裏切り者!」
急に自分を売った孝司に、美有貴は悲鳴をあげた。もちろん二人で怒られた。




