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シオンと宗佐 『こころ』

「乾杯」

「ん」


 シオンは宗佐の掲げたビールジョッキに、グラスをかちんと当てた。グラスに注がれたシャンパンがたぷんと揺れる。

 宗佐がジョッキを呷り、一気に半分ほど飲みほしたのを見て、シオンはくすりと笑ってグラスに口をつけた。


「宗、仕事の後に飲む酒は美味いね」

「うん。おいしい。するする入る、感じ」

「おまえはいいよね、セーブしなくていいし。ま、飲みたいのから自由に頼みな」


 メニューを示したシオンに、ん、と宗佐は頷くだけで、鉄板の上でじゅうじゅうと音を立てている牛フィレ肉に箸をのばした。先ほどから視線が釘付けだったから、余程食べたかったのだろう。

 店内は光源が絞られ薄暗く、熱を帯びた鉄板からゆらゆらと湯気が立ちのぼっているのがよくわかる。その熱さは鉄板の上に腕を伸ばすだけで、汗が噴き出そうなほどだ。口いっぱいに肉を頬張っている宗佐の額にも、うっすらと汗が滲んでいた。


「舞台稽古と映画撮影、どう? 忙しいんじゃない」


 宗佐が飲み込むのを待って、シオンは話を振った。

 シオンが宗佐と飲むのは一ヶ月ぶりだ。その間の宗佐の仕事が忙しく、時間がなかなかとれなかったのだ。今日は二週間ぶりに『KISSME』のレギュラー番組収録だけだったらしい。


「体力的には、問題ない」

「ん? どういうこと」

「頭がごちゃごちゃしてる。キャラが……」


 宗佐の動きがそこで一度ぴたりと止まった。考えることに集中しているせいで、手も口も動かす余裕がないのだろう。

 再び口を開くまで、シオンは急かすことなく、食事を進めた。


「混ざりそうになるっていうか」

「ああ、なるほどね」

「ひとつは、おれにけっこう似てて、もうひとつは、おれにちょっと似てる。こういうところあるな、って思ってるうちに、段々浸食されて……おれのなか……ぐちゃぐちゃ? そんな? 感じ」

「あはは、おまえらしい表現だ。逆に分かりやすいくらい。ヘーキなの?」

「相手がいるから……なんか、出てくる」

「へえ」


 宗佐は相手との対話で役柄を思い出すと言いたいのだろう。シオンにはピンとこない感覚だったが、彼のなかでは筋が通っているのだ。

 彼はどちらかといえば舞台の仕事が多い。画面を通さないほうが、その『なんとなく』なされた演技が魅力的に見えるらしいのだ。役柄に合わせて変化する雰囲気に高い評価がなされていて、その存在感は酷評で有名な批評家をして『気づいたら目で追ってしまう』と言わしめた。

 シオンは宗佐のように感覚で演技することはできない。一目見ただけで『鳴神シオン』と分かる彼には、彼らしい役柄しか回ってこないし、そもそも変化を求められてはいないからだ。


「羨ましいね」


 シオンの呟きに、宗佐はなにも言わなかった。ただじっとシオンを見つめてくる。

 話題が途切れ、二人はしばらく料理に専念した。

 焼酎水割りと赤ワインだけを残し、テーブルの上が空になったころ、宗佐がふと口を開いた。


「シオの欲しいもの、なに?」


 シオンはすぐに反応ができない。宗佐のグラスの中で、氷がカラカラと転がる音がした。


「何、いきなり」

「一番欲しいもの。それが手に入るなら、ほかの何もいらないって思えるくらい、欲しいもの」


 シオンは苦笑する。聞きたかったことは、なんのつもりでそんな質問をしたのかだったのだが。

 意図の見えない質問だが、答えはすぐに出た。


「そうだね。欲しいものか。好きな人のこころが欲しい……かな。好きな女の子に好きだって言ってもらえたら、幸せだよね。ほかになにもいらないくらい」


 シオンが思い描くのは、あの鈍感で幼くてかわいい女性だ。まだ仕事上の付き合いにしか過ぎないけれど、必ず手に入れたいと思う。


「……驚いた」

「え?」

「俺と同じだ。俺も、同じ」


 宗佐は目を丸く見開いてひどく驚いているが、シオンも同じくらいぎょっとした。何に対して『同じ』と言われたのか分からなかったからだ。

 「俺も好きな人の心が欲しいと思ってた」と続いて安堵する自分を発見し、シオンは自嘲の笑みを浮かべた。そんなに欲しいなら、すぐに手に入れればいいものを、何を躊躇しているのだろうか、と思う。彼女が幼いから待っているなんて、言い訳にしか過ぎない。ただ彼女が自分から去るのを恐れているだけなのだ。


「一番に欲しいもの、が、手に入るなら、羨ましいとか、なくなる。と、思う」


 宗佐の言葉に、シオンはなるほどね、と頷いた。唐突に思えた宗佐の話も、先ほどの話の延長上にあったらしい。


「ありがとね。元気づけようとしてくれたんだ?」

「んー」

「いいヤツだね、お前。好きな子、どんな子なの? 応援するよ」


 照れたように酒を呷る宗佐に、シオンは笑った。思えば二人で飲んでいるときに、コイバナをするのは初めてだ。


「誰にでもやさしい、あったかい人」


 宗佐らしいな、とシオンは思った。彼が好きになるくらいだから、彼の独特の空気感も分かってくれている子なのだろう。


「いいね、応援するよ」

「ありがとう。俺も、シオの、応援する」

「あはは、ありがとう。ほんといい奴だね、お前は」

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