大伴美有貴×鈴 『教えてよ』
鈴がノックしようと拳を突き出したちょうどその時、ガチャリと目の前のドアが開いた。
「おっ、とと」
「あっ、失礼しました。お疲れ様です、園山さん」
「ああ、お疲れ様です」
園山は、『KISSME』の秦宗佐と大伴美有貴のマネージャーだ。いつ見ても完璧なオフィスメイクをして、長い髪を後ろでひとつにまとめ、タイトめのスカートタイプのスーツを着ている。インナーとして着ているブラウスの襟は、やや開き気味だが、そこから薔薇をあしらった小さなペンダントトップが見え、かえって上品な印象を与えている。
園山はドアを後ろ手で静かに閉めると、今日はどうされたんですか、と早口で聞いてきた。彼女が出てきたのは会議室の中でも小さく、打ち合わせや面談によく使われる会議室C-2だ。
「えっと、美有貴くんにお話があって来たんですが……」
「ああ、なるほど。明日の朝の件ですか? すみません、私にご用かと。早とちりしてしまいました。どうぞ、入って下さい」
「ありがとうございます。今、平気なんですか?」
「ええ。勉強していますけど」
「勉強?」
鈴は珍しいですね、と思わずつぶやいた。そうでしょう、と園山も笑って同意する。
美有貴は今では『KISSME』唯一の高校生メンバーだ。学業とアイドルを両立させ、高校に通いながら仕事をしている。のだが、本人の勉強への熱意は成績には反映されていない。試験で取れる成績は頑張っても下の上あたりである。もちろん、音楽と体育の評価点だけはいい。
「学校から休んでた分の追加課題を出してもらったんですよ。しばらく行けていなかったので、ついていけるように気を遣って下さったんでしょうね。単位認定の評価にももちろん入っているんでしょうけれど」
「じゃあ、忙しいんでしょうか」
「いえ、石川さんが遠慮なさることはありません。もらってきた課題がかなりの量があるらしくて、いつ終わるか……。できれば、先に済ませていただけたら嬉しいですね。こちらとしても予定が詰まっているので」
「はい、わかりました。ありがとうございます」
園山は「私は少し席を外しますね」と言い残し、カツカツとヒール音を鳴らして去っていった。
曲がり角に、彼女の薔薇の髪留めが消えるのを待ち、ふっと一息ついてから、鈴はドアに向き直った。
「うう……うう……」
何故か室内から唸り声が聞こえてくる。ノックをしようと手を上げていた鈴は、その恐ろしげな声色にピタリと動きを止めた。
美有貴の声にしてはずいぶんと低い唸り声だ。まさかとは思うが、不審人物だろうか。男性である美有貴が敵わない相手に、鈴が対処できるとも限らないが、交渉ができる相手ならまだチャンスはあるかもしれない。
ゴクッと喉を鳴らし、意を決した鈴は、半ば荒々しくノックをし、中からの返事を待たずに、ドアを開けた。
「美有貴くんっ」
「あ! 鈴ちー! おはよ~。……って、どしたの?」
ドアの陰に身を隠し、サササッと部屋の中を見渡してみると、そこにいたのは、こちらに向かって手を振る、ボブカットの少年だけだった。
『KISSME』の大伴美有貴だ。制服姿――ワイシャツに黒のスラックス姿だ。詰襟のジャケットは椅子の背もたれに引っかけられている。
「ぼ、暴漢は」
「ボーカン? ボーガン? なに、武器?」
目をぱちくりと瞬かせて、美有貴は首を傾けた。鈴が何を言っているのかさっぱり分からない。
「いえ、ボウガンではなく。ええと。さっき誰かいませんでした? 部屋の中に」
「さっき? えーっと、園山がいたよー、電話掛けに行ったけど」
「あれ? ……じゃあさっきの唸り声は?」
ドアに張り付いている鈴のもとへ歩いて行くと、彼女は眉を下げた情けない表情でこちらを見上げた。いつもより鈴の頭が低いのは、怯えて腰が引けているからだろうか。けして自分が背が伸びたわけではないが、ちょっぴり嬉しい。
「あはは、唸り声? それ、ぼくだよー」
「ええっ、だって、すっごくこわい声でしたよ!?」
「ぼくだって低い声くらい出せるよ。えーっと」
こほん、と美有貴が咳払いして、眉を寄せ、目を細め、口をすぼめた。表情筋が働いているのか、顔の中央にぎゅっとパーツが寄せ集まっている。
「う~、うー、う~ううー……ホラね!」
「な、なるほど……確かに」
確かにそれは鈴がドアの前で聞いた声だった。
鈴はため息をついた。ほっとしたのもあるが、自分への呆れのほうが強い。暴漢はいなかったが、そうなるとさっきの鈴のほうがよほど不審人物だったからだ。
「お騒がせしました……」
「あはは、大丈夫だよ。心配してくれたってことだよね。ありがと~」
「なにもなくてよかったです。間抜けでしたけど」
「うん、それはたしかにねー」
無邪気に同意されて、鈴の口から乾いた笑いが漏れる。否定して欲しかったなと思うのは、身勝手なことだと分かっていたけれど。
「てゆーか、ボーガン? がいるって――」
「暴漢ですね」
「あ、そうそう、それ。『ボーカン』がいるかもって思ったのに、よく入ってきたねー? ぼくだったら逃げちゃうよ。それでケーサツ呼ぶ」
「助けなきゃっと思ったというか、もし人質としてつかまってるなら代わりになれるかなくらいの浅い考えで……」
「えーっ、だめだよ。だめ! そんなの、ぜーったいダメ」
美有貴は鈴の手を取り、ぎゅっと握りこんだ。ぶんぶんと上下に振って、顔をぐっと近づける。鈴は少しだけ肩をすくめたようだった。
「ぼく、男なんだから、大丈夫だよ。鈴ちーは女の子なんだから、そゆときは、ぼくに守られなきゃだめだよ」
「ええ? でも」
「ダメなんだもん」
反論される、と思って、ぷいっとそっぽを向く。
美有貴だって、全世界の女の子を一人で守りたいなんて無謀なことは考えてはいない。でも、女の子が目の前で危険に晒されていたら、それが見ず知らずの子でも助けてあげたいと思うし、出来ることなら、手が届く限りの全員を守ってあげようとも思っている。
だから、美有貴は鈴なら絶対ぜったい守らなくてはいけないのだ。彼女は美有貴にとってトクベツだからだ。
もし、本当に『ボーカン』がいて、そいつに彼女が傷つけられて、自分だけが無傷で済んでいたら、美有貴がなんとも思わないとでも思っていたのだろうか。自分で避けられる危険なら避けて欲しいのに。ヒロインってそういう子が多いけどさー、ヒーローも大変なのに。
「あのう」
ぶすーっとしたままの美有貴に、申し訳なさそうな声が掛かった。
「中に入っても?」
「あれ」
鈴の言葉に、美有貴ははっと周囲を見渡した。まだ入り口に立ちつくしたままなのだ。慌てて鈴の手をはなす。
「ごめんね! 入っていーよ!」
「ふふふ、失礼します」
美有貴はわたわたと壁際に寄って、部屋の中に入りやすくしてくれる。鈴は笑いながら、やっとドアの内側に入った。
会議室C-2は、多くて6人ほどしか入れないような小さな部屋だ。中央に長机がどんと置かれ、長辺にふたつずつ椅子が並べられている。
長机の上には、美有貴のものだろう学生鞄と、スポーツバッグがある。スポーツバッグはファスナーが開いていて、中身がぼろぼろと零れていた。ノートや教科書、プリント類だ。いずれも色んなところに折り目がついており、雨に濡れた跡もあった。
美有貴が座っていたらしい、学生服の上着が掛けられた椅子の手前を見ると、開いたままのノートと教科書が机の上に並んでいた。
「あ、これ」
「コーコーの宿題! わっかんなくてさぁー」
「もしかして、さっきの唸り声って」
「そう。わかんなすぎて、うーうー言ってたの。うーうー言ったからって、出来るよーになるわけじゃないんだけどっ。苦しかったら自然に出ちゃうんだよね」
美有貴は席に戻り、プリントの問い5に指をさした。
「見て見て。これわかる?」
「あー、化学? 物理? ですか」
「うーうん、理科。理科総合っていうんだって。でもやってることは化学みたいな感じでー。よくわかんない。分かんないこと多すぎてダメだよー。モルって何だーみたいな。知ってる公式総当たり戦でやっぱミスってて、ゼンゼン違う公式使ってすっげー怒られたの。だって温度とかドシーしか知らないし~、そんな温度変えろとか言われても無理だよねっ、能力者かってゆー」
「ドシー? あ、摂氏度のことか」
「あー、鈴ちー頭良い! 教えてよー」
「ええ!? 無理です無理! わたし、専修でしたし、高校の勉強とかもう記憶にないですよっ」
鈴は頭を振った。テストは平均点ばかりだったし、専修学校卒業直前には進路でバタバタしていた記憶しかない。
「ほ、他にどんなのがあるんですか? もしかしたら出来るのがあるかも」
「えー? あとは作業ゲーってか暗記? ばっかだよー。数学のワークと、漢字とー、英語の単語ぉ~」
「い……意外と多いですね」
「ね! 多いよね! こんなのぜったい終わらないよね。やり遂げるカイカン? カタルシス? ってやつ、ぼくに与えない気だよ」
ちぇーっと唇を突き出すようにして、不満そうにしながら足をぶらぶらさせる。既に集中力は途切れてしまっていて、やる気は出ない。
「ちょっとだけお休みしませんか?」
「お休み? 賛成賛成。なになに?」
「明日のお仕事で着る衣装がようやく上がってきたので」
パラパラと興味なさげに教科書をめくっていた美有貴は、鈴が差し出したビニール製の大判ショッパーにぴくっと反応した。女性用のブランドロゴがプリントされているから、再利用しただけなのだろう。
「やっと上がってきたんですよ。発注した工房が忙しかったみたいで……ギリギリになってしまいました」
「わーい! スゲースゲー、そのまんまっ」
ショッパーの中から出てきたのは、赤・白・黒でまとめられたパンキッシュなデザインの衣装だった。チェックや赤など透明なビニール袋で封がされているが、何度か開け閉めした形跡がある。
美有貴は邪魔な教科書とノートをスポーツバッグに投げ入れ、端に追いやった。ビニールを破いて、衣装の上下、インナー、ネクタイ、ハットを順に机の上に広げていく。
ネクタイには十字架、インナーの胸元には髑髏がワンポイントで入っていて、ジャケットには赤いラインが美有貴を拘束するかのように多重に巻きついている。
美有貴に用意されるいつもの衣装なら、チェックプリントやレースといった、ポップな可愛らしいデザインも入るだろうが、これには一切なかった。
「すごいね、ぼくが描いたまんまだ!」
実物は初めて見るのに、美有貴が『そのまま』だと興奮するのは、彼がその衣装をデザインした本人だからだ。再現可能な形に修正したり、発注をしたりと、細かいところは鈴も手伝ったが、色や形、材質に至るまで、美有貴が手掛けている。
明日あるのはミュージックビデオの撮影だ。美有貴と宗佐がMCを務める番組の企画のひとつで、美有貴がアニメのエンディングテーマでソロデビューするのだ。
美有貴自ら衣装デザインを手がけたのは、世間の注目を得るための話題作りのひとつだ。
「そうですよね。頑張ってもらったと思います。わたしのほうでチェックは充分しましたが――」
「うん、ありがと~! さっそく着てみていーい?」
「はい、お願いします。外に出ていますね」
鈴が出て行ったドアが閉まった。
美有貴はぱっとスラックスを脱ぐと、七分丈のズボンを履いた。衣装の中に靴下が無かったので、履いていたものを脱いで裸足になる。
シャツを着て、ジャケットを羽織って、ネクタイを締めようと思ったが締められない。後で締めてもらおうと思って放っておく。ハットを被れば完成だった。さっそく部屋の奥にある鏡に全身を映してみる。
カッコよさ全開の自分が映るはずだった。なぜなら、いつもの、カワイイ路線の衣装を着た自分じゃないからだ。
けれど、美有貴はなんだか釈然としなかった。しっくりこないのだ。これは美有貴のなりたかったカッコイイ美有貴ではない。鈴の衣装を着ている自分のほうが、自分らしい気がした。
鈴はやっぱりスゴイのだ。美有貴よりも美有貴のことを分かっている。
「鈴ちー?」
「はい、終わりましたか?」
鈴が部屋の外でしばらく待っていると、美有貴がひょいっと顔を出した。着るのが難しい服ではないのに、ずいぶん時間が掛かったなと鈴は思った。
「キツイところはないですか?」
部屋に入り、美有貴の足元に膝をつき、ズボンの位置を調節して確認する。ジャケットの丈も問題はないようだ。
「んー。だいじょぶだけど……」
「美有貴くん?」
言い淀んだ美有貴に驚いて見上げると、彼は上着の裾を掴んでもぞもぞしている。素材の着心地が悪いのだろうか。
あのね、と打ち明け話をするような小さな声で、美有貴は言った。
「これ、ぼくに似合ってる? なんか変じゃないかな」
こんなことを聞いて、変に思われないかな、と思って、美有貴はもっと落ちこんだ。衣装も変だし、美有貴くんも変ですね、なんて言われたなら、立ち直れないかもしれない。
「お似合いですよ。美有貴くんにぴったりです」
「ホント? ホントにほんと?」
美有貴はびっくりした。聞かなきゃよかった、と思ったくらい、自分では似合ってないと思っていたからだ。膝をついた鈴の肩を掴み、がくがくと揺さぶった。
「あっ、ちょっ、そ、それやめて、美有貴くんっ」
「あ、ご、ごめんね」
揺さぶるのをやめると、はあぁ、と鈴は大きなため息をついた。
窺うように覗きこむと、困ったような、それでも美有貴の大好きな笑顔がかえってきた。
「鈴ちー、ぼく、ぼくね……」
「美有貴くんは、その衣装のこと、変だって思ってるんですか?」
「ううん。衣装はとってもいーなーって思うよ。自信あるもん。でも、なんかね、ぼくが着たら、変だなーって。もっとカッコイー人が着るのが似合うのかなーって。例えばさ……もっと背ぇ高いほうが似合うとかない?」
背が高いからカッコイーなんて、美有貴は全然思っていない。そうじゃなくったって、カッコイー人はいっぱいいるからだ。
例えば、と口に出しそうになったのが、『KISSME』の他のメンバーの名前だった。もしも鈴が自分よりあの三人を褒めたのを想像したら、ちょっとむかむかするから、言い方を変えたのだ。
美有貴の中で『背が高いカッコイー人』は自分を除く三人だった。
『KISSME』のなかでは、秦宗佐が飛びぬけて背が高く、鳴神シオンと霧森孝司は2センチ違いでシオンのほうが大きい。そして、一番小さいのが美有貴だ。孝司にしても、美有貴とは10センチ以上身長差があった。
「嘘つかないで、ホントのこと、教えて?」
自分に似合っていないような気がする、という違和感がどこから来るのか、美有貴は知りたかった。自分が衣装を着こなせるくらい、カッコよくなってないだけなのだろうか。自分に足りないものがあるのなら、今すぐにでも欲しい。今すぐが無理なら、いつか絶対手に入れたいと思う。
鈴は、しばらく考えたあと、おもむろに立ちあがって、美有貴の脱ぎっぱなしの制服に手を伸ばした。
「例えば、学生服っていうのは、今は『青春』『若い』『幼い』みたいなイメージがあります。昔は、学生が少なかったですから、『頭のいい人』『優れた人』『律する人』みたいなイメージもあったかもしれないですね」
「……ん?」
「でも単純に考えてみると。学生服を着ている期間っていうのは、学校に通っている間だけです。だから、学生服っていうのは、『二度と戻ってこないもの』のイメージなんです。今わたしがセーラー服だとか、ブレザーの制服を着たら、変ですよね?」
「そうかな、かわいいと思うけど」
「かっ、かわいいとかかわいくないとかの話じゃないですっ。コスプレみたいじゃないですか。もう学生に見えないですから。メイクも髪も、っぽくないですし」
「そゆ子いるけどなー」
「……じゃあ、ちょっと軌道修正します」
脱ぎすてられたスラックスとワイシャツを畳み終え、鈴は次に、詰襟のジャケットを手に取って、美有貴に見せた。
「学生服の歴史を振り返ると、一説に、兵隊さんの軍服が元だったんじゃないかって言われています。画一的な……えーと、ファストフードみたいに、どこいっても、誰にでも、同じだけのレベルの学校教育を受けさせるために、軍の規律をモデルにしたんじゃないかってことですね。つまり、『個性』ってのはいらなくって、全員おんなじ服を着せて、コマみたいに人を扱うって感じです。みんながおんなじだから、自分だけ規律を乱すわけにはいかない。そういうのが、学校教育とか、兵隊さんの訓練や戦闘時には有効だったから、見てすぐ「同じ」だって分かるために、同じ服を着せたんです。だから、学生服っていうのは、実は『画一的なもの』なんです」
「なんだか、歴史の授業みたい」
「あはは。でも、今は違いますよね。みんな、色んなアレンジを制服にくわえたり」
「うん、ぼくも、カーディガンで過ごしてることのが多いな」
「そして、みんな、普段は自分で服を選べます。それって、『個性』が許されてるって考えることが出来ますよね。服を選ぶのは、『自分』を表現できるチャンスなんです」
畳み終えたジャケットをワイシャツの上に置いた。ちらと見ると、美有貴は興味深そうにうんうんと頷いている。
「じゃあ、今度は美有貴くんの衣装の話です。そうですね、ええと……美有貴くんが着てる、この衣装。わたしなら、ハットに王冠のアクセサリーをつけて、チェックの五分丈ズボンに換えて、ジャケットのデザインを全部変えます」
「うん、そうだよね。それはぼくも思った。レースとかもつけたりしそうだよね」
「そうですね。どうしてわたしがそうするか、って言ったら、それが美有貴くんに似合うなって思うからです。そういうイメージを、美有貴くんに持っているってことですね。つまり、わたしのなかの美有貴くんのイメージなんです。元気で、明るくって、可愛くて、みんなを幸せにするっていう。でも、この衣装は違います。今の美有貴くんが、他人に見せたい、『自分』のイメージを表していますから」
「ふうん……?」
そんなことを考えてデザインしたわけではないのに、なんだかすごいことになってしまってるんだなあと思った。『自分が見せたい自分』を曝け出しているなんて、すごく恥ずかしそうだ。
そこまで考えて、あれっと美有貴は顔面蒼白になる。
「ちょ、ってことは、つまり、ぼくの気持ちが、鈴ちーに……っていうか、みんなにバレバレになっちゃうってこと!?」
「ふふふ。どうでしょう」
「ええっ!? なにそれ!? そんなの困る!」
かの有名な「ムンクの叫び」のようになっている美有貴に、鈴はぷっと吹き出した。
「大丈夫ですよ。そんなに詳細には分からないです。でも、ちょっとだけ背伸びしてるところも併せて、今の美有貴くんの魅力がすっごく出てる、いい衣装だとおもいます。ちょっと前の美有貴くんでも、一年後の美有貴くんでも、ダメだと思う。今の美有貴くんだから、この衣装がとても似合っているんです。素敵です」
まっすぐに見つめて言われて、美有貴は照れた。「そ、そうかな、ありがとう」と小声で言うと、ほほえましそうに、くすくすと笑われた。
「でも、ズルイですね。悔しいです」
「え? なになに? どしたの」
急に表情を曇らせた鈴に、美有貴は慌てた。
「わたしだって、デザイナーだから、美有貴くんに似合う服をっていっつも思ってるのになーって。いい服で嬉しいのに、ちょっぴり嫉妬です。やっぱり、わたしじゃ『今』の美有貴くん、をリアルタイムに表現できないのかなって」
鈴と美有貴は他人だ。他人だからこそ見えることもあるし、けして見えないものもある。
鈴は『着る人が決まっている服』を作るデザイナーだ。鈴のつくる服はイメージで出来ている。その人がどう輝くかにまで影響を及ぼす重要な仕事なのだ。その人自身の輝きを歪めないよう細心の注意を払う必要がある、はずだったのに。
「鈴ちー、そんなこと言わないで!」
「え?」
「鈴ちーの服はいい服だよ! ぼく好きだもん。ぼくもね、ぼくもね、思ってたんだよ。鈴ちーの服のほうが、ぼくに似合ってるんじゃないかなって。ぼくのことよく知ってるんだなって。すごいなって思ってたの。だから、鈴ちーの服は、ちゃんとぼくの服なんだよ!」
必死に訴えてくる真剣な瞳に、嘘はない。なんて素敵な男の子なんだろうと鈴は思った。普段は無邪気にふるまうくせ、こうして大事なところでは、鈴を元気づけてくれるのだ。
他人を幸せにできる男の子は素敵だ。きゅうっと胸が締め付けられて、泣きそうになる。
「ありがとうございます。嬉しいです」
「嬉しいけど、悔しいって顔してるね?」
「あはは、まだ悔しがってますか、わたしの顔。ダメですねー」
くしゃっと顔を歪めて俯いた鈴に、うーん、と美有貴は顎に人差し指をあてて考えた。
「じゃあ、じゃあ、今度、ぼくと一緒につくろ? したら、いいじゃん。二人で作ったやつなら、二人がスゴイってことだもんね」
「あ! いいですね」
「初めてのキョードー・サギョー」
「あはは、美有貴くん、それじゃ、結婚式だよ」
それっていいな、と美有貴は思った。結婚式で、美有貴と鈴が二人で考えたタキシードとウェディングドレスで、並んで歩くのだ。それはすごく幸せなことだ。




