孝司とシオン 『休日』
「孝。どっか入ろう」
孝司はシオンの提案を受け入れ、人通りの少ない道にひっそりとたつ個人経営のコーヒーショップに入ることにした。
窓際を避け、入り口から死角になる柱の傍の席を選ぶ。小さな丸テーブルを挟んで向かい合って座り、小さな紙切れひとつで済むメニューを眺める。選択肢は多くない。何も言わずともシオンはこれでいいだろと指差してきたので、孝司はただ頷くだけでよかった。
お冷とおしぼりを持ってきた40代~50代の女性店員にシオンがブレンド2つを注文した。微笑みながら言うところはさすがで、完全にオフモードの孝司には真似できそうにない。
「どうだった、孝。今回は」
「あー、まぁ、新鮮だったわ」
「前もそんなこと言ってたな。キョーミ無さ過ぎだろ」
「興味ねーわけじゃねーよ、面倒なだけ」
「ああ、そ。それがキョーミねーって言うんだよ、ばーか」
シオンはそこで会話を切って、お冷を一口飲んだ。グラスを持つその手の爪は、綺麗に磨き上げられている。シオンは自分を磨きあげることに関して情熱を注いでいる。アイドルになったから気にするようになった孝司とは違い、もともと興味があったのだろう。
今日は一日のオフを使い、シオンの誘いでセレクトショップを巡っている。シオンはその感想を求めていたのだ。
シオンと買い物に出掛けるのは初めてではなく、年に数回ある言わば恒例行事だ。その内容はいつも決まっていて、自ら思い立って服を買いに行く習慣のない孝司を、シオンが好き勝手に連れ回すのである。今日のように一日を掛けることもあれば、一時間だけの時もある。
「仕事の時に選ぶのはきっちりしてんのに、プライヴェートは適当なアイドル。ああ、やだやだ。なんで格差つけんの?」
「仕事だからだろ」
孝司がむっとして言い返すと、シオンは髪を掻きあげてため息をついた。そこに注文したブレンドコーヒーが届く。持ってきたのは注文を取った店員とはまた違う女性店員だったが、あからさまにちらちらと二人の顔を盗み見ていく。孝司は表情を消したが、シオンは気にすることなく笑顔を振りまいていた。
シオンのライトブラウンの髪は、伊達メガネくらいでは誤魔化しきれないほど特徴的だ。外にハネるように綺麗に整えられていて、テレビで見るより少し落ち着いているくらいでほとんど同じだ。着ている服も周囲から浮いたハイブランドで固めていて、もしかしたらバレたいんじゃないかと孝司は疑っている。そうでなかったらわざわざ自分から目立とうとはしないはずだ。
「今のはねーわ。マジ最悪」
「んなこと言うなって。お前の好きなお仕事のうちでしょーが」
「無理。今おれ休みだし」
「あー、ダメだね孝。ダメダメだよ。真面目にやんなら、こゆとこもキッチリしないとさ。夢を売ってんだから」
「うぜえ」
「ガキ。そんなんで真面目に仕事してるんだーとか、マジ、ガキ」
言い返しそうになるのを、孝司はぐっとこらえた。シオンには敢えて孝司を怒らせるような言葉を言って遊ぶ趣味がある。からかわれていると知りながらそのまま会話を続ける趣味は孝司にはない。
口を閉ざすことで会話を拒否した孝司を見て、シオンは肩をすくめた。
「鈴ちゃんにいーとこ見せたいからでしょ?」
「はあ? なんであいつが出てくんの」
思ってもみない名前を出され、孝司はつい返事をしてしまう。
「さっきの話だよ。仕事の時だけ真面目に服選んでるって話」
「ねーよ」
「それこそねーよ。鈴ちゃんじゃないときは話聞くだけ聞いて終わりでしょ、お前。でも、あの子の時はちゃんと選んで、話ししてる。これほど分かりやすい奴見たことないね。お前格好つけたがりだもんな。わかるわかる。そんな拘りとかないのによく喋るよな。ブーツに裾入れるか入れないかとかさ。自分に何が似合うかすら分かんないくせに」
孝司は言葉に詰まった。シオンの言っていることは正論だった。
仕事を真面目にこなすといっても、不得意な分野では、孝司にできることはほとんどない。特にメイクや衣装といったことで自ら魅力を引き出そうとするシオンと違って、孝司はされるがままだ。ただ立っているだけで、彼の周囲がよりよく見えるように演出してくれているに過ぎない。
「……おまえに関係ねーだろ」
「あるよ。すっげーある。オレあの子と話ししたいの。邪魔すんなよ」
シオンの目がすっと細められた。冷ややかな声で告げられた言葉は、ほとんど宣戦布告に近い。
「おまえ、それマジで言ってんの?」
「マジだね。気に入ったからね。仕方なくない?」
確かに前からシオンは彼女を気に入っていた。女性に対して積極的な性格を鑑みてもあからさまなほど、アプローチを仕掛けていたのを孝司も目撃している。
この男と争って勝つことができるか、孝司には決定的な自信がない。孝司は焦燥感がつのり、苦々しく口元を歪めた。
「なんであいつなんだよ」
「それはこっちのセリフだよね」
孝司とシオンは二人そろってコーヒーカップに口をつけた。湯気が立っていたはずのブレンドコーヒーはもうすっかり冷めきっていて、舌に刺々しい苦みだけが残った。




