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大伴美有貴×鈴 『ぼくの勝ち』

「おはようございます」

「鈴ちー! 待ってたよ!」


 朝、『KISSME』の楽屋を訪れた鈴は、駆け寄ってきた大伴美有貴に両手を取られた。


「美有貴くん? すみません、お待たせしちゃいましたか」

「ちっがうよ。ぼくが勝手に待ってただけだよーっ。ゲームしよ!」


 彼が指をさしたところには、楽屋のテレビに繋がれた、最新型の据え置きTVゲーム機があった。

 テレビ画面に映っているのは、学ランを着た少年が、横にも縦にも2倍大きな筋肉男にパンチを繰り出している衝撃的なシーンだ。画面を横断するように、黄色い文字で『PAUSE!!』と表示されているところをみると、美有貴が直前まで操作していたのだろう。


「でも、わたし、あの、仕事が」


 遠回しに断ろうとした鈴だったが、美有貴に問答無用とばかりにぐいぐいと引っ張られ、テレビの前の二人掛けソファに座らされてしまう。鈴の隣にはもちろん美有貴が座った。


「いーからいーから、おーねーがーいー。孝ちゃんが忙しいって相手にしてくれないんだよー。秦っちは聞こえてないしさー。シオちゃんに至ってはどっか行っちゃったしー。ねーねー、時間あるでしょー」


 楽屋の中にいるのは美有貴のほかには、霧森孝司と秦宗佐だけだ。二人ともこちらに背を向けて、孝司は音楽を聴きながら何か原稿を書いており、宗佐は蓑虫のように毛布に包まるように寝ている。


「ね、ね? 一回だけ! 一回だけでいいから! 鈴ちーがやってくれたらやる気でるのになぁ~がんばるのになぁ~」


 甘えるような美有貴の言に、うっと鈴はたじろいだ。

 彼女は、『KISSME』を支える仕事にやりがいを感じており、彼らの役に立つことを行うのが好きなのだ。とりわけ美有貴のような、集中力にムラがある人物によりよい仕事をしてもらうのには、いかに気持ちを乗せることができるかがカギになっている。彼女が原因でやる気が殺がれたなどと言われれば、鈴は後悔するだろう。美有貴はそこのところをよく分かっている。

 時間に余裕があるのも本当のことだ。率先して衣装を選びはじめ、時間を掛けるシオンがいないのでは、鈴としてもやることがない。今の孝司に話しかければうるさがられるだろうし、宗佐は寝ているし、美有貴は一度相手をしなければ絶対に着替えようとしないだろう。

 渋々ながら、鈴は自ら2Pコントローラを手に取った。


「一回だけですよ?」

「うん。やったー! ちょっと待ってて、こいつだけ倒させて」


 美有貴はそう言って一時停止ポーズ画面を解除した。解除したと同時に、少年キャラに殴られた筋肉男が鈍い効果音とともに後方に吹き飛んでいった。

 画面の上部中央には、数字が表示されており、1秒ごとに減っていっている。ゲームの残り時間を表しているのだろう。時間表示の枠を挟んで、赤い棒と黄色い棒が左右に伸びている。左右非対称であり、どちらかの赤い棒がほとんど減っていないのに対し、残りの一方が残り3割ほどだ。棒の下には、王冠のような記号がそれぞれ並んでいて、赤い棒の長いほうが2個、劣勢のほうが1個獲得していた。

 クラシカルな画面構成で、鈴にはやっとそれが格闘ゲームであることが知れた。

 ただ、鈴の知っているものとはまるでかけ離れている。パンチがヒットした時の衝撃波がアニメ・ゲーム的な集中線で表されるのは変わらないが、キャラクターの造形や動作、カメラワークがリアルなのだ。


「うわ、画面が平面じゃないんですね」

「こゆの慣れてないんだ? じゃー画面酔いしちゃうかもね。ちょーハンデだ」


 操作キャラクターたちの身体つきや顔立ちは、リアルさとどこか二次元らしい非現実的さが同居している。それはキャラクターの着ている服装も同じで、少年の着ている学ランはまがいものの戦闘服だったし、筋肉男はいかにも二次元的な防弾ベスト一枚とボロボロのズボン一枚で戦っている。

 もちろん美有貴のキャラクターが優勢なほう――時折その拳から炎を飛ばす少年のほうだ。少年はタックルをしかける筋肉男を左右に避けながら、カウンターパンチを数発叩きこんだ。


「わたし、こういう、格ゲー? やったことないんですよね」

「うそー! まじで。そんなことあんの?」

「ゲーセンとかで見かけたことはあるんですけど……」

「あはは、コンシューマじゃないんだ。じゃあ、こいつやっちゃってから基本的なこと教えるよ」


 美有貴はそう言って、ガガガガガッとコントローラのボタンを次々と押していった。

 すると、少年が画面からはみ出るほどの大ジャンプからの兜割りを放ち、地面から激しい火柱が立ち昇り筋肉男を包み込んだ。そのエフェクトが消失した頃には、男は地に倒れ伏してピクリとも動かなかった。3割ほど残っていた赤い棒も消えている。

 学ラン風のジャケットがふわふわと風になびき、少年が鼻をすするような仕草をして、「おれの力を見たか!」と生意気な台詞を相手に放った。画面に『YOU WIN』の文字が出た。

 展開の早さに鈴が呆気にとられている間に、美有貴はストーリーモードを終了させ、対戦モードを選択する。オプションで1ラウンド先取とタイム無限を選ぶ。適当なキャラクターを選択させ、初期マップを選んで、画面上では戦闘開始のゴングが鳴った。


「この赤い棒みたいなのがHPゲージ。体力ね。こうやって殴ると、減らすことができます。この体力が無くなったら負けちゃうんだ」

「つまり、自分の体力が無くなる前に、相手の体力を無くせば勝ちってことですよね」

「そうそう。それで、その下の黄色いのが必殺技ゲージ。溜まると必殺技が出せる。出すのは、ちょっとむずい。あとで説明するね。で、基本の動きをやってみよー」


 美有貴は鈴に手元を見せるようにしながらボタンと行動を対応させて実演した。

 左手の十字キーや右手の4つのボタン、左右のアナログスティック、さらに裏側についているボタンと、覚えるボタンは多い。四苦八苦しながらも、なんとか覚えていったようだ。おそるおそるボタンを押していく彼女はかわいいが、操作キャラであるキザなタキシード男のぎこちない動きはとても気持ちが悪い。


「えっと、小攻撃で、大攻撃に、ジャンプ攻撃と下段攻撃、ですね」

「そうそう。できてるできてる。続けて攻撃決まると、こうやって画面にコンボカウントが出て、必殺技ゲージが溜まりやすくなるの」

「コンボカウント? あ、ミスなく続いたってことですか?」

「で、他にも、相手が攻撃してきたとこに……ちょっと攻撃してみて。うん、で、どりゃっ。これが小カウンター。大カウンター。投げ技。ガード。スライディングで転ばせて下段攻撃っ。スタンさせて後ろを取って攻撃」

「えっ、カウンター? ガード? スタン? ちょ、早くてわからな」

「最後に、固有のコマンド入力で必殺技だよ。ちょーかっこいいんだ。見てて見てて、こーやってこうして、どーん!」


 美有貴の操る、先ほどと同じ学ラン少年に、タキシード男が吹き飛ばされる。今度は火柱ではなく、炎の波のようなものが少年の手から飛び出して、男を爆発とともに吹き飛ばした形だ。

 目で追えないほどの指の動きを見て、鈴は気が遠のきそうになった。鈴には数年掛かってもできそうにない。


「これ絶対わたし負けますよ」

「やる前から弱気ダメだよー! やってみよう!」

「弱気というか、これは本当にムリで」

「じゃあ、じゃあ、ハンデつけよ。ぼくHP半分から始める。そいで、ぼくは3ラウンド勝たないとダメで、キミは1ラウンドでも勝ったら勝ち! そしたらいーでしょ」

「……はい」


 逃げ道をふさがれて鈴は肩を落とした。どう考えても勝敗はついたようなものなのだが、美有貴にとってはそんなことはどうでもいいのだろう。

 再度オプションを変更して、キャラクター選択画面にうつる。

 選択画面では、20人のデフォルメされたキャラクターがスラム街、鉱山、荒野、海を表す4つのミニマップに5人ずつポーズを取っている。カーソルが合ったキャラクターは点滅し、左右に大きなキャラクター絵が表示される。


「美有貴くん、強いキャラってどれですか?」


 キャラクターの選ぶ基準すら、鈴にはまるで分からなかった。一縷の望みでも、万にひとつでも、勝ちが見えるようなキャラクターであれば何でもよかった。


「えー? 変わんないよ。でっかいのはノロイ感じがするくらい。でもパンチちょー強そう。見た目だけ。出しやすい必殺技コマンドのキャラは、主役級がいーね。炎のこいつと、水のキンパツと、花のセーラー服と、トランプの怪盗おねーさん」


 美有貴のアドバイスに従って、じっくりと吟味した結果、鈴はセーラー服の少女をチョイスした。美有貴は先ほどと同じ炎を操る少年だ。

 選んだステージは、それぞれの操るキャラクターが初めて出会った場所という設定のある、一本だけ桜の咲いた荒野ステージだ。もちろん、鈴にはそんな設定すら知らない。

 『Ready?』と表示が出て、3カウントの後にゴングが鳴り、試合が始まった美有貴のキャラクターのHPゲージは初期状態からHP50パーセントの状態だ。


「うりゃーっ」

「きゃあ。か、カウンターカウンターカウンター」

「あはは、あはは、出来てないよー。とりゃっ」

「いたあっ」

「キミは痛くないでしょ。あはは」


 一回戦目は、美有貴が手を抜いた状態でも、5分も経たないうちに、セーラー服の少女はあっさりと倒れてしまった。二回戦目は、大攻撃をかわしてからのスライディングを二発ほど受けたが、美有貴の相手としてはまだ動作が遅かった。

 二回目の少女の敗北シーンを目にして、鈴はすっかり意気消沈して表情が暗くなった。

 肩が触れるほど近くにいるのに、ちっとも楽しそうにしない鈴に、美有貴はなんだか面白くないと思った。もっと頑張る何かがあったら違うのかもしれない。

 その何かを考えて考えて、美有貴がピン! と来た時には、既に『Ready?』の文字が表示された後だった。


「鈴ちー、鈴ちー、負けたら罰ゲームだかんね! 頑張って!」

「えっ、そんな、聞いてな、あああ!」


 結果的にその一言に気を取られた鈴の操作キャラクターは、美有貴の少年キャラの猛ラッシュを受けて悲鳴を上げて画面後方に吹き飛ばされていった。

 ガチャガチャガチャッと隣で発せられる激しいボタン連打音を聞いて、鈴は嫌な予感がした。受け身を取って素早く起きあがった少女をガードさせ、自分自身も身体をこわばらせる。


「必殺! 炎斬波っ」


 少年の手から発せられたのは、タキシード男との練習戦闘のラストで見せたのと同じ技だった。炎の波が少女を包み込み、爆発とともに小さな身体が跳ねあがって宙に舞い、地面に落ちて行った。必殺技にはガードの効力はないようだ。


「やったー! ぼくの勝ちっ」

「ずるいですよー、何もできなかったあ」


 わーい、と両手を上げて喜んだものの、鈴の残念そうな声にはっとした。彼女のやる気を出させて戦い合うはずが、隙をついた卑怯な形になってしまった。


「あはー。ごめんねー、違うんだよー。鈴ちーがもっと頑張ろーってなるかなって思ったんだけど……ちょっとテンション上がりすぎてっ、やっちった」

「美有貴くんてばー」

「でも勝ちは勝ちだもんねー。鈴ちー、罰ゲーム!」

「はあい……」


 もう鈴には反論するだけの気力がない。三回戦目で一撃も与えられなかったのは残念だが、結果はわかりきっていたことだ。キャラクター選択画面の軽快な音楽をBGMに、深くため息をついた。


「なにしよっかなー。ふふーん」


 罰ゲーム、というからには、鈴にとってちょっとだけ、不利益になりそうなものがいい。とはいえ、あくまでも遊びのなかの罰ゲームだし、そんなにひどいものはいけない。鈴が許してくれそうなもので、仕事に影響の出ないものがいいだろう。

 美有貴はちらりと楽屋を見回した。孝司は先ほどと同じような格好のままこちらを見ようともしていないし、宗佐は寝たまま、シオンは帰ってきていない。つまるところ、鈴と美有貴がどうしようとも文句を言うやつはこの部屋のなかにはいないのである。

 子どものような無邪気な笑顔を浮かべ、美有貴は鈴ににじり寄った。


「鈴ちー、ぼくにちゅー!」

「ええっ!? どうしてですかっ」

「勝利者に姫からの祝福のちゅーでしょー」

「姫!?」

「はやくっ、はやくっ」


 ツッコミどころがありすぎて対処しきれない。祝福なら勝利者へのご褒美じゃないですか、とか、姫ってなんですか、とか、わたしへの罰ゲームじゃなくて美有貴くんへの罰ゲームになってるんじゃないですか、とか言いたいことが山ほどある。少なくとも鈴にとっては嫌ではなかったから、罰ゲームでもなんでもないのだが。

 期待のまなざしを向けられ、鈴は途惑いながらも、よしっと気合いを入れて、自分から美有貴に近付いた。彼自身が望んだことなのだから仕方がない。鈴は目をとじて、そこに口づける。


「……えっ」

「え?」


 目を丸くした美有貴に見つめられ、鈴は首をひねった。言われた通りにやったのに、驚かれる意味が分からない。


「なんで?」

「なんでって、何ですか。恥ずかしかったのに」

「ぐぬぬ」


 ちゅっと小さく可愛いリップ音を響かせたところは、美有貴の頬だった。場所も指定するべきだったのか、と彼が理解し後悔したときにはもう遅い。


「鈴ちー、もっかい! もっかいしよ!」

「だめですよ」

「ちゅーじゃないよ、ゲームだよ」

「わかってます、だめです。一回だけって約束だったじゃないですか」


 鈴の言っていることは正論だった。確かにそういう約束だ。言い出したのは美有貴自身で、乗り気でない鈴を無理に誘った自覚もある。これ以上我がままを言って、鈴に嫌われては本末転倒だ。せっかく彼女とキスが出来るチャンスだったのに、フイにした自分が悲しい。美有貴はすっかり気落ちして、深くため息をついた。


「今度は正々堂々お願いすべき?」


 ぽつりとつぶやいた美有貴の言葉に、鈴はこっそりと笑った。

 お遊びの延長上のように、ほかの誰かがいるところでなんて、鈴にはできないのだということを、美有貴は分かっていないのだ。『今度』がまたそう遠くない日にやってくるだろうという強い予感に心がときめくのを、鈴はまだ秘密にしている。

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