コートの洗礼(後半)
「——なんね、あいつら」
コートの脇で給水用のボトルを握りしめたまま、2年生の長谷部陸は、乾いた声を漏らした。その視線の先では、新入生の如月双子が信じられないような精度でコンビネーションを繰り返している。
2人がコートに入った瞬間、それまでどこかくすんでいた墨ヶ丘のコートが、目も眩むような鮮烈な光に満たされていくようだった。
(1年で、もうあんなバレーができるんか……)
長谷部の胸の奥に、どろりとした焦燥感が広がっていく。
自分は決して上手くない。この強豪・墨ヶ丘の門を叩いてから2年間、誰よりも早く体育館に来て、誰よりも居残り練習をしてきた自負はあった。けれど、目の前で繰り広げられる「本物の才能」は、自分が積み上げてきた血の滲むような時間を、一瞬で踏みにじっていくような圧倒的な暴虐さを持っていた。
「長谷部、次入るばい!」
3年の九条先輩が、いつもの穏やかな笑顔で声をかけてくれる。ハッと我に返った長谷部は、「はい!」と声を裏返らせながらコートへ走った。
(負けられん。俺だって、2年先輩っちゃけん——!)
天才たちに追いつきたい、認められたいという一心から、長谷部の身体はガチガチに強張っていた。双子の華やかなプレーが脳裏に焼き付いて離れない。煉のような鋭いツーアタックを、裂のような美しいレシーブを。無意識のうちに、自分にはない「他人の形」を追いかけてしまっていた。
ネットの向こうから、強烈なスパイクが放たれる。
(拾う——!)
長谷部は無理に身体を滑らせ、裂の真似をするように綺麗なフォームでボールの下へ潜り込もうとした。しかし、力んだ指先はボールの芯を捉えきれず、鈍い音を立ててコートの外へと弾け飛んでいく。
「すんまっせん……っ!」
焦って何度も頭を下げ、顔を真っ赤にする長谷部に、追い打ちをかけるように煉の冷徹な視線が突き刺さる。言葉には出さずとも、その瞳は「なんでそんな簡単なボールを」と告げているようだった。
「どんまいどんまい、陸。ちょっと力んどるばい。リラックスね」
九条がぽん、と長谷部の背中を叩く。しかし、その優しさすらも、今の長谷部には惨めに響くだけだった。自分の色がどんどん薄くなり、この強豪校のコートから消えていくような恐怖。
(俺には、何があるっちゃろ……)
ボールを拾い上げる長谷部の拳が、小さく震えていた。
彼が自分の本当の武器——床に這いつくばる「泥臭い執念のレシーブ」に気づくのは、まだ少し先のことだった。




