夢を見るもの、夢の中を歩くもの
死んだ遺体は一人で間違いない。けれど、何故二人分あるのか。
「僕は洋祐が言っているとおりだと思うよ。」
天羅は学校の校門の前に集まる野次馬の中で呟く。完全に浮く洋祐はとおくで待っている。
「そうね・・・。同じ人が二度焼かれた、って。ちょっと意味が分からなくて混乱しちゃうわ。」
「そうか?俺たちはほぼ同じだから焼かれたら一人として数えられるぞ。」
九理はいたって普通に言った。それを聞き、まじまじと見る桃子。
ーー実際は子鬼としてのステータスは私たち人間よりもはるかに高くて、驚くけど。中身は同じ・・・。
「そうは言っても、人間の中ではあり得ないから、事件なんだろうね。まぁ・・・、事件にはならないのだろうけど・・・。」
天羅は学校の周囲を見て、何かを見つける。
「この学校てさ。新しくないよね?」
その言葉に、桃子は非常に不愉快そうに答えた。
「かなり古い建物が内部にあるわ。界域をこの学校が取り込んでる。霊のせいなのか、あの山の社のせいなのか。それは分からない。」
「ふーん・・。」
天羅の視線はじっと見つけた者にあてていた。それは、ゆっくりと学校の外へと歩いている。
それが、何かはよくみえず、けれど、確かに人を模り、生きて動いている。
ーー六道院家のお嬢さんがまだ、いるのかな・・・。彼女が完全に死んだと断定しないでおこう・・・。
天羅は頭に浮かんでは消えるいくつもの疑問を答えを出さないまま、保留とした。人の生き死にをあんまり理解出来ないことが、妖怪の悪いところだ。
「桃子さん。そろそろ行こう。ここで留まったってどうしようもない。」
「・・・そうね。九理は学校に呼ばれているんだっけ?」
「・・・まぁ。行く必要ないと思う。それに、そろそろこの学校もヤバイだろ。」
九理は屋上を見つめて、呟いた。実際、どうヤバイかを質問されても答えられないが、彼の見ている空間にはキチンと映っているものがあった。耳のイヤリングもそれを危険だと知らせている。
子鬼達には見れる界域があり、その界域が赤くなれば、危険。緑であれば、少し危険。青であれば、問題ない。そして、黄色であれば。
黄色い空間。そこは入れば分かる場所。
九理には見えている。そこが黄色と赤が混じった空間だということ。
ーー陽華は気になったら行動するタイプ。きっと、気になっちまったか・・・。俺ですら、あれは止めるのに・・・。
九理はなんとなしに結論してしまう。けれど、陽華のことは大切に想う対象ではある。
ーー救えるかどうか、か。あの中に入るには勇気がいるだろ・・・。・・・救えないかどうかより、俺たちが帰れるか、か。
九理は自分ももう黄色い空間に入っていることに気づいてはいた。陽華を探してここに来たが、もう理解できないことが多く起こってしまっている。
ーー俺も妖怪の端くれだけど、ここは妖怪の入る場所ではないってことがよく分かったよ。それこそ・・・。
九理は桃子と天羅に視線を向ける。
ーーあの二人もそれを知っているから反対した。ここが。あの八百万が見放した土地だってこと。
『大穴入』という土地。文言ではなにを指しているのかは理解出来ない。ただ、その名前は土地が『そう呼ばれる理由』から名前がつく。誰かがここを訪れて、そう名付けた。
大穴が何を指し、入ってしまったものは何なのか。
「じゃ、九理は私たちと行動するのね?出来ればそうした方が良いとは思うけど、危険なのはどこにいても同じ・・・。」
桃子は呟いて、あることを思い出した。
「この街に秋山ご一家が住んでいらっしゃったはずよね?」
「え?」
天羅が驚いた顔をした。
「こんな所に?」
秋山と言えば、妖怪たちのあいだでも有名な人々。とはいえ、この街の異常さゆえに、かの有名な人々が住んでいるとは思えない。
「えぇ。理由は知らないけれど、あの人たちからしたら、こんなよく人が死ぬ場所の方が住みやすいのかも。」
「・・・。彼らのような西洋の妖怪はそうかもね。」
天羅は腑に落ちてはいないが、彼らがこの国の妖怪とは違う、という意味で納得した。
「霊とかそういうのは見えたりするのかな?西洋の妖怪。」
九理はぼそりと呟いた。
「洋祐がまた入り口に戻っていると思うから、駅まで行きましょう。」
九理の独り言は誰にも聞かれなかった。桃子が先導して駅まで向かう。
六道院愛桜は娘の裕樹の亡骸を見届けに大穴入駅のホームをくぐった。
久しぶりにやってきた故郷は懐かしさも何もない。夫の死も受け止めていた。
六道院昴は女癖があった。若い女性をみては、愛桜を見比べ、愛桜が美しいと判断しては夜な夜な愛桜に愛を囁く。
愛桜も、美貌を保つことが芸能界では必要だったし、なにより夫が他人に手を出し、犯罪を行い警察に捕まることを恐れた。
まだ、娘に手をだすのなら、様々な事を隠蔽できる。だから、裕樹と共に昴がこの場所に住むことを許可したのだ。
けれど。
ーー裕樹と夫には何も、なかった・・。変、ね。裕樹が男の子のように振る舞っても、高校生にもなったら、絶対に、私と同じ美人になって・・・。変、よね・・。
愛桜は、娘に会うのも六年ぶりだ。仕事が忙しいというよりも、裕樹に愛情がないから、あう理由がない。
愛桜は自分を愛してくれる昴にもすでに愛情は無かった。
ただ、夫としてのスペックがあるからという理由で、別れることも無かった。昴の事も娘の事も気にかけずにいた。
愛桜はそんなことを考えながら、警察署の場所を探した。愛桜は人目につく格好をしていたし、綺麗な顔に自信があった。
ーーあれ・・?
愛桜は一瞬目を疑った。見たこともない綺麗な女性が愛桜の目の前を横切っていった。
ーー佐代子?
浅瀬佐代子。愛桜の友人で、昔、自宅の家政婦として雇っていた。その時に酷い事実が起きた。
ーーなん・・で?
蘇る、記憶。
「佐代子!」
つい、叫んだ。
ーーーー・・・・
何一つ音は響かず。列車の大きな音だけが鳴り響いて。
ーーあいつ、ここに・・・?
胸の音は弾けるように鳴り響く。怒り、怒り、いかり、いかり。
佐代子は言った。愛してくれと言ったのではない、と。
佐代子は言った。許して欲しい、と。
ーー許さない、ゆるさない、許さない許さない許さない。
愛桜はその手がもう一度、彼女の首を、胸を。
黄色と赤色が混じる。
九理は、顔を上げた。駅は騒がしく、街の外に通う中学生がわらわらと出てくる。夕暮れの夏の陽差しは、まだまだ元気で。
「・・・洋祐が、いない・・?」
天羅はぽつりと溢した。
駅の中へ誰も迎えには行けなかった。桃子は持ってきていたいくつかの鈴を慌てて探した。彼女の鞄はとても小さいのに、色々入っている。
「いないんじゃないよ。連れて行かれた。」
九理は小さな声で呟いた。彼に見えるこの『見えない色』は、知っている人の家に続いている。
「・・・。洋祐がついて行く理由がないし、連れて行かれたって言葉が正しいわね。でも、行かないという選択肢がないわ。」
桃子は洋祐がわざと連れて行かれたのだと判断する。
「洋祐を連れ戻すのは分かるけど。どこに?」
天羅は首を傾げる。
「・・・九理。見えているわね?」
天羅の仏頂面と桃子のむすっとした顔。二つの顔が九理を見る。九理は頷く。
「あの女の家だよ。六道院の。」
「ああ・・・。死に方があれな・・。」
天羅の言葉に桃子は一瞬、胃を抑える。
「嫌な言い方を言わないでよ。えーっと、裕樹さんだっけ?」
「うん・・・。近づかない方が良いとは思うけど。でもそっちに向かってる。確か、母親と兄が別で暮らしてるって。変な親子だよ。」
それは、九理の言葉にしては変だった。天羅が首をひねって尋ねる。
「変って?」
「あの親子、絶妙に・・・。なんか変。違和感でもない。ただ・・・。」
「うーん・・・。もしかして。」
桃子は気がついて、言葉を口にした。
「『ずれて』いるんじゃないかしら?」
「あ!そうそう。そんな感じ。なんか、人・・・なのか・・・。うん・・・。」
「なるほど。そういう・・・。」
天羅も納得した。そういうことか。だから、あの人間みたいなものは。
「妖怪より妖怪みたいだなぁ・・・。」
天羅が言った言葉に、桃子は乾いた笑いをした。
この土地は独特の空気をずっと保っている。八百万の神からの恩恵がないのはもしかしたら、この土地に『入って』きたものたちによるものだろう。
桃子にとって、この土地もまた、清める対象ではある。始祖が桃子に課したものは、姉の若葉にはできないことで。母の水樹でさえ、若返りの力を持っただけに留まった。桃子はその使命を、広瀬家で唯一受け継ぎ、だからこそ、若葉は子鬼たちを子供に迎え、桃子の手伝いを命じた。
ただし、結婚した夫の一樹は、なんの力も無く、九理や陽華すらよく見えない人だ。子供がいるという認識はあるが、妖怪に対する知識は何も無い。
若葉は、家の古いしきたりに則り、夫を外部の、力の持たない者を受け入れ、子供が生まれてくることだけを祈るぐらいしか、家への貢献が出来なかった。
若葉は桃子を大切にしているし、なんなら夫の一樹なんて眼中になかったりする。家の宝である桃子より優先するものはない。
「死んだ者達が奇怪なことするのは当然でしょう?妖怪だってか・な・り、変よ。でも、今回は死んだ人が多すぎる・・・。」
「・・・。なんで、死んでいるはずなのに、生きているふりができる?よく分からない・・・。」
九理はぼそぼそと言う。彼は昔から多少は怖がりだ。
「・・狸や狐と一緒でしょ。化けている・・とか?」
天羅はここぞとばかりに呟いた。彼もまた、よく分からないのに、知ったかぶる。そこは洋祐によく似ている。彼らは親族でもないが。
「違うわ。そんな生やさしいのなら、世界は平和よ。人が生み出す怒りや憎しみは、妖怪よりも怖いのよ。人の心ほど、恐いものはないっていうでしょ。」
「まぁ。そうだな。桃子の怒りは俺の力を上回る。」
九理は納得して頷く。
「なんでよ。」
桃子は見当違いな頷きに、九理の頭を叩く。子鬼だとて力は鬼と同じ。九理にとっては少しも痛みのない良い感じの殴り加減だった。桃子の手の方が痛いだろう。
「よし。じゃあ、行くか?九理。怖くても行かないと陽華を連れ戻せない。」
天羅はようやく、話しを戻した。
「・・・陽華の居場所が今も分からないし、どうするか考えていたんだけど。」
「陽華は死なないからね。」
桃子がはっきりと言う。
「うん・・・。どうして遺体が出たんだろう?」
「・・・。それは分からないし。そもそも、遺体、見たけど。誰だろうって首傾げてたから。」
桃子が、九理の疑問に頷く。同じ子鬼。死んだら分かるだろうし、けれどどうして人間が遺体を見つけたのだろう。
学校の人間が見たことはあるのは、そういう風に『見た』と錯覚しているだけだ。もちろん、子鬼の生態なんて知らないが、人間に化けているだけで、人間ではない。
妖怪を怖いと思い浮かべる人は多くいるだろう。桃子の家もそうだが、そういう『位置づけ』を持っている家庭では、案外、妖怪そのものを恐れてはいないはず。だが、いろいろなものをごった煮にしてしまえば、妖怪も霊も人間だって同じように恐ろしいと考えられる。
さて、今回の桃子たちは陽華という子鬼を救出するためにやってきただけだ。この街になんの思いも抱いてはいない。
「洋祐も連れ去られるようなことしたのかな?」
九理のとても不思議、と皆のことばを代弁して言うと、
「うん、それも気にはなった。あのじじい、自分から行っただろ。」
天羅の辛辣な言葉に、
「・・先生は昔からひょうきんだからね・・・。私もたまにぶん殴りたくなるような行動をするのよ。」
「「殴っておけば良いよ」」
九理と天羅が同時に答える。
「うん、そうするわ。じゃ。陽華を迎えに行きましょう。その六道院の家は今なら入り込めるはずよ。」
桃子が堂々と言う。
六道院の家もそうだが、桃子はよく家を家と思ってはいない。見えている世界が他人と違いすぎて、特に幼い頃の友人達は彼女を仲間はずれにしては、遠くで嘲った。けれど、いざ、本当の霊障にあえば、許しを請い、あまつさえそれを退けてもらうように頼んだ。
桃子は人の悪意を知り尽くしている。目の前に弱いものがいれば救おうとするが、自分たちを蔑んだ者達からの頼みなど聞きはしない。
今回は六道院という親子が住んでいる家に向かうと言ったが、実際に桃子が向かうのは、辺鄙な場所に遺されている井戸がある雑草が伸びきった空き地だ。
見えているものには家があるように見えただろう。見えていないものが見た世界は井戸のあるただの空き地。おそらく井戸を壊せなかったから、あの場所に空き地が出来た。周囲には家が何軒が建ってはいるが、まるで歪んだ世界には家が乱立して建ってしまい、むしろ迷宮のようになっている。
人が住む家はない。けれど、それ以外は住むだろう。住み続けるだろう。
歩きながら桃子と天羅は警戒していた。九理はそういう込み入ったものはよく分からないため、逆に自分の力を使えるように色々と考えていた。
「それにしても、あのじじい・・・。いったいどうして首を突っ込む気になったかねぇ?」
天羅はぼそぼそと言う。
「それは言わない言わない。・・・少なくとも天羅には悪いと思っていて・・・欲しいかな。」
「・・・。」
天羅は一度桃子を見て、ふくれっ面なまま小さく頷く。
「天羅。陽華を助け出す前に言うけど・・。」
九理は少しだけ考えてから、
「天羅のことは絶対に、家族だとは思わないから。」
と、ちょっと楽しそうに笑った。
「な、なななっ!おい、九理!今そういうおふざけはいらないんだよ!」
二人が馬鹿みたいにふざけあっているのを見ながら、桃子が考えていたことは、
ーーあいつら妖怪の結婚式って何するんだろう?
だった。




