第7話 失恋
草原。
ゾーゴは風を感じながら空を眺める。
青い空、白い雲。それらは目に入っていない。
リズの事で頭がいっぱいだった。
アズとどこか似た女性。
平民でありながら魔法学科の研究員ということは、よほど才能を認められたのだろう。
もしゾーゴと結婚したら、リズは王都から離れないといけない。貴族学校を卒業するとき、ゾーゴはムラタリアの領主跡取りとして、故郷に帰らなければならない。
リズはそれを許してくれるだろうか。せっかく努力して手に入れたキャリアを棒に振ってしまう。
「リズ、許してくれるか?どうか許してほしい」
流れる雲に話しかける。
そこにシャルロットの声が聞こえる。
近くまでスライムを連れてきていた。
「坊ちゃーん。スライム連れてきたでー。どないしたらええのん?」
ゾーゴは立ち上がり応える。
「イネコ汁で倒してくれればいい。核さえ手に入れば、仔細は任せる」
「へーい。分かりやっしたー。イネコ、やっておしまいっ!」
「イエッサー!」
ゾーゴはまた地面に座る。
そして、ふと思い付く。
「いや、ちょっと待て!イネコ、まだ汁を出すな!」
「え?なにー?」
ゾーゴはシャルロットとイネコの方に歩く。そして合流して言う。
「なあ。スライムにシャルロット汁をかけたらどうなるかな」
「え…?」
キョトンとするシャルロット。そして、ニヤリと笑う。
「ニヤリ。坊ちゃんはアイデアマンやなー。あたしも興味あるわぁ。やってみたい」
「ニヤリ。そうだろ?イネコ、ちょっと待機しておいてくれ。さあシャル、やれ」
シャルロットが満面の笑みで言う。
「イエッサー!じゃあ濃いの絞り出したるでー。ウンタラカンタラ(詠唱)…ウォーター!」
シャルロットの指先から水が流れ出る。
シャルロット汁だ。
「ゴクリ」
シャルの汁は美味しい。
無意識にゾーゴの喉がゴクリと鳴った。
そして、シャルロットが手を叩きながら囃し立てる。
「鬼さん、こちらー。手ーのなる方へー」
それを見てイネコが大喜びする。
「うわぁ!私もやりたい!鬼さーん、こちらー!うふふ、楽しーい!」
そして、スライムがシャルロット汁の上を通る。
ぴたりと動きが止まった。
そして。
スライムの中に透けて見える核が輝き出した。
「何やねん、これ…ヤバないか」
「鬼さんこちらー!」
「イネコ、ちょっと黙れ」
「え?あれ?」
「あっ!」
そして、核は光を突然を失いポロポロと崩れ落ちる。
同時に粘体も崩れ、地面に広がり水たまりとなる。
ゾーゴがつぶやく。
「なんだコレ?」
シャルロットが水たまりに近寄り覗き込む。
「黒い石みたいなツブツブがあるなぁ。これ、砕けた核なんかなぁ。坊ちゃん、なんやのコレ?」
ゾーゴは少し考えから言う。
「そういえばリズが言ってたな。スライムの核はMPを失うと石ころになる。シャルロット汁はどういう理屈か分からんが、最終的に核のMPを失わせるのだろう。一方でイネコ汁は、毒の効果でスライムの粘体を破壊する。中を破壊するか、外を破壊するかの違いだろうな」
シャルロットが首をかしげる。
「なんや難しいなぁ。つまり、どういう事やの?」
「俺も詳しくは分からない。とりあえずシャルロット汁は封印だ。ここからはイネコ汁で核を集めるぞ」
「イエッサー!」
その日は、3つのスライムの核を手に入れ、冒険は終了となった。
翌日。
ゾーゴは放課後、魔法学科研究室に向かう。
手にはスライムの核が3つと、シャルロット汁が入った水筒がひとつ。
校舎の裏にある、別館の中に入る。
そして目当ての研究室の前に立つ。
一つ深呼吸して、入室前に服装の乱れがないかを確かめる。
その時、研究室の中からリズと他の誰かの会話が聞こえた。
見ると、ドアが少し空いている。
ゾーゴはノックするのをやめて、会話に耳を傾ける。
「リズ、これだけ純度の高いスライムの核は始めてだったな。おかげで研究がはかどった」
「そうですね。純度が高ければ、核へのMPの出し入れも効率がよいです」
「効率がよいとはいえ、違いは微々たるものだ。いずれにしても、あまりに効率が悪い。物語にある理力の剣の実現などは、夢のまた夢だ」
理力の剣と言う単語に、ゾーゴは全身を耳にする。
アズの声が聞こえる。
「しかし、前進は前進です。研究は日進月歩です」
「リズの言うとおりだ。さて、ゾーゴ様は、また核をくれるんだって?」
「はい。いつでも私が取りに伺うと申し上げております」
「ゾーゴ様とは例の…だよな」
リズが自分について話してくれている。
嬉しくなったゾーゴはドアノブに手をかける。
その時。
リズの残酷な言葉が聞こえた。
「はい、例の無能のゾーゴ様です。ゾーゴ様は、魔法研究に理解があるようでして…」
頭を鈍器で殴られた気がした。
無能のゾーゴ。
無限とも言える程のMPを持ちながら、肝心の魔法が使えない。
周囲を期待するだけさせておいて、長じて無能を晒した存在。
リズはそれを知っていた。
「ゾーゴ様はこれだけの品質なのに、対価は求めないのか」
「お金があるみたいです。一大穀倉地帯の伯爵家の嫡男ですから。お父様が有能だと評判ですし」
「ふむ。まあこちらとしてはありがたい限りだ」
「ゾーゴ様のご厚意に甘えましょう」
立派な父は誇りであり、そしてある意味ではゾーゴの弱点だった。
アズの想い人は父である。ゾーゴは勘づいている。
息子の自分は何時までたっても弟か子供扱い。アズにとってみれば、ゾーゴは父の付属物でしかない。
そして今も同じ。
アズとよく似たリズに片想いし、無能と評価され、そして父の付属物であるかのように扱われたのだと感じた。
いつもの周囲の評価。
無能のゾーゴ。
付属物のゾーゴ。
被害妄想に、抗う気力もない。
「それにしても、無償とはな…。もしかして、ゾーゴ様はリズに好意を持っているんじゃ」
「何ですか、それ。ゾーゴ様とは会ったばかりですよ。単に、学問に理解があるだけでしょう。それに、私の好みは王子様です。レインハルト王子。クールで冷たくて無愛想で、何をやらせても完璧な美少年」
ゾーゴはスライムの核を研究室の前に置く。そして、踵を返す。
勝手に始めた片想いは、勝手に終わらせることにした。
建屋から出て青い空を見上げる。
惨めには慣れている。涙も出ない。
ヤケクソになり、水筒のシャルロット汁を一気飲みする。
ゾーゴの目がカッ!と開く。
「豊かな潤い感のなかに見え隠れする甘みが(中略)これは潤いのトールハンマーやー!」
人とは単純なもの。
その美味しさに、少しだけ元気が出たゾーゴだった。




