第18話 デート本番
翌朝。貴族学校。
午前の講義を終え、ゾーゴは研究室に向かう。
手には水筒。中身はシャルロット汁である。
余らせてからひと晩経ってから味見をすると、その雑味のないクリアーで爽快な味わいは減少していた。核に垂らしてみると、明らかに魔力の吸収効率が落ちていた。どうやら、汁には賞味期限があるようだった。
それをわざとコップに半分くらいまで減らして持ってきている。
研究室をノックして入る。
そこにはリズと室長のタカスがいた。
リズが驚き、そしてもじもじしながら言う。
「ゾーゴ様、こんにちは」
「ああ、こんにちは」
「今日はどのようなご用事で?」
「実は、こんな物を手に入れてな」
賞味期限が近いシャルロット汁の水筒を見せる。
「ええと?水筒ですか」
「うむ。中身は聖水なのだが…スライムの核はあるか?品質は悪くていい」
「はい。ご用意いたします」
リズがスライムの核を持ってくる。透明度が低い、粗悪な核だった。
ゾーゴはペンを借り、柄に水筒の汁をつける。そして、核に汁を落とす。
タカスが声を上げる。
「核が復活した!」
そこには透明度を若干戻した核。
リズが目を見張りながら言う。
「ありえない。MPの吸収効率が高すぎる」
ゾーゴが眉をしかめて言う。
「この聖水について、詳しいことは言えない。2人だけで秘匿しておいてくれ。他言無用だ。いいな?」
リズとタカスが核を凝視しながら頷く。
ゾーゴが続ける。
「聖水は劣化するようだ。早めに研究に使ってくれ。あと、また聖水が手に入れば持ってくる。貴重な品らしく、めったに手にはいらないがな」
タカスが言う。
「これはどこで手に入れたのですか…いや、何でもありません」
タカスが椅子に腰掛けて天を仰ぐ。
そして言う。
「そうだ、リズ」
「は、はい。なんでしょうか」
「ゾーゴ様とご飯に行きたいと言っていただろう」
「え?…はい」
リズは否定せず、赤くなり下を向く。
「せっかくゾーゴ様がおいでになったのだ。今日は早めにきり上げて、食事に行ってきなさい」
「で、でも実験が…」
リズが聖水を見つめて抵抗する。
「なに、聖水はゾーゴ様がまた持ってきてくれる。これだけ貴重な検体を提供してくださっているのだ。研究内容をきちんとご報告しなさい。ご無礼になるよ」
「分かりました…」
「ではゾーゴ様、よろしいですか?」
「わ、わかった」
突然のタカスの提案に、ゾーゴは少しキョドりながら答える。
「では、あと一つ講義を受けてからここに戻って来る。リズ、迷惑ではないか?」
ゾーゴの言葉にリズは赤くなる。
「全然、迷惑じゃないです。というか、またご一緒したいと思ってましたから…」
「そ、そうか」
ゾーゴは赤くなり、研究室を出ていった。
リズが怒り出す。
「室長!突然、何ですか!」
「いや、感心しているんだ」
「はい?」
「なにが無能のゾーゴ様だ。もはやスライム核研究の旗手ではないか。私の長年にわたる研究を、あの方は一瞬でひっくり返した。あれほどの方と我々は知遇を得た。素晴らしいではないか」
「ええと、話がよく分からないのですが」
「つまりだ。リズは私の後継者として、ゾーゴ様と懇意にしておくべきだ。それが魔法学の未来につながる」
リズが首を傾げる。
「まあ、言わんとする所は分かりました」
「よし。シャングリラでご飯を食べるといい。そうだ、スタミナ定食を食べさせてもらいなさい」
「スタミナ定食?おいしいんですか」
「ああ、おいしいぞ。ゾーゴ様にスタミナ定食をおねだりしなさい。ニヤリ」
「はあ。分かりました」
そして、ゾーゴとリズは街へ繰り出す。
「夕食まで時間がありますね」
リズがモジモジしながら言う。
ゾーゴは少しキョドりながら答える。
「そうだな。とりあえず、ウィンドウ串焼きでもしようか」
「ウィンドウ串…はい?」
「いや、間違えた。串焼きでも食べようか」
「え?」
リズが驚き、言う。
「ゾーゴ様のような方も、串焼きを食べるんですね」
ゾーゴは苦笑して答える。
「買い食いはよくやるんだ。ああ、あそこで買おうか」
屋台で串焼きを2本買い、2人で食べる。
「ふふふ。おいしいですね」
「そ、そうだな。まだ時間があるし、小川にでも行こうか」
「いいですね」
リズが研究内容について話す。ゾーゴがそれを興味深く聞く。そうやって2人は小川までの道を歩く。
途中、道具屋の前を通る。
ゾーゴが言う。
「ちょっと待っていてくれ」
ゾーゴは道具屋で小型のすり鉢と袋を購入した。
「すり鉢…ですか?」
「ああ、料理に使うんだ」
「な、なるほど?そういえば、今日はどこに連れて行って頂けるのでしょうか」
「シャングリラでどうだ」
「うれしいです。あそこは好きです。そうだ、今日はスタミナ定食を頼んでいいですか?」
ゾーゴがビクッとなる。そしてキョドる。
「い、いいんじゃない?」
「ありがとうございます。楽しみです」
「そ、そうだな。楽しみだ」
やがて小川に着く。
ゾーゴが石をひっくり返しだす。
「ふふふ。ゾーゴ様、何をしてらっしゃるんですか?」
「サワガニを探しているんだ」
「私もやりたいです!」
「足元が滑るから気をつけて」
ふたりでサワガニを袋いっぱいに集める。リズは川遊びに満足して、にこにこと笑顔である。
「ゾーゴ様、とても楽しかったです」
「そうだな。さて…」
ゾーゴがすり鉢を用意して、サワガニを放り込む。
「ええと、ゾーゴ様?」
「こら、逃げるなよ」
「何をしているんですか?」
「料理だ。油で揚げると絶品なんだ。ゴリゴリ」
リズのあごがカクンと落ちた。
「あっ…あっ…」
「こらこら、大人しくしろよ。ふふふ。ゴリゴリ」
「…」
「ゴリゴリ」
「ヒィィィ!」
そしてシャングリラ。
「ゾーゴ様、サワガニ美味しいです!」
「そうだろう。一度食べたら忘れられなくなる味だ」
やがてスタミナ定食が運ばれてくる。
ふたりで料理を楽しむ。
食べ終えて、リズが言う。
「先日のオークションなのですが…」
「うん?」
「あれからゾーゴ様の噂が立っているみたいです。ゾーゴ様がスライムの核を高く買い取ってくださると。研究室に出入りしている商人が、ゾーゴ様に会いたがっています。フェザーンベル商会の社長なのですが、スライムの核を買ってもらいたいと」
「ニヤリ」
ゾーゴとしては狙い通りだった。
「アポを取って会いに来いと伝えておいてくれないか。良品なら高く買い取ると」
「はい」
「じゃあ、行こうか」
ゾーゴは金を払わない。請求はゾーゴの屋敷に来るようになっているからだ。
レジで店員がラブホの割引券をゾーゴに渡そうとするが、ゾーゴは首を横に振って受け取らない。
リズがゾーゴの後を付いてくる。
店員の持つラブホの割引券がリズの目に入った。しかし、リズはラブホと縁のない人生を送ってきた為、それをチラシか何かと勘違いした。
ゾーゴとリズは外に出る。空が赤い。夕方だ。
リズが言う。
「ああ、そうだ。さっきのチラシ、今日の記念にもらっておけば良かったです」
ゾーゴは苦笑する。そして言う。
「ところで、スタミナ定食は室長のお勧めか?」
「はい?そうですけど。よく分かりましたね」
「ああ、分かる。家まで送ろうか?」
「ええと…大丈夫です」
「そうか。じゃあ、これで」
「…あの!」
リズが突然、大きな声を出す。
「ど、どうした?」
「今日は楽しかったです。また、お願いできますか?」
「ああ。分かった」
「で、では失礼します」
リズは夕日に向かって走り出す。
ゾーゴはぼんやりとそれを見ていた。
全身がフワフワしていた。




