第16話 オークション 後編
オークションは続く。
メリュジーヌの剣の次はスライム変異体の強化核だった。
暗闇の中ほのかに光る、拳ほどもある石。
「こちらは特別なスライムの核となります。山中で魔力を1000年にわたり貯め込んだとされるスライムの核。非常に良い状態で回収する事ができました。やがて光は失われますが、10年は楽しめる逸品となります」
会場の反応は薄い。
投機要素のない嗜好品である。さらには、目玉商品の後であり、皆も興奮に疲れている。
しかし、ゾーゴの反応は違った。
「欲しい」
ゾーゴがつぶやく。
研究員のリズが言っていた。スライムの核はMPを出し入れできると。その性能を活用すれば、理力の剣を実現できるかもしれない。
検体として、この特別なスライムの核は役に立つかもしれない。
ゾーゴはスライムの核を見据えながら、アズに言う。
「アズ、予算はいくらだっけ?」
「はい、18万となっています」
「分かった。速攻で決める。18万!」
ゾーゴの声に会場はどよめく。
スライムの核の相場が18万だとは誰も思わなかった。せいぜい5万。
オークショニアも突然の金額に面食らい、しどろもどろになる。
「えー、ムラタリア様から18万の提示を頂きました。さあ、皆様いかがでしょうか⋯」
少しだけ時間が遡る。
2階の一般客席。
そこにはリズとタカスがいた。
リズベル・アルテナ。エリート研究員。アズに多少似ている女。
タカス・シンイール。研究室室長。波平ハゲ。
変異体スライムの核が出品されるとの噂を聞き、ふたりは見学にやってきていた。
タカスが言う。
「あれがスライム変異体の核か。すごいな」
「しかし、光り方のムラを見ると純度は低そうです」
「ゾーゴ様の格は見事だった。それに比べると見劣りするが⋯それでも、あの容量の高さは素晴らしい」
「室長、落札してください」
「バカ言うな。どんどん予算を削られているのに、そんな金はどこにもない…そうだ、ゾーゴ様とはあれからどうなんだ?」
アズがキョトンとする。
「どうとは?」
「恋人の関係になったのか?」
「な、何を言っているんですか!ゾーゴ様は我々の研究に興味があるんです。恋人とか一体、何の話ですか!」
そこにゾーゴとオークショニアの声。
「18万!」
「えー、ムラタリア様から18万の提示を頂きました。さあ、皆様いかがでしょうか⋯」
アズとタカスが顔を見合わせる。
「ムラタリア様といえば…」
「はい。あのゾーゴ様です」
少し考えて、タカスが言う。
「なあアズ。ゾーゴ様にもっと近づきなさい」
「はい?」
「恋人になりなさい」
「…はぁ?」
タカスは深刻な表情で言う。
「実はな、我々の研究室は閉鎖寸前だ」
「な!?」
「研究成果が必要なんだ。ゾーゴ様を籠絡して、あのスライムの核をもらいなさい」
「室長!籠絡って…私とゾーゴ様は物じゃないんです!」
「そうだ物じゃない。男と女だ」
「そういう話ではなくて…」
タカスは遠くを見る目をする。
「妻と、お腹をすかせた幼い子供たちがいるんだ」
「なんか重い!」
「それに、君もそうだ。研究室が閉鎖になったら失業だぞ」
「そ、それは困りますけど、でも…」
「エネルギー革命を起こし、人々の生活を豊かにする夢が果たせないぞ。いいのか?世界を救えないんだぞ?え?え?」
「…」
「まあ、籠絡は言い過ぎた。だが、学問に理解あるゾーゴ様に助力を願うのは、別に恥ずかしいことでもあるまい。リズ、また食事に連れて行ってくれと声をかけなさい」
「…まあ、食事くらいなら。分かりました」
「あとな、ゾーゴ様はお前に興味があるはずだ」
リズが呆れたように首を降る。
「そんなことありませんって。私は平民ですよ。ゾーゴ様は私なんかに興味ないです」
「いやいや、この間お前たちが行ったレストランのシャングリラな。裏にラブホがある」
「ラブ…え?」
「シャングリラで食事して、ラブホでコウノトリ召喚。若者の定番デートコースだ。私も若い頃は⋯ふふふ。ゾーゴ様は何を期待してシャングリラを選んだんだろうなぁ?」
「なっ!?」
「さあ、もう一度、シャングリラに連れて行ってもらいなさい。ゾーゴ様は大喜びするはずだ」
「室長!」
ビップルーム。
息子の顔を見に来た国王は、すでに公務に戻っている。
ひとり、退屈そうにオークションを見る王子。
そこにゾーゴとオークショニアの声が聞こえる。
「18万!」
「えー、ムラタリア様から18万の提示を頂きました。さあ、皆様いかがでしょうか⋯」
王子は違和感を感じる。
先日の合同授業で見たゾーゴは無気力無関心の印象だった。
感情を押し殺し、当たり障りのない態度。
報告書も無個性で卒がない。全く個人の主張と言うものを感じられなかった。
少し、自分と似ている印象を受けた。
王都での権力はないが、金はある。一大穀倉地帯の領主の嫡男。おそらくそのポジションを守るために問題ない行動を選択していたのだろう。
計算高く我の弱い、つまらない性格の同じ歳の少年。
しかし突然の、貴族が集まった場でのスライムの核への執着。
周囲の競争心を叩き潰すかのような、いきなりの18万という数字。
何を求めているのか。
少しだけ、興味が出る。
「おい!」
王子の声が響く。
声の出どころから、誰の声なのか、皆が一瞬で理解する。
王国最高の暴力装置にして、やがて王国最強の権力を手に入れる予定の男。
その神の如き権威を恐れ、会場が静まり返る。
王子が言う。
「20万だ」
しばしの沈黙。
オークショニアがかろうじて言う。
「さて、皆さん。20万でよろしいでしょうか。では、20万でハンマープラ…」
ゾーゴの声が響く。
「21万!」
王子はニヤリと笑う。
俄然ゾーゴに興味が湧く。
会場に、王子の声が雷の如く響き渡る。
「俺は降りる。それはムラタリア候に落札させろ」
ゾーゴのテーブル。
「20万だ」
ゾーゴは、王子の声に雷を打たれたようにビクッとする。
「な、なんだよ、王子かよ」
声の出どころを見上げる。ビップルーム。会場の誰からも観ることができない構造になっている。しかし、ビップルームからは会場のすべてを見下ろす事ができる。
イラッとした。
先日の合同授業を思い出す。
終始つまらなそうな王子。
ナチュラルに周囲を見下す王子。
人外の如き力を見せつける王子。
王国最強の権力と力を持つ存在。
「ちくしょう。王子は怖ぇ」
静まりかえる会場。
ゾーゴは混乱しながら頭を働かせる。
王子がこんなスライムの核ごときを本気で欲しがるわけがない。
ほしいと一声出せば勝手に誰かが待ってくるだろう。
一体なぜこんな真似をするのか。
理解ができない。
アズが言う。
「坊ちゃん?先程の声は誰の声ですか?」
ゾーゴの脳がオーバーヒートした。混乱する。
羞恥心に火がつく。
勇気を出さないといけない。
好きな女の前だ。負けたくない。
心だけは、負けたくない。
ゾーゴが混乱しヤケクソになって言う。
「21万!」
ダチネルのあごがカクンと落ちた。
会場は沈黙。そして。
王子の声が響く。
「俺は降りる。それはムラタリア候に落札させろ」
しばらくの沈黙の後、まばらな拍手が響く。
オークショニアが言う。
「で、ではムラタリア様が21万で落札。別室にどうぞ」
フーフーと鼻をならしながら、ゾーゴは立ち上がる。
膝が震えていた。
オークションは終了し、皆が帰路につく。
ゾーゴは受付で、土産用に用意させたドライフルーツの詰め合わせを受け取る。
そして、エントランスへ。
アズとダチネルと合流する。
ゾーゴがアズに土産を渡す。
「坊ちゃん、これは?」
「お土産だよ。ドライフルーツの詰め合わせ。用意させておいた」
アズが破顔一笑する。
「坊ちゃん、ありがとうございます」
「いいよ。楽しんでくれ」
そこに、ひとりの女が近寄ってくる。
リズベル・アルテナ。エリート研究員。
リズが声をかけてくる。
「あの、ゾーゴ様…」
気付いたゾーゴが驚く。
「なんだリズ。来ていたのか?」
「はい。室長のお供で参りました」
リズがモジモジして言う。
「あの…王子との一騎打ち、お見事でした」
ゾーゴが首をかしげる。
「はい?一騎打ち?」
「誰も王子と張り合おうなんて思っていなかったはずです。なのに、権威に負けないゾーゴ様の姿、すごかったです」
ゾーゴは困惑する。アズの前でいい格好をしたかっただけだったのに、なぜか突然で現れたリズに評価されている。
リズが言う。
「また、食事に連れて行ってくださいますか?」
「え?ああ、うん」
「ありがとうございます。では、これで失礼します」
赤くなり立ち去るリズ。
ダチネルが言う。
「もしかして、最近遊んでくれないのは、あの子とデートをしていたからか?」
「なに?」
ゾーゴが慌てる。
ふとアズを見る。
アズが無表情でゾーゴを見ている。
「いや、デートとかじゃなくて…」
言い訳しようとして途中でやめる。
まさか、シャルロットとイネコの3人で冒険しているとは言えない。
黙ってうなだれるゾーゴだった。
ここまで読んで頂き、誠にありがとうございます。
ストックが切れたので、ここからは不定期更新となります。
今後とも、ゾーゴの成長を温かく見守ってやってください。




