第八話 PMは外交官と共闘する
エレノアは椅子に腰を下ろすと、長い脚を組み俺たちにも座るように促す。
まるで彼女がこの国の支配者で、俺たちが訪れた使者のような振る舞いだ。
傲岸不遜な態様。
だがリズが素直に従うのを横目に、俺も何も言わずに着席する。
冷静さを欠くようでは、交渉事には臨めない。
「……という内容となります。これはリズ様やエテルナ国にとっても、これ以上ない提案。いかがでしょう?」
俺は美しい外交官が流暢に並べる言葉に、頭をくらくらさせた。
部外者が聞いても、すぐに分かるような、不平等な条件が並んだ条約の数々。
しかし彼女がテーブルの上に差し出した契約書を前に、リズは戸惑ったような顔でおろおろするだけだった。
契約書に記載された細かい内容と、但し書きの羅列。
巧妙にマスクされたエレノアの言説と相まって、幼い依頼人に理解しろというのは酷な話だ。
何より酷いのは、この女は明らかにそれを狙ってやっている。
俺は小さく深呼吸して、リズの代わりに口を開いた。
「ご提案ありがとうございます。まずは契約書について、数点ご確認させてもらっていいですか?」
「……どうぞ?」
「契約書を電子化して、画面表示させてくれ。全員が可視化できるように、360度閲覧モードで」
俺は膝の上のピットに、指示を出す。
同時にグラフィカルな契約文書が、机の上に出力された。
ご丁寧に、但し書きは赤字でハイライト済みである。
「……」
唐突に中空に出現したAR表示を前に、エレノアが僅かに息を飲む。
だが、特に言及はしてこなかった。
俺もそれが何かを説明することなく、話を続ける。
「まず初めに。私はエテルナの外部顧問ですが、ギルドのアステリスク支部代表でもあります。その点ご留意ください」
もちろん、ギルドの代表なんてはったりだ。
説得力を持たせるための、詭弁である。
「ふーん。分かったわ」
俺の前置きを聞いて、エレノアの瞳の奥に剣呑な光が一瞬灯った。
油断ならない表情――
だがどことなく面白がっているようにも、うかがえる。
落ち着かない感情が沸き起こるが、俺は努めて冷静に契約内容の指摘を始めた。
「では契約書の中身を一項から順に確認させてもらいます。最初に、この斡旋兵の費用。一人当たりの額も法外だし、滞在にかかる経費までエテルナ国で持つなんて、どう考えてもおかしいでしょう?」
「あら、妥当な人件費よ。こんな辺境の地まで、わざわざ出向いてあげてるのは、どうしても助力が欲しいと頼まれたから。そうでしょう、リズ様?」
薄紅色の唇に指をあてながら、エレノアはリズに微笑みかけた。
圧のある笑みにあてられ、リズは無言で首を竦める。
この小さな少女は、ギルドだけじゃなくて、取引のあるサザンドールにも同じように助けを求めていたわけだ。
確かに自警団の数は減り、残ったグレンたちもいつ病に発症するか分からない状態では、他国に救援を求めるのは自然の流れだろう。
そこを、綺麗に足元を見られたわけだ。
「妥当かどうかは、論じるまでもないと思いますが?」
「へぇ……。聞こうじゃない?」
「今ご提示の額は、通常の派遣兵の約二倍。加えて販管費までクライアントに負担させている。これならギルドから人を雇った方が遥かにマシでしょう」
この世界の相場は、ピットが俺にだけ見えるように机の下に表示させている、分析データから拾い上げた。
普遍的なナレッジは、ピットのデータベース内にほぼ全て収められている。
秘匿されている情報や、伝説伝承の類はその限りではないが、今回のような場では非常に頼りになる存在だ。
「では、ギルドに頼めばいいんじゃないかしら?」
俺の言葉を受けて、エレノアは少しだけ挑発的な物言いで返す。
だから、俺もあえて同じような態度で聞き返した。
「それでは、あなたがたも困るんじゃないですか?」
「……」
「レゾナンス鉱石の市場をほぼ独占されている貴国にとって、このチャンスに恩を売れなくなるのは、本意なのですか?」
初めて口を閉じた美人外交官に、俺は質問を重ねる。
ピットの出したデータを見る限り、レゾナンス鉱石を市場で流通させているのはサザンドール以外だと、ほぼ個人取り扱いのみ。
となると、自ずとエテルナは切っても切れない存在なのは理解できる。
国交を有益に進められるなら、エレノアたちにもメリットが大きい救援依頼だ。
ここで本気で無碍にして、話をご破算に持っていくような愚者ではないと、俺はカマをかけた。
「――で、どうするの?」
長い耳の先をぴくりと一度動かし、エレノアが俺を鋭く見つめる。
射抜かれたら、凍りつきそうな視線だ。
俺が相対してきた、大企業の役員連中にも引けを取らない凄み。
だが、こちらも百戦錬磨のプロマネ。
交渉事で折れるつもりは、毛頭なかった。
「派遣費用を今の額の六割にしましょう。衣食住はサザンドールで負担ください。その代わりにインセンティブフィーを、契約に追加するというのはいかがですか?」
「出来高制にするというわけね。しかもしれっと経費まで押し付けてくれちゃって」
彼女は一瞬で理解を示すと、呆れたように大きく溜息を吐いた。
それから脚を組み替え、俺を値踏みするように睨みつけたまま、押し黙る。
この取り引きの中身を逡巡しているのか、俺という人間を判じているのか、態度からは分からない。
部屋の中に静けさが広がり始めた頃――
ガシャン
硝子が砕けたような音が、辺りに響き渡った。
「な、なんだ?」
俺は思わず椅子から腰を上げる。
対面のエレノアも同じく立ち上がり、すぐに部屋の外へ飛び出していった。
廊下から、誰かと会話する彼女の声が聞こえてくる。
すぐに会話は途切れ――
彼女の首だけが、部屋の入口からひょっこり現れた。
「外部顧問様。早速、インセンティブゲットのチャンスみたいよ?」
そう言って、彼女がウインクして見せる。
彼女の軽口の意味。
要はサザンドールの派遣兵たちの活躍の場が、できたってことだ。
俺はリズの手を引くと、エレノアの後を追いかけた。
音の正体は、廊下に出るとすぐに分かった。
割れた嵌め込み式の窓ガラス。
砕け散った硝子の破片が、そこら中に散らばっている。
「二三匹、迷い込んだみたいね。もう退治したわよ」
後から出てきた俺たちに、エレノアが声をかけながら、視線だけで廊下の先を示した。
促されるまま顔を向けた先には、軽鎧を身につけた戦士たちと、足元に数体の魔物が折り重なっている。
「どうかしら。サザンドールの戦士は、優秀でしょう?」
彼女は俺に身を寄せ顔を近付けると、耳元で得意気に囁いた。
薄っすらと甘い香りが、鼻腔をくすぐる。
その匂いに反応したわけではないだろうが、肩のピットが身体を震わせて警告を発した。
「敵性反応!」
「な、なに。このモフモフ、喋るの!?」
エレノアがピットの言葉に過敏に反応し、目を輝かせる。
さらに目尻を下げつつ、灰色の毛並みに手を伸ばしてきた。
「外部の広域空間に、魔物が複数出現中。識別個体を分析開始します」
だが体毛がピンと逆立つのを見て、さっと手を引っ込める。
俺はその様子を尻目に、割れた窓の外に視線を移した。
王宮の外では、何かが争うような喧噪が聞こえてくるが、ここからでは様子がよく見えない。
「あなたたち、ぼっとしてないで向かうわよ!」
ついさっきまで顔を緩ませていたことを忘れたように、きりっとした顔つきでエレノアが廊下に立つ戦士たちに命令した。
慌てて駆け出す戦士たち。
呆気に取られていると、彼女が俺の肩を叩く。
「さ、私たちも行きましょう。しっかり貴方には、評価してもらわなくちゃいけないものね」
急かされるように、エレノア、俺、リズも王宮の外に飛び出した。
建物を出てすぐの場所は、円を描くような広場になっている。
俺たちが到着すると、そこには多数の魔物と、それに立ち向かう者たち。
見渡したところ、幸い住人たちの姿はない。
「ずいぶん入り込まれているわね。さっさと蹴散らしてきなさい」
エレノアは状況を見てすぐに、戦士たちを散会させた。
見覚えのある緑肌の小鬼――インプ・クラッカーが数十体。
それに山で出会った、銀の毛並みに青い一本筋の狼――キリング・ウォルグも混じっている。
俺は魔物の群れの中に、フネとグレンが剣を振るっている姿を見つけ、手を振って合図を送った。
「フネ!大丈夫か!」
彼女が俺のかけ声に気づき、同じように手を振り返す。
同時にもう片方の手で大剣を振り回し、小鬼数体を吹き飛ばした。
「そっちに味方が向かっている。上手く連携を取ってくれ!」
「はーい!」
俺の続けて放った言葉に、とても戦闘中とは思えない呑気な声が返ってくる。
緊張感はないが、あちらは彼女がいれば問題ないだろう。
だが、安堵したのは束の間。
俺の肩で、ピットが音量大で警鐘を上げる。
「オサム様。こちらにも敵性反応。識別個体:オーク・キャプテンと、多数のインプ・クラッカー」
警告メッセージを受けて、俺が周囲に意識を向けた時には、包囲網が仕上がっていた。
王宮を背に、フネ達と完全に分断される形で魔物に取り囲まれている。
俺の中で焦燥感が一気に募り、冷や汗が頬を伝った。
『ニンゲンタチ、ゼンメツサセル。オマエラカラ、シマツスル』
くぐもった声を発したのは、俺たちに向かって緩慢と近づく不気味な魔物。
黒い体毛を全身に纏った、四足歩行の獣のような出で立ちと、凶悪な豚の顔貌。
だがその黒目しかない瞳は、カーム山脈で出会ったキリング・ウォルグと同様、知性の光を放っている。
助けを呼ぼうにも、フネ達とは距離が離れすぎている上、あちらも激しい交戦を繰り広げていた。
リズが俺のズボンの腰辺りを、ぎゅっと掴む。
「大丈夫。落ち着こう」
自分に言い聞かせるように、俺はリズの銀髪の頭を優しく撫でた。
見上げる彼女の眼差しは、不安のためか、微かに瞳の中が揺れている。
「外部顧問様は、戦えるのかしら?」
俺たちの前に立つエレノアが、振り返らずに確認した。
「……悪い。俺は戦闘は分野じゃないんだ」
「なら、ボーナス弾んでもらおうかしらね。しかも隷属タイプの魔物だなんて、これは結構値が張るわよ」
長い金髪を手櫛でかき上げ、彼女は周囲からじっとりと迫ってくる小鬼たちに向けて、一歩踏み出す。
彼女の手には、武器らしきものは見当たらない。
『マズハ、エルフヲコロセ』
不快な声音で、豚の魔物――オーク・キャプテンが命じる。
それに呼応するように、インプたちがエレノア目がけて四方八方から襲いかかった。
手にした武器は様々。
棍棒や短刀、ただの太い棒きれのようなものを、彼女に向けて振りかぶる。
「凍れ」
迎え撃つ彼女が放ったのは、短く冷たい一言。
瞬時に何もない空間から、鋭く尖った氷の矢が無数に出現し、インプたちを次々に貫いていく。
『ギャア』
『グギャギャ』
『ギイイイイイイ』
小鬼の甲高い悲鳴が、連鎖反応のように起こる。
「ただの外交官だと思わないでよね。私はこういうのも、得意なのよ!」
彼女は的確に身を滑らせながら、俺とリズを守るような位置取りで、襲いくる魔物を氷漬けにしていった。
軽やかに戦う姿は、まるで優雅な輪舞を見ているよう。
『オソレルナ。ソッチノニンゲンヲ、ネラエ』
次々と仲間がやられるのに業を煮やしたように、オークが大声で吠えた。
その声に、すぐさまインプたちはエレノアを襲う者と、俺たちに向かってくる者の二手に分かれる。
エレノアの舌打ち。
彼女は咄嗟に身を翻すと、俺たちに向かってきたインプに手をかざす。
俺とリズの目の前で、数体の魔物が氷の彫像と化した。
「エレノアさん!後ろ!」
だがそれが隙になったのか、鈍い音と共にエレノアがぐらりと体勢を崩し、小さな悲鳴と共に倒れ込む。
彼女を襲ったのは、インプの背後からの棍棒の一撃だ。
地面に膝をついた外交官に、雪崩のようにインプの群れが飛びかかる。
俺は咄嗟に、ピンクスーツの背中に覆い被さり、彼女と魔物の間に割って入った。
絶体絶命――
目を閉じ、訪れる衝撃に備える。
「――」
ドゴオオオン!!
爆発するような、何かが弾け飛ぶ音が耳をつんざく。
だがそれは、俺の受けた衝撃ではない。
「こんにゃろー!オサムに、なにすんだー!!」
聞き慣れた心強い声に、俺は顔を上げた。
そこには大剣で、次々と敵を吹き飛ばすフネの背中。
どうやら先の爆発音は、地面に突き刺さったインプのもののようだった。
彼女は数などものともせず、大剣の一振り、蹴りの一撃で、魔物たちを次々と昏倒させていく。
小鬼が俺やエレノア、リズに魔の手を伸ばそうとしても、悉くフネが反応して粉砕していった。
もはや彼らの攻撃は、フネという壁に阻まれ、俺たちに到達することはない。
『クソ!ナンダ、コノバケモノハ!』
オークが苛立ちを露わに叫んだ。
同時にずかずかと重そうな巨体を揺らし、自らフネを仕留めようと近づいてくる。
「気をつけなさい。オーク・キャプテンは、手練れの者でも……」
エレノアがフネに警戒の言葉を投げかけた。
しかしフネの周囲の空気が焦げ臭い匂いを放ち、火花を散らすのを見て口をつぐむ。
この予兆は――
「リズちゃんまで手にかけようなんて、あったまきたんだから!」
「ま、待て。フネ!」
俺の制止は、間に合わない。
フネが突き出した手の平から、凄まじい熱量の光が放たれ、間近まで迫っていたオークの顔のすぐ横を過ぎ去っていく。
その光は、エテルナ国の高い石壁を越え、カーム山脈に巨大なクレーターを穿つ。
音が遅れて、広場中に響き渡った。
バアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!!!!
「あ、はずれちゃった」
間抜けな声で、フネが頭をコツンと自分で叩く。
それからもう一度、同じ構えを取ろうとしたところで、オークは「ひい」と情けない悲鳴を上げて、脱兎の如く逃げ出した。
小鬼たちも後に続き、地に伏した魔物以外は一斉に姿を消す。
静けさが戻り、ようやく立ち上がったエレノアが、小さく呟きを漏らした。
「嘘でしょ……。あの子一人で、十分じゃない」
そろそろ物語も中盤戦
ご感想等頂けると励みになります。
オサムとフネのエテルナ救国編
続きをお楽しみ下さい。




