第九話 PMはバックボーンを検証する
エテルナ国の外門近傍。
サザンドールの使者を見送る場に、俺は外部顧問として立ち会っていた。
ついでに、フネもくっついてきている。
「結局。こちらが、かなり泣く羽目になったわね」
派手な紫のパンツスーツに身を包んだエレノアが、馬車の前で俺と握手を交わしながら笑った。
全く悔しくなさそうなのは、元よりふっかけた契約だったからだろう。
食えない女だ。
「良い商談になったんじゃないですか。お互いに」
だから俺も、満面の営業スマイルを浮かべてやる。
魔物を追い払った後、サザンドールとの契約再締結は半日を要した。
現実世界なら同行する営業に任せていたので、俺にとって苦戦必至の話し合い。
何度も条件をひっくり返され、そのたびに押し返す展開を繰り広げることになったが――
フネという強烈なインパクトを植え付けられたのが功を奏したのか、結果は上々。
人件費のコストカットも、販管費負担も全て飲んでもらうことができた。
ただ鉱石の取引額に、インセンティブのフィーを含められてしまったのは、さすがに役者が上手だと認めざるを得ない。
「では本国に戻り次第、補充の兵を遣すわ。存分にこき使ってあげてね、オサム様」
「ああ、助かる」
「それと……」
エレノアが俺をじっと見つめて、口を濁した。
何か顔についているのかと頬を撫でるが、小さく首を横に振る彼女を見て、そうでないと悟る。
その眼差しは、俺の背後に向けて僅かに動いた。
「なんだか、ずっと見られてて気になるのだけど。どうしたのかしら、フネ様」
振り返ると、フネが俺の服の背中部分を掴みながら、目をきらきらと輝かせている。
「え、えるふ。美人エルフ……」
「あ、ありがとう?」
どうやら初めて見た種族に、感動していただけのようだ。
だが露骨にエレノアが狼狽える様は、少しだけ面白い。
優秀な外交官は、長い耳を少しだけ赤くして、フネの前にも手を差し出した。
「フネ様には助けられたわね。改めてお礼を。サザンドールに来た際は、いつでも歓迎するわよ」
「ふぉおお!」
差し出された手を両手でがっしりと握りしめながら、フネが奇声を上げる。
「あは、は……。変わった方ね?」
手を離さないフネに戸惑うように、エレノアが苦笑を浮かべて俺に救いの目を向けた。
さすがに面白がっているわけにもいかず、俺はフネの首根っこを摑まえて引き剝がす。
名残惜しそうなフネを尻目に、俺は話題を変えた。
「ところで、少し気になった点が」
「――何かしら?」
スーツの襟を正しながら、乱れかけたキャラを整えるように聞き返すエレノア。
俺は魔物と戦闘になる前に彼女が口にしていた、気になるワードについて尋ねた。
「あの時、あなたは隷属タイプの魔物と言っていましたよね。あれはどういう意味なんでしょう?語感から、普通の魔物ではないと受け取れましたが」
「ああ、あれね。言葉通りの意味よ」
短く答えると、彼女は指を頬にあてる。
それからしばし考え込んだ後、補足するように説明を続けた。
「魔物が意思を持って喋っていたでしょ。普通は喋らないし、考えて行動することはない。ただどう考えても、エテルナ国に攻め込んできた彼らの動きは、統率が取れていたわ。魔物を使役するために、知恵を与えた者がいるってことよ」
「なるほど。バックがあるということですか」
「ご明察」
エレノアの話す内容は、ピットが以前教えてくれた情報とも合致する。
とどのつまり、背後に潜む者をどうにかしない限り、エテルナへの魔物被害は収まらないということだ。
だが今のところ辿れる手段としては、先日検問場でピットにマーキングさせた者を追ってみるくらいしか思いつかない。
俺が考えに耽っていると、目の前でエレノアが手近の部下に何事か指示を出していた。
小走りで馬車に向かった部下の一人が、数枚の書類を手に彼女の元に戻ってくる。
それを受け取ったエレノアは、俺に書類を差し出して、再び口を開いた。
「これは、あの時庇ってくれた勇敢な外部顧問様へのサービス。カーム山脈に点在する、ダンジョンの情報よ」
差し出された書類を、反射的に受け取る。
さっと中身に目を遣ると、かなりびっしりと図入りで書き込まれたものだ。
座標や内部構造まで精密に記されており、単なる情報というよりは仕様書に近い。
「リズ様から救援を依頼された時に、同時に調査させておいたものなの。この辺の地の利を考えたら、ギルドが持ってる情報より精度は高いと思うわ」
「裏で使役する何者かは、この中にいる可能性が高いと?」
「ふふ。本当に察しが早いわね」
エレノアは目を細めて、薄く笑う。
その笑顔には、僅かな驚きと共感の色が綯い交ぜになっていた。
それにしてもただ救援を求められただけで、エテルナ周辺のダンジョン調査まで先行着手するとは、抜け目がない。
聡明なだけではなく、見た目に反して慎重な性格のようだ。
「その可能性が高い、という話よ。確信はないわ。どう扱うかは、あなた次第――よ?」
顔を近付けた美人外交官が、俺を試すように上目遣いで囁く。
彼女の金色の髪が数本、はらりと俺の顔を撫でた。
甘い香水の香り――
誘われるように思考が微睡みかける中、背後の素っ頓狂な声で背筋が伸びる。
「あー。オサムが鼻の下のばしてるー!」
「の、伸ばしてない!」
裏返った声が、情けなく響いた。
サザンドールの使者エレノアが引き上げ、検問場での仕事を片付けた俺は、自室に戻ってきていた。
部屋の扉を開けると、ベッドの上の人影がもぞもぞと身を起こすのが見える。
思わず部屋を間違えたかと、俺は一歩後ずさった。
階段を上がって、すぐ右の部屋。
その奥がトビー、左手がフネとリズ。
やはり間違いなく自分の部屋だ――と、思い返したところで、部屋の中から声がかかった。
「ただいまー」
眠そうで、気怠そうな声。
「……おい。なんで、俺の部屋にいる?」
俺は部屋の中に足を踏み入れつつ、闖入者に尋ねる。
ベッドの上の人影は、眠そうに目をこすりながら、悪びれる様子もなく大きな欠伸を返した。
「ふぁあ。だって、リズちゃんは別件で用事とかで、一人になっちゃったからさー」
「なるほど。だから人のベッドの上で、気持ちよく惰眠を貪っていたと」
「ざっつ、らいと!」
俺はこめかみを押さえながら、とりあえず部屋の椅子に腰を下ろす。
同時にピットが肩から床に飛び降りて、こちらを見上げた。
小首を傾げて目を光らせる、灰色のモフモフ。
「オサム様。部下から相談があると、slackで通知が来ております」
「繋いでくれ」
空中に会議ウインドウがオープンする。
だが現れたのは部下の顔ではなく、フネの顔だった。
「えっへっへー。びっくりした?」
正確には会議ウインドウに重なるように、フネがその位置に顔がくるように立っている。
部下はまだ準備中なのか、枠の中にはフネの顔だけが収まっていた。
「ふう。で、なんかお前も相談があるのか?」
「オサムって、察しがいいよねー」
溜息を吐いた俺に、彼女が驚いたように目を丸くする。
俺は腕を組むと、視線だけで彼女の言葉の先を促した。
もうフネとの付き合いも、異世界に来てからずいぶん長い。
最初はお気楽能天気なだけの奴かと思っていたが、意外としっかりと考えていることも多いのだ。
であれば、部下の登場を待つ間、耳を傾けておくのも悪くないだろう。
「あの美人エルフさんさ。なんだか似てるんだよね?」
「そうか?お前とは全然違うぞ。特にスタイルとか……」
「ちっがーう!」
俺の相槌に、フネが頬をパンパンに膨らませて怒った。
冗談の通じない奴である。
「夢の中の美人さんのことよ!背格好も雰囲気も、ちょっと似てたのー!」
「だから、あんなにじっと見つめてたのか?」
見送りの時に、エレノアの手にしがみついていたフネを思い出した。
「うん。それもある」
「も?」
「だって、エルフだよ!すっごくファンタジーじゃん。感極まっちゃって」
俺は思わず、頭をがっくりと項垂れさせた。
どうやら、やはりそちらが本意だったようである。
「お前な。あの人は外交官なんだぞ。誰彼構わず変な行動を起こすなって、いつも言ってるだろ!」
俺は顔を上げると、フネを指さして声を荒げた。
「す、すいません。吉田さん。僕そんな失礼な態度、どこかで取っていたでしょうか?」
「!?」
だが眼前には、会議ウインドウに現れた部下の怯え顔。
薄っすら透けて見える先で、フネが舌を出しているのが見えた。
ミュートを解除していた失策に気づき、俺は慌てて部下にフォローを入れる。
「いやいやいや。違う。君に言ったんじゃないんだ」
「ほ、本当ですか。ならいいんですが……」
俺は再びベッドにダイブしたフネに、一瞬だけ恨みのこもった視線を投げつつ、部下に向き直った。
心を落ち着かせるように、努めて冷静な声音を作る。
「ところで、相談とは?」
「あ、はい。実は今進めている、例のネットバンクシステムの刷新プロジェクトの件なんですが……」
「ああ。あれか。今は移行作業のリハーサルに進んでいるんだろ?」
「ええ。そうなんですが、ちょっとだけ気になることがありまして」
「気になること?」
「既存システムを踏襲している部分で、明確に分からなかった設計部分があったじゃないですか」
「確か、クライアントの前の開発ベンダーの担当が、やめてしまって不明だったところか」
「そうですそうです。だからアウトテクニカさんにリモートでログインしてもらって、現行設定を抜き出してもらったんですよ。その担当から昨日連絡をもらいまして。抜き出した設定をログサーバに保管していたら、強制的にクラッシュしたから、もう一度リモートの許可が欲しいって」
「それは難儀だな。だが吸い出したコンフィグというよりも、ログサーバ側に問題があったんだろうな」
「ですかね……」
「分かった。アウトテクニカさんの件は、クライアントに私から伝えておく。ありがとう」
部下が、安堵の表情で頭を下げた。
その後いくつか事務的な会話を交わし、彼はウインドウから退室する。
「おしごと、ごくろーさま!」
見計らったように、フネの声が顔のすぐそばで聞こえた。
いつの間にベッドの上から移動したのか、彼女はコップを片手に俺のすぐ隣に立っている。
反射的に受け取ったコップの中には、なみなみと紅茶が注がれていた。
「お、おう。ありがとう」
「どーいたしまして」
にっこり笑うフネ。
俺はコップに口をつけ、紅茶を喉に流し込む。
さっきの悪戯を怒ろうという気持ちは、みるみる萎んでいった。
なかなか策士な奴だ。
俺は一息吐いてから、半分ほどになったコップを机に置く。
それから意識を切り替えた――
しばらくは俺もフネも、エテルナを離れるわけにはいかないだろう。
流行病に冒されたグレンたち自警団だけでは、先日のような魔物の襲来に耐えられまい。
エレノアに教えてもらったダンジョン攻略に打って出るには、サザンドールからの補充兵を待つしかなかった。
その間、俺とピットは忍び込む魔物にマーキングを。
フネには国防の要を担ってもらう。
何やら不穏な空気を醸し始めている、現実世界側のプロジェクトも気にかかるし、やることは無数にある。
俺はそう自分に言い聞かせて、もう一口紅茶を口に運んだ。
仕事ってトラブルが発生すると、なぜか別のところで別のトラブルが発生しがちですよね。
なんでなんだろう。
そういう事態に遭遇しがちな人が、エンジニアには一定数いて、よく「持ってる人」とか「呪われている」とか言われたりします。あ、私も持ってる側の人間です笑




