第十話 PMは二つの職を顧みる
「フネさん、キャビン側面からもきてるっす!」
「こんにゃろー!」
激しく揺れる車体。
開けっ放しになった窓枠に手をかけ、フネが飛びかかってきた二体のキリング・ウォルグの爪を大剣で弾き返す。
甲高い金属音が鳴り響き、閃光が火花のように散った。
「トビー、速度をあげて!」
ほとんど身を窓の外に乗り出したまま、フネが叫ぶ。
反対の窓から視線を外に遣ると、先ほど攻撃を弾かれた二体だけじゃない。
十数体の巨大な銀狼の群れが、馬車を追いかけるように疾駆している。
いくら頑健に造られた馬車でも、あの数で襲われたらひとたまりもない。
「任せるっす!みなさん、舌を嚙まないようにするっす!」
御者台から、トビーの大声が車室内に轟く。
同時に馬車は一気に加速し、俺は背中を激しく壁に叩きつけられた。
凄まじい重圧が全身にのしかかる。
さらに上下にも揺れる室内で、フネは姿勢を一切ブレさせずに、まだ身を乗り出している。
彼女が警戒を解いていないということは、敵が去っていないということだ。
「オサム、リズちゃんをしっかり抱えてあげて!」
「わかった」
俺は言われるがまま、隣に座るリズの肩を抱き寄せる。
特に抵抗することもなく、彼女は身を預けてくれた。
小さな身体は、緊張したようにぎゅっと強張っている。
速度はぐんぐんと上がっていき、がらがらと車輪が路面を打つ音が鳴り響いた。
「追いつかれる!もっと早く!」
「限界フルスロットルっす!」
フネとトビーの声が、荒々しく飛び交う中――
俺はさらに強くリズを抱き抱えた。
俺たちは現在、数あるカーム山脈の一つを走っている。
エレノアたちが引き上げてから、一週間。
サザンドールの補充の兵たちが到着した後、俺たちはエテルナ国を出立した。
それまで身動きが取れなかったのは、病に冒された自警団だけだと魔物の襲撃に耐えられないという判断もあったが、それだけじゃない。
テオと一緒に潜入する魔物たちに、ピットのマーキングを施すのが重要だった。
広大な山々の中で、一体や二体に焦点をあてたところで、あてになる情報は得られない。
サンプルとして十分な数を得た上で、初めて外交官から入手したダンジョンの情報が意味を成す。
目星をつけたのはカザリアという、連峰の中でも一際切り立った山だ。
その中腹に存在するという――
「天蓋に、魔物が張りついてやがる!振り落とせないっす!」
トビーの怒号が鼓膜を揺らし、俺は思考を強引に引き戻された。
フネが車体の外に飛び出し、軽業師のような動きで空に消えていく。
続けざまに車室の天井から、足音と獣の唸り声が聞こえてきた。
ぶつかり合う戦闘音。
断続的に大きく揺れる室内。
横に傾き、上に跳ね――
いつ転倒してもおかしくない状態で、馬車は疾走を続ける。
「もう少しで目的地っす!」
奇跡の走行を披露しながら、熟練の御者が勇ましく吼えた。
同時に馬のいななきが、周囲に木霊する。
だがその鳴き声は、些か悲鳴に近いものだった。
ガコン!
鈍い音を立てて、馬車が急停車する。
反対方向に引っ張られ、俺は浮き上がりかける身体を必死に堪えた。
だが激しく振動する車内では、その抵抗も虚しい。
前のめりに室内を転がる中、俺はリズを包み込むように覆い被さった。
天地が何度も引っくり返り、目が回る。
リズが俺の身体にしがみつく力を、一層強めた。
ガラン、ゴン、ドシン!
もはやどんな体勢かも分からない状態で、激しい音と共にようやく馬車が動きを止める。
閉じていた目をゆっくりと開き、真っ先に腕の中のリズを確かめた。
銀髪の少女は俺の視線に気づいたのか、「ん」と小さく声を漏らして顔を上げる。
どうやら、無事なようだ。
胸を撫で下ろすと同時に、身体中を鈍い痛みが襲う。
手と足をゆっくりと動かす。
少し痛むが、動けないほどじゃない。
続けて視界を広げると、俺とリズはキャビンの壁に重なるように放り出されていた。
横向きになった車内。
上に見える入口の扉には、手が届きそうにない。
「――リズちゃん、オサム、大丈夫!?」
フネの心配そうな声と共に、天の扉が勢いよく開かれる。
光が一気に室内に射し込んだ。
「ああ、問題ない」
俺はリズを抱え上げると、もう片方の手を上げて応える。
フネが手を伸ばして、リズを引っ張り上げた。
キャビンから助け出された、俺とリズ。
だが外に出た途端、状況がさらに悪化していることをすぐに認識する。
転倒した馬車を中心に、弧を描くようにキリング・ウォルグの群れが取り囲んでいた。
銀の毛並みの絨毯が、逃げ場がない現実を突き付けてくる。
「オサム。リズちゃんを、しっかり見てて。トビーも出てこないでね!」
馬車と魔物の間に素早く陣取ったフネが、厳しい口調で言葉を発した。
声の響きに、いつもの余裕がうかがえない。
『コノサキ二、ナニヨウダ。ニンゲン』
銀狼の群れから進み出た一頭が、鋭い牙を覗かせ低く唸る。
声は聞き覚えがあるものだった。
エテルナ国へ向かう道中に遭遇し、フネが追い払った個体に間違いない。
「それ以上近付いたら、またぶっとばすからね!」
フネも威嚇するように、大剣を構え直して声を荒げた。
一触即発――
緊迫した空気が流れる。
周囲の木々が風に吹かれて擦れる音すら、騒々しく感じた。
『アノトキノカリヲカエスゾ。ニンゲンノムスメ!』
リーダー格であろう意志ある魔物は、そう告げると、天に向かって大きく咆哮する。
瞬間、静まり返る森。
一拍の後、先ほどまで微動だにしなかった背後の群れが、一斉にフネ目がけて飛びかかった。
闇雲ではなく、個々に連携の取れた波状攻撃がフネを襲う。
「こんにゃろー!」
手近に迫った一体を易々と吹き飛ばすフネ。
だがすぐに第二第三の牙や爪が、彼女を引き裂こうと魔の手を伸ばす。
大剣で獰猛な爪を弾き、蹴りで銀毛の巨躯を叩く。
強烈な一撃を受けて昏倒するものもいたが。
吹き飛んでもなお体勢を整え、波状攻撃に再び加わるものも多い。
『テヲユルメルナ。セメタテロ』
まるで指揮官のように、リーダーが低く命じる。
それが合図になり、波状攻撃の輪郭がさらに広がった。
波のように押し寄せる、怒涛の連続攻撃が間断なくフネを強襲する。
彼女でなければひとたまりもないだろう。
だがどれだけ四方八方から責め立てられても、全ての攻撃は彼女に通る様子は見せない。
――今のところは。
「むだだって、いってんでしょ!」
同時に三体を纏めて大剣で薙ぎ払って、彼女が激昂する。
額から汗の雫が玉のように、彼女の頬を伝った。
張りついた髪を鬱陶しそうに拳で払いのけ、敵を睨みつけるフネ。
肩が大きく上下に揺れ、呼吸が荒くなっているのが遠目でも分かる。
多勢に無勢もあるだろうが――苦戦の原因は俺たちだ。
守りながらの戦いが動きを制限し、彼女を削っている。
「フネ様のバイタル値が大幅に上昇中。パフォーマンスが七割まで低下」
肩の上のピットが、分析データを通知した。
このままでは、ジリ貧だ。
「ピット。ARで俺の画像データを複製可能か?」
「投影可能範囲であれば、問題ありません」
俺の質問に、自立型AIは即答する。
「トビーさん」
ピットの回答に続けて、俺は地面に座り込む御者に声をかけた。
彼は背中を丸めて、煙草を美味そうに燻らせている。
目の前で激しい戦闘が起こっているのに、落ち着いたものだ。
「ん?どうしたっすか?」
顔を上げて、首を傾げるトビー。
「落ち着いてますね」
「まあ俺は戦えないっすからね。御者は手綱を握り、冒険者は剣を握る。適材適所っす」
プロフェッショナルな応対に感心しつつも、俺は彼に詰め寄った。
俺はプロマネだが、この世界では冒険者でフネの相棒だ。
「何か武器になるものありますか!?」
「……武器っすか。ありますよ。前に運んだ冒険者の忘れ物が」
少し気圧されながらも、トビーは煙草を地面に押し付けると、素早く倒れた御者台に向かって走る。
がさごそと長い腕を台座に差し入れ、すぐに一振りの剣を手に戻ってきた。
手渡された剣は、刃こぼれしたお世辞にも上等とは言えない代物。
だが十分だ。
「ありがとう。助かる。もう一つ悪いが、依頼人をしばらくの間頼まれてもらえるか?」
「任せるっす!」
ずっと握っていた手を離し、リズをトビーに預ける。
それから俺は持ち慣れない獲物を手に、フネの元へ走り出した。
フネの周囲で倒れ伏すキリング・ウォルグの数は、優に十体を越えていた。
だがそれでも、まだ倍以上の数が残っている。
魔物たちに取り囲まれたフネの衣服は所々破れていて、露出した肌からは薄っすらと血が滲んでいた。
執拗な彼らの攻撃の成果が、着実に実を結び始めている。
「うおおおおおおお!」
その戦いの渦中に飛び込むべく、俺はわざと大声を上げながら剣を振り回して駆け寄った。
剣の重みで身体が引っ張られるが、知ったことではない。
真っ先に声に反応したフネが、こちらを振り返って怒鳴り声を上げる。
「こっちにきちゃだめ!」
だが制止の声を聞かず、俺は走るのを止めない。
狙い通り銀狼たちの内、数体がこちらに狙いを変えて向かってきた。
――まずは事前検証だ。
「ピット、左右の斜め前方に一人ずつ、俺自身をARで表示させろ!」
「了解」
走りながら指示を出す。
地面を並走していたピットが、答えるのと同時。
情けない格好で剣を構えて走る俺の姿が、向かってきた敵のちょうど側面に表示された。
魔物たちは突然現れたそれに反応し、俺から向きを変えて手近の「俺」に攻撃をしかける。
もちろん彼らの鋭い爪は空を切り、姿勢を崩して二体とももんどり打って地面を転がった。
その隙に俺は、フネの元に辿り着く。
「な、なんできたのよ!」
フネが顔を赤くして、俺の胸を叩いた。
視線をちらりと周囲に向けると、銀狼たちは俺の介入に警戒しているのか、全員動きを止めて様子を窺っている。
それを横目に捉えながら、俺はフネの頬に張りついた髪を指で払った。
「相棒のピンチに助けに来たんだよ。悪いか?」
フネがアーモンド形の眼を、大きく見開く。
それから今度は、より顔を真っ赤にして声を荒げた。
「ば、ば、ば……ばっかじゃないの!こんなのピンチでもなんでもないの!よゆーで……」
「わかってる。フネ一人なら、余裕だよな。だから来たんだよ」
「ん……」
フネがエテルナの広場で見せた、強力な魔法を使わない理由――
それは俺やリズ、トビーが、敵の先にいたからに他ならない。
キリング・ウォルグのリーダーは、彼女だけを執拗に狙うように見せかけ、その実人質として常に攻撃の導線上に俺たちを配置していたのだ。
知恵をもった魔物は、恐ろしい。
そしてフネは、能天気でお気楽だが、底抜けに優しい奴だった。
「フネ。耳を貸してくれ」
俺の言葉に、フネが意図を汲んで顔を寄せる。
耳元で簡単に作戦を囁くと、彼女は何度か頷きを返した後、俺の顔を見て口元を引き締めた。
こういう時のフネの理解は早い。
「タイミングは俺が出す。まずは……」
「わかった!」
彼女は俺の言葉を待たずに、一直線に群れに疾走した。
狙いは指揮官。
銀狼のリーダーは、迫ってくる彼女を見ても、慌てた様子を見せずに群れに指示を下す。
『イッピキフエテモ、カワラン。フタテニワカレテ、ヤツザキニシロ』
群れが半分に割れ、一方の集団が俺に向かってきた。
津波のように襲ってくる銀の毛並みは、圧巻の迫力で、俺は思わず息を飲む。
剣の柄を握った手が、汗でべったりと濡れていた。
事前検証一回で即本番など、リスクアセスメントの担当が聞いたら卒倒しそうな作戦。
「ピット。右斜め四十五度に縦列等間隔で、十体俺を表示させてくれ」
「了解。投影掃射」
雪崩のように押し寄せる銀狼たち。
その一匹一匹のすぐ真横に、唐突に出現する俺の姿をしたデコイ。
『オマエラ、マドワサレ……ギャア!』
遠くでリーダーのキリング・ウォルグが何かを叫びかけて、悲鳴でそれは途絶える。
見ると、フネの蹴りが魔物の腹を見事に捉えていた。
一方俺の眼前まで迫っていた集団は、先ほどと同様デコイに攻撃をしかけて、全員無様に揃って転倒する。
地面には綺麗な銀の直線が引かれた。
それは倒れ伏した魔物でできた、一筋の導線。
「フネ。今だ!」
ゴオオオオオオオオ!!
俺が合図をするのとほぼ同時。
轟音と共に、紅蓮の閃光が地面にできた銀の線を薙ぎ払う。
断末魔さえ残せずに、消滅する魔物たち。
そこからは、さして時間はかからなかった。
大勢の仲間を失い混乱した残りは、散り散りになって森に逃げ去っていく。
残されたのは、リーダー格の銀狼だけだ。
その彼も、フネに追い詰められ今や虫の息。
血の滴る口を大きく開き、フネを睨みつけながら、忌々しげに吐き捨てる。
『……ニンゲンゴトキガ。コノサキデ、コウカイスルガイイ』
最期の力を振り絞って、飛びかかる魔物の指揮官。
対峙するフネは、冷静に大剣を振り被った。
交差する二つの影――
山の中に、ようやく静けさが訪れた。
プロフェッショナルっていい響きですよね。
私もいつかそう言われると存在になりたいものです。
どんな分野でもプロフェッショナルはいますが、IT業界では特定の領域や特定のプロダクトに特化した者を指すことが、非常に多い。反面「あの人プロマネのプロだよね」みたいのは聞かない。きっとマネージング能力よりも、技術スキルが偉いって風潮なんでしょう。
またしてもよく分からないことを書いてる(笑)




