第十一話 PMは背後の罠に陥落する
カーム山脈の一つ。
一際高く切り立った峰、カザリア山――
その中腹に位置する場所に、ダンジョンは昏い口を開けて俺たちを待ち構えていた。
「着いたっすよ」
トビーの声がかかり、俺たちは次々に馬車を降りる。
辺りは木々が深く生い茂っていて、外に出た瞬間、むせ返るような青い匂いが鼻をついた。
降り立った場所は、少しだけ開けた空間になっており、そこだけ不自然に草木が生えていない。
俺はエレノアからもらった書類に、ちらりと視線を落とす。
資料の見出しに記された『古血の要塞跡』の文字。
百年以上前に魔族と人間の戦争があった際、魔族側の拠点として使用されていた場所とのこと。
魔族たちが廃棄した後は、野生の魔物などが棲みつき、ねぐらとしているらしい。
ピットがマーキングした魔物たちをトレースした結果も、この周辺を指し示していたため、一番有力な集落の候補だった。
書類の次のページ以降には、内部の構造まで細やかに記されており、俺は軽く目を走らせる。
「うわー。なんだか辛気臭そうなところねー」
フネの声に顔を上げると、彼女は嫌そうに眉をひそめて、何かの前で腰を屈めていた。
俺もつられて、彼女の元に近づく。
彼女が立っていたのは、地面が僅かに盛り上がった小丘の前。
その背に隠されるように、真っ暗な穴が開いていた。
いかにも何か潜んでいそうな、只ならぬ雰囲気が穴から漏れ出ている。
「おばけでも出てきそう……」
中を覗き込みながら、フネがぶるると身を震わせた。
以前平気で骨だけの魔物を、問答無用で木っ端微塵にしていたが、あれはお化けに分類されないらしい。
「じゃ、俺はここで待ってるっす。こいつの修理もあるんで」
トビーが少し離れたところから遠巻きに、俺たちに声をかけた。
彼は煙草を咥えながら、あちこち凹んでしまった車体に寄りかかって、こちらに手を振っている。
先の魔物の襲撃で損傷を受けた馬車は、見た目にも満身創痍だ。
何とかここまでは移動してくることができたが、確かに修理しないと下山は厳しいかもしれない。
「リズちゃんも、危ないからトビーとお留守番できる?」
そばで静かに佇んでいたリズに、フネが優しく語りかける。
だが少女は、無言で首を横に振った。
「……危ないよ?」
フネが念押ししても、リズはじっと彼女を見つめるだけだ。
多少の感情の動きは見せてくれるようになったが、相変わらず幼い依頼人の考えが読めない。
俺はどうにかして彼女が同行するのを諦めさせようと、色々考えを巡らせていたが――
「分かった。じゃあ、一緒にいこう」
フネはあっさり意見を翻して、リズの手を取った。
こくりと頷く少女。
相槌を返すフネ。
俺には理解できない何かで、二人は通じているように見える。
「どこにいても危ないなら、フネのそばが安全か……」
俺は独り言のように呟きを漏らした。
元々リズはエテルナに置いてくるつもりだったが、同行を願い出たのは彼女自身である。
それが責任感からくるものなのか、国を思う気持ちなのかは分からないが、少なくとも年端もいかない少女が抱く感情でないことは確かだ。
もしかしたらその正体こそが、今回の依頼の根本に繋がるヒントなのかもしれない。
俺は再び、ダンジョンの入り口に視線を向ける。
この中にエテルナを襲う魔物の集団が、うようよとひしめいているのか。
そう思って目を凝らすと、穴の奥の闇自体が蠢いているような不気味さを感じた。
闇の咢に足を踏み入れると、すぐに長い降り階段になっていた。
ピットが目を光らせ、足元を薄っすらと照らすのを頼りに、俺たちは一段ずつ慎重に歩を進める。
黴臭い匂いが辺りに充満していて、息苦しい。
階段は意外なほど、長く深く続いていた。
フネを先頭に、リズ、俺の順で階段を降っているが、今のところ魔物が出てくる予兆はない。
「ほんと、なんだか今にも、うらめしやーって出てきそうじゃない?」
カツンカツンと反響する足音だけに耐えられなくなったのか、フネがわざと大きな声を上げる。
若干声が上擦っているのを聞く限り、どうやら本当にお化け屋敷とかが苦手なタイプのようだ。
半面、前を行くリズは全然怖がった様子もなく、ただひたすら黙ってついてきている。
前で揺れる銀髪の小さな頭を見下ろし、俺はダンジョンに入る前に抱いた考えを再び思考する。
エテルナ国からギルドへの依頼を務め、サザンドールに救援を求め、今また自ら危険を冒して俺たちに同行する依頼人。
どう上に見ても、十を少し超える程度の少女が取る行動とは思えない。
彼女の時折見せる、真摯な瞳や、懸命で健気な様子。
自警団のリーダーであるグレンを気遣う姿と、孫を見るような老兵の眼差し。
時を止める不思議な病。
風に揺れる、反り返った白い花弁の花々――
様々な情景を思い返していると、いつの間にか階段は終点を迎えていた。
「うわ……ここも、まっくら。でんきつけて、でんき!」
フネが騒々しく喚く。
降りきった先は長い廊下になっていたが、先は暗すぎて何も見えない。
ここが昔要塞で、誰かが使用していた施設なら明かりくらいありそうなものだが。
そう思って周囲を見回すが、ピットの薄明かりだけでは数センチ先しか視界が利かなかった。
「オサム様、あちらに何か」
俺の前にいたリズが、立ち止まって壁の上を指差す。
彼女の指先に視線を遣ると、確かに壁の一部に出っ張りのようなものが浮き出ていた。
よくこんな視界の中で、見つけられたものだ。
感心しながら、俺は慎重に少し背伸びしてその突起物に手を触れた。
ガコン。
押してから、不用意だったかと一瞬焦ったが、危険な罠ではなかったようだ。
両側の壁の上部にずらりと並んだ燭台が、一斉に灯り、向こう側まで明るくなる。
「けっこう広いわねー」
明るくなった途端、現金に元気になるフネ。
「さ、魔物退治といきましょ!」
彼女はそう言って、大剣の切っ先を廊下に向けてポーズを取った。
俺がやれやれと肩をすくめかけた、その時――
ダンジョン内に、女の声が響き渡る。
『ようこそ。我が根城へ。エテルナのお馬鹿さんたち』
声は甲高く、耳に障るタイプの声音だ。
「だれよ、えらそーなのは!」
すぐさま反応したフネが怒鳴り声を上げて、天井を睨む。
その姿が見えているのか、女の声が続いた。
『我が名はベラドンナ。散々邪魔をしてくれた女が、訪ねて来てくれて嬉しいわ。歓迎するので、私のところまでお出でなさい。お茶でもお出しするわよ?』
「ふっふーん。おもしろいじゃない。この天才美少女剣士フネ様の、剣のさびとかわさびにしてあげるわ!」
『アハハハハ。期待しているわ』
ベラドンナの高笑いと共に、通路の奥からわらわらと緑の小鬼――お馴染みのインプ・クラッカーが現れる。
フネは出現した魔物に向かって大剣を構えると、俺たちに下がっているように反対の手をひらひらさせた。
俄かに、静かだったダンジョンが騒がしくなる。
俺はリズの手を握り、戦闘の邪魔にならないように一歩下がった。
ベラドンナという女が何者かは分からないが、少なくとも彼女がエテルナ国を襲う魔物たちの背後に関係していることは、間違いないだろう。
ピットのマーキングと、エレノアの情報で割り出したここは、まさしくドンピシャだったという訳だ。
「その先を、右だな」
俺は書類に書かれた内部構造を見ながら、先を歩くフネに指示を出す。
この『古血の要塞跡』は、戦争の拠点として造られたためか、敵の侵入を防ぐために複雑な造りになっていた。
やたらと入り組んだ道は、行き止まりになっている部分も多く、エレノアのくれた精密な仕様書がなければ迷ってもおかしくない。
しかし、潜んでいる魔物はというと。
「それにしても、手応えないわねー」
フネが明らかに不服そうに、口を尖らせる。
確かに出てくる魔物はインプたちばかりで、彼女にとっては消化不良なのかもしれない。
しかし俺は違う意味で、違和感を覚えていた。
ここは魔物たちの集落と目して、やってきた場所だ。
それにしては数が、少な過ぎる。
「手応えがない方が好都合だろ。さっさと声の主を探すぞ」
俺はフネに声をかけて、先を促した。
歩きながら、道中で襲ってきたキリング・ウォルグのリーダーの最期の台詞を思い返す。
彼は、この先を進むと後悔すると言っていた。
ベラドンナという女は、それほどの強敵ということだろうか。
曲がり角を何度も折れ、階段を降っては、昇るを繰り返し。
遭遇したインプをフネが倒し続けて、数時間ダンジョンを潜った頃――
最深部と思しき、仕様書には「指令室」と書かれた場所に俺たちは辿り着いた。
重そうな鉄の扉で閉ざされた部屋。
「ここなの?」
フネが部屋の前で足を止めて、振り返りながら俺に尋ねた。
俺は念の為、もう一度書類を確認してから頷きを返す。
「じゃあ、ご対面させてもらおうかなっと!」
フネが扉のノブに手をかけ、がちゃがちゃと回した。
金属が軋むような音が、煩く周囲に反響する。
「あっかないわねー。鍵かけてんじゃないわよ、こんちくしょー!」
ドカン!
止める間もなく。
フネが扉を蹴破った。
凄まじい轟音と共に、鉄が冗談のように凹み、扉が内側に吹き飛ぶ。
毎度のことながら、どんな筋力をしているんだと俺は内心で呆れかえった。
外れた扉を踏みつけ、フネが先にずかずかと室内へ入っていく。
『……お行儀悪いわね。普通ドアは、ノックするものじゃないの?』
続けて俺とリズが部屋の中に足を踏み入れたと同時に、不機嫌そうな声がかかった。
声の主は姿を隠す気などさらさないように、堂々と俺たちを待ち構えていたようだ。
部屋の中央に設置された、黒光りする上等そうな机に脚を放り投げ、深々と腰を下ろす女。
彼女は侵入してきた俺たちを、じろりと一瞥した。
「ピット。解析を」
「識別個体:不明。種族特徴は、魔族と推測します」
小声でピットに解析させると、聞き慣れないワードが返ってくる。
以前ピットと種族の定義について会話した時に、ちらりとそんな単語が出てきたことを思い出した。
『こそこそ話はやめなさい。そうよ。私は魔族のベラドンナ。ま、ここで死ぬんだから覚えてもらわなくていいわよ』
女――ベラドンナが、面倒臭そうに椅子から立ち上がる。
見た目は十代半ばの少女のようだ。
肩で揃えた黒髪と、露出の多い衣装から伸びる四肢は、驚くほど白く細い。
特徴的なのは、エレノアのように尖った耳と、臀部辺りから生えている尻尾のようなもの。
そして口調とは裏腹に、ぎらりと輝く赤い双眸。
『あー。でも殺す前に。そこの自分が賢いと思ってそうなお前』
「……?」
ベラドンナが赤い目を細めて、俺に向かって語りかける。
口角を深く吊り上げたその顔貌は、邪悪としか言いようがない表情で、俺の肝を凍らせた。
『お前、これが罠だって、考えつかなかったのか?』
「何を言って――」
ガキイイイイイイン!
俺の言葉は、金属同士のぶつかり合う音でかき消される。
フネの振るった大剣の刃と、ベラドンナがいつの間にか手に握っていた獲物が、衝突した音だった。
斧と槍が合わさった、フネの大剣に負けずとも劣らない巨大な武器。
狭い室内で、魔族と無敵の女の戦いが始まった。
仕様書も詳細設計も、変更要求で全てオジャンにされてしまう
なので、どうしてこうして。
変更管理はプロマネの仕事の中でもかなり大事
ちょっとした変調を見逃さず、リスクコントロールしていきましょう!(だからなんの話?)




