第七話 PMは異種族と折衝する
リズの家の一階。
俺が扉を開けると、フネが不安そうな顔を上げてこちらを見た。
彼女の目の前には、誰かが床に横たわっている。
「オサム……」
「どうしたんだ、グレンさんは!?」
俺の言葉に、フネは視線を床に落とした。
つられるように俺も目線を動かす。
床に寝かせられていたのは、傷だらけの屈強な老兵――グレンだ。
だが、様子がおかしい。
焦点の合わない瞳。
半開きの口。
ぎこちなく固まった四肢。
「えっとね。かっちこちになっちゃって。おじさんと二人でね。見回りをして、普通に歩いてただけなんだけど。だからとりあえず、おぶってここまできたんだよ、えっとえっと……。どうしよう、こわれちゃったのかな?」
「まずは、落ち着け。フネ」
俺はあたふたと説明してくれる彼女を宥め、肩の上の自立型AIに尋ねる。
「ピット、診断可能か?」
「分析開始します」
俺の指示にピットがすかさず反応して、光を床の上のグレンに掃射した。
光が照ら出した時間は、一瞬。
結果はすぐに出る。
「分析完了。身体的な異常は見受けられず。魔力的な乱れもありません」
淡々と告げるピットに、俺は落胆の色を隠せなかった。
分かったのは、対処のしようがないということだけ。
フネも同じ思いなのか、不安な面持ちをより濃くして、俺を見つめてくる。
ぴくりとも動かないグレンを二人で見下ろしていると、その時玄関の扉が静かに開いた。
顔を上げたフネが、人影を見て呟きを漏らす。
「リズちゃん?」
視線の先に立っていたのは、俺たちの依頼主であるリズだ。
彼女は部屋の中に静かに入ってくると、床に伏したグレンを見て、微かに目を見開く。
リズは今日は用事があるといって、朝から俺たちとは別行動をしていた。
ここにいるということは、用事が終わったのか。
「……これが、エテルナが抱えるもう一つの問題です」
彼女は床で固まった状態のグレンを見つめたまま、神妙な顔で口を開いた。
それから身を屈めると、老兵の頬にそっと手を触れる。
「私たちは、これを石白化症と呼んでいます。エテルナの住人のほぼ全てが、この奇病を患っている……」
「石白化症?」
「はい。ある日突然、身体が止まる病です。止まっている間の記憶は、本人にはありません」
リズは語りながら、グレンから手を離すと、ゆっくりと立ち上がる。
銀髪が数本片目にかかり、もう一方の瞳が俺たちを射抜いた。
何かを訴えかけるような眼差し。
複雑な感情が渦巻いて、瞳の中を揺らめいている。
俺はその視線に居心地の悪さを覚え、わずかに顔を逸らしながら問いかけた。
「この病気はいつから?」
「気付いたのは、半年ほど前からです。もしかしたら、もっと前からだったのかもしれませんが」
「要因となる心当たり――。例えば環境の変化とか、新たな人や物資の流入。そういったものは?」
流行病の原因となりそうなものを、当てずっぽうでヒアリングする。
俺は元プロマネであって、医者ではない。
だがピットの分析が正しいなら、病気とは別の何かである可能性が高かった。
「そうですね。思い当たる節だと、やはり魔物の襲撃の増加でしょうか。後は……これは、直接の関係はないと思いますが」
「何でもいい。言ってくれ」
言い淀んだリズに、俺は先を促す。
情報は多い方がいい。
彼女は少しだけ眉をひそめると、言葉を続けた。
「最近、隣国である商業国家サザンドールから、頻繁に使者が訪問されています。これまでもレゾナンス鉱石の一番の輸出先として、交流が深い国ではあったんですが」
サザンドールという名は、検問場でテオの口からも聞いたものだ。
マルセルという商人も、そこの出身と紹介された覚えがある。
「……深く聞いていいのか分からないが、使者というのは具体的にどんな用件で来ているんだ?」
問いかけながら、俺は少し頭の中を整理した。
石白化症という謎の病。
近年増加した、魔物被害。
隣国の折衝の活性化。
これらの符合が、全部無関係だとは思えない。
「主な内容は、兵士の斡旋と鉱石の価格交渉です」
「兵士の斡旋?」
俺が聞き返す。
その時、まさに唐突としかいいようのない動きで、グレンがむくりと起き上がった。
半身を起こした彼は、不思議そうな顔つきで俺やフネ、リズを交互に見つめる。
その瞳には色が戻り、意識もはっきりしているように見えた。
「おじさんが、なおった!」
先ほどから黙っていたフネが、ぱっと顔を輝かせる。
それと対比するように、グレンは顔をしかめた。
「……すまん。また、あの症状が出たんだな」
頭を掻きながら、苦々しく吐き捨てるのを聞くに、どうやらこれが初めてではないらしい。
彼は立ち上がると、フネに向かって頭を下げた。
「申し訳ない。こちらから頼んでおいて、迷惑をかけた」
「だいじょーぶ!意外におじさん、軽かったから」
力こぶを作って、腕まくりして見せるフネ。
彼女の膂力をもってすれば、どんな巨漢も軽量級だ。
俺も以前遥か上空から落下したのを、受け止めてもらった経験がある。
「まさか、このわしを一人で?」
グレンは彼女の態度に、今度は傷顔を赤らめて、驚嘆の声を上げた。
「ん?よゆーだよ!」
「これは、まいった。豪傑が過ぎますよ、龍の聖女は……」
照れたように声を出して笑うグレンと、なぜか恥ずかしそうに視線を逸らすフネ。
さっきまでの張り詰めていた空気が、僅かに緩んだ。
「――ふふ」
あまりにも微かな、吐息に近い笑い声。
俺は最初出処が分からず、思わず辺りを見渡してしまう。
声の主は、口元を手で押さえたリズだ。
その様子を見て、フネとグレンも目を丸くする。
ギルドの応接室で初めて会った時から、旅路の間、エテルナに着いてからも、彼女が表情を崩すところを俺たちは見たことがなかった。
歳相応の、無垢な笑顔。
小さな依頼人は俺たちの反応にも気づかず、双眸を細めて老兵を揶揄う。
「フネ様にかかれば、グレンさんも形無しね」
その言葉に、グレンが好々爺のような表情を浮かべたのが印象的だった。
俺はリズと共に、エテルナ国の王宮に来ていた。
彼女によると、今日まさにサザンドールの使者が訪問してきているらしい。
「すいません。依頼にはないのに、こんなことまでお願いして」
王宮とは名ばかりで、質素な造りの白い建物の門をリズが開く。
衛兵すら立たない門をくぐりながら、彼女は俺に申し訳なさそうに謝った。
「いや、大丈夫だ。それに力になれるかは、まだ分からない――」
「そんなことないです。私だと契約書を見ても、全然内容が分からなくて」
俺の言葉に、彼女は困り顔で首を横に振った。
ここに来るまでの間に話を聞いたが、驚いたことに彼女は今日その使者と会談をするために、俺たちとは別行動を取っていたらしい。
こんな年端もいかない少女が政の場に立つ理由は、ただ一つ。
例の流行病のせいだ。
いつ何時訪れるか分からない症状を抱えていては、満足に交渉の場にも立てないとのことだった。
「今日の交渉には最初は宰相も同席していたのですが、会議の途中で発症してしまって……。それで一時中断してもらっていたんです」
彼女の言葉に、頷きを返す。
家に戻ってきたのは、彼女なりに誰かの助けを欲していたのかもしれない。
だとすれば、クライアントに対して最大限ホスピタリティを見せるのも、俺の仕事だ。
「フネ様は、置いてきてしまっても良かったのでしょうか?」
前を歩きながら、ふと思い出したようにリズが振り返る。
王宮内に入ってすぐの、長い廊下。
白い壁に等間隔で嵌められた窓には、埃が薄く積もっていた。
俺はそれに視線をやりながら、彼女の不安そうな問いかけに答える。
「あいつは、こういうことには向かないからな。余計なことを言って、事態をややこしくされても困るだろう?」
「え、ええ」
俺の返答に、リズは少し言葉を詰まらせた。
困らせるつもりはなかったが、事実なのでしょうがない。
フネには、回復したグレンの容態を見ておいて欲しいと、家に残ってもらっている。
心強い相棒ではあるが、思ったことをそのまま口にする性格がどこで災いするか、俺にも読めなかった。
「こちらになります。中でサザンドールの使者――外交官のエレノア様が、お待ちのはずです」
リズが足を止めて、歯切れ悪く口を開く。
俺はその口ぶりに少しだけ疑問を抱いたが、軽く息を吐いてドアノブに手をかけた。
ピットから事前にサザンドールの情報は、概要だけ収集済みだ。
商業国家サザンドールは、商いの盛んな小国が集まってできた、昨今急成長を遂げている連合国家。
集まった国々が内包する種族は、人だけに限らず、様々な種族が混在するらしい。
要は巨大企業グリッド的な構造の集合体と、捉えればいいのだろうか。
「失礼します――」
鬼が出るか蛇が出るか。
俺は意を決して扉を開いた。
「……?」
外観と同じく、質素な四角い白い部屋。
縦長の細い机と、綺麗に並べられた椅子。
だが、そこには誰も座っておらず、部屋の中はもぬけの殻だった。
「待ったわよ。あら、リズ様。この若い御方は、どなたかしら?」
しな垂れるような甘い声が、耳元で囁かれる。
俺は驚いて、思わず前に飛び退くようにして体勢を崩した。
振り向いた先に立っていたのは、桃色のぴったりとしたパンツスーツを着こなした、細身で長身の若い女だ。
白い陶磁器のような肌と、すらりと伸びた四肢。
何より目を惹いたのは、ピンと上品に尖った長い耳だった。
「すいません、エレノア様。宰相は復調しないので、代理の――」
「ヨシダ・オサムと申します。エテルナ国の外部顧問をしております。よろしく」
リズの紹介を遮り、俺は姿勢を正して、耳の長い美人外交官――エレノアに握手を求める。
対外交渉では、立ち位置が与える結果への影響が大きい。
舐められるわけにはいかなかった。
「ふふ。外部顧問ね。初耳だわ」
彼女は少し愉快そうに口角を上げると、差し出した俺の手を握り返した。
「私はサザンドールのエレノアよ。親しみを込めて、ノアって呼んでくれても構わないわ。よろしくね、オサム様」
「こちらこそ、よろしく。エレノア様」
ADRってのはよくプロジェクトの契約時に取られる手段の一つです。
契約反故になったら即裁判!
ってならないように、予め第三者を仲介させて、なんか起きたらええ感じにしましょうって取り決めです。ニュアンス違ったらごめんなさい笑
代替え紛争解決ですね。
そもそもそこまで拗れたら、すんなり第三者を入れた協議が上手くいくのかは甚だ疑問ですが。
いっつも何の話を書いてるんだろう。




